【はじめに】
「保育問題」というとまず真っ先に「保育園が足りない。乳幼児の待機児童問題がなかなか解決しない。」そう思い描く方が一般的であろう。
しかし、その先にも大きな問題が待ち構えていることに気がつく方は多くないのではないだろうか。実際に育児と仕事の両立を行おうと奮闘している家族にとっては深刻な問題にも関わらず、である。
2014年5月1日現在、93万3535人。
今年7月に発表されたこの数値が示すものは何か。
総務省統計局が推計した同時点(2014年5月1日)での総人口である1億2727万人の0.7%を占めるこの数値が示すのは、「学童保育施設に入所している児童数」である。そしてこの93万人(*1)という入所児童数は、過去最高記録である。
そこで本稿では、以前から「小1の壁」としても取り上げられるこの問題について、最新の情報をもとにシリーズで考えてゆきたい。
【増え続ける学童保育需要】
2014年5月1日の数値では学童の施設数は22,096か所、入所児童数は93万3535人でともに過去最高値を更新した。
全国学童保育連絡協議会が公表した数値から計算すると、入所児童数の全数調査が開始された2006年と比較して、施設数は39.3%増加、児童数は36.5%増加している。
入所児童は調査以来増加の一途である(図表1)。しかしながら、施設の拡大はされている一方で、学童待機児童は増加しており、需要には追いついていない。
子育て期の女性が労働市場から退出してしまう「年齢別女性労働力率のM字カーブ」が未だ存在しているわが国。
このようなM字カーブの存在する国においての女性活躍推進本格化は、子育て中の母親が子どもを託すことが可能な学童保育のような「放課後の居場所」の発展なくして、今後達成されることは難しい。
【見えなかった「小1の壁」】
そもそも学童保育問題の深刻さを象徴する「小1の壁」という言葉はいつから使われているのだろうか。
筆者が日本経済新聞社の提供するデータベースを利用して調査したところによれば、初めて記事に登場したのは2005年の秋である。
朝日新聞出版が発刊する雑誌AERAに「働く母を阻む『小1の壁』保育園も時短勤務もなくなり」とのタイトルで特集記事が組まれている。記事の内容に書かれている問題は残念ながら10年経過した今もあまり改善しているとはいえない。
翌年2006年になると東京新聞、毎日新聞が新聞紙上において初めて「小1の壁」という言葉を取り上げるも、わずか5件という状況であった。その後も微々たる年間記事数という状態が続いた。
本格的にメジャーな雑誌・新聞・ニュース配信等で「小1の壁」という言葉が多数掲載され問題視された、すなわち「小1の壁」の顕在化は2014年である。なんと昨年になってようやくなのである(図表2)。
ちなみに「ビジネスパーソンのための新聞」のイメージの強い日本経済新聞に初めて「小1の壁」という言葉が登場したのは2009年の朝刊の社説である。
社説では「チェンジ少子化――規制緩和で多様な保育サービス充実を」というタイトルで保育サービス拡充に関する行政の壁が取り上げられている。
【変わらない問題の背景】
学童を利用する児童が急速に拡大していく一方で、利用者・利用希望者が抱える深刻な問題が関係者以外に広く伝わるまでに実に10年もの長い時間が経過していることが上記の記事検索調査により判明した。
確かに利用児童数で見ても2014年4月1日時点での保育所利用児童は226万6813人(厚生労働省報道発表数値)であり、学童保育入所児童数の2.4倍である。したがって、学童保育問題より保育所問題が優先課題とされてきたのはやむを得ないかもしれない。
しかしながら、育児休業の導入で出産後の休業による体力回復、保育所への乳幼児の預け入れと職場復帰がせっかく叶ったとしても、その先に立ちはだかる「小1の壁」が就業継続を阻む事態については置き去りにされてきたとも言える。
出産後5年ほど働いて、その後退職。なぜなら保育所は20時まで預かってくれて給食も出たが、学童は18時までで、春休み・ゴールデンウィーク・夏休み・冬休みなど小学校の休校日は毎日お弁当持参だから。
2005年に小1の壁という言葉が登場し、その際に指摘されたもろもろの問題点は10年が経過しても大きくは変わっていない。
「出産」という大イベントをのりきったあと、数年勤務して結局私事都合により退職。これでは女性活躍ましてや女性管理職登用など夢のまた夢となってしまう。
次稿ではなぜこのように小1の壁の顕在化に長い時間がかかったのかについて、考察をしたい。
(*1) 全国学童保育連絡協議会 2014年7月28日プレスリリース
関連レポート
(2015年11月30日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
生活研究部 研究員