外国為替市場では過去3年余り続いたドル高、円・ユーロ安基調の修正が進んでいる。
日銀は今年1月、マイナス金利政策の導入を決め、欧州中央銀行(ECB)は3月の政策理事会で予想を超える包括的な緩和を決定したが、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げペースに関する見通しの後退による影響の方が勝っているのだろう。
インフレ目標の達成に苦慮する日欧の通貨当局にとっては悩ましい展開だ。
4月7日、ECBのドラギ総裁がポルトガルの国家評議会(大統領の諮問機関)、コンスタンシオ副総裁が欧州議会、チーフエコノミストのプラート理事がフランクフルトの会合における講演で揃って必要に応じて追加の行動をとる意志と能力があることを強調、間接的にユーロ高を牽制した。
ECBは、3月に政策金利の引き下げ、資産買入れプログラムの拡大、ターゲット型資金供給(TLTRO)のバージョンアップと14年6月以降の金融緩和局面での政策の3本柱のすべてを駆使する包括的緩和策を決めたばかり。
どのような追加緩和の選択肢を残しているのか。マイナス金利政策をさらに推し進める可能性はあるのか。日銀の政策への示唆という面でも気になるところだ。
3月理事会後の記者会見でのドラギ総裁の「追加利下げが必要とは考えていない」、「政策金利よりも他の政策手段に軸足を移す」という発言が大きく取り上げられたが、ECBは追加利下げという選択肢を封印した訳ではない。
むしろ、声明文のフォワード・ガイダンスの文言は「資産買入れプログラムの継続期間(現状では17年3月まで)をはるかに超えて、現状かそれよりも低い水準に留まる」に強化している。
7日に公表された3月理事会の議事要旨では、利下げにあたって「大幅な利下げによって打ち止め感を出す」か「現時点では小幅な利下げが適切だが、必要な場合の利下げの可能性は排除しない」かが検討され、大半のメンバーが後者を指示したことがわかっている。
「利下げはECBの道具箱の構成要素」という記述もあり、必要に応じて行動する意志を示す最近のECBの高官の発言と整合的だ。
とは言え、日本でも広く議論されているように、マイナス金利政策は、銀行収益を圧迫する副作用を伴う。ECBにとって、追加利下げのハードルが高くなっていることは確かだ。
3月理事会の議事要旨でも、TLTROや資産買入れプログラムの拡大にあたって新たに社債を対象に加えるといった信用緩和策に比べて、利下げについては効果と副作用のバランスについて厳しい意見の対立があった様子が伺われる。
マイナス金利政策の副作用は「現時点では殆ど見られない」ものの、銀行システムの安定を脅かすおそれがあり、預金金利の引き下げが困難な状況で銀行が貸出金利や手数料の引き上げに動くことで、金融緩和の効果が削がれることなどが懸念されている。
過去の利下げの主な波及経路となってきた為替を通じた効果についての疑問が呈されてもいる。
ECBは、追加利下げを封印していないとは言え、金融政策の波及を却って妨げるリスクを伴うと認識されていることを考えれば、3月の包括的緩和策の影響を慎重に見極める時間が必要だろう。追加利下げの余地も、かなり狭まっていると見るべきだろう。
他方、「他の政策手段に軸足を移す」としても選択の余地は限られる。資産買入れプログラム、特にその中核を構成する国債買入れについては、ドイツ連銀のヴァイトマン総裁、オランダ中銀のクノット総裁など(*1)少数派ながらも、副作用やリスクが効果を上回るとして強く反対し続けている。
財政主権の分散という根本的な問題も残る状況で、対象資産の見直しなどによるプログラムの内容の調整やある程度の期間の延長までは可能だとしても、大幅な拡大は困難だろう。
ユーロ圏においても、金融政策が突出した役割を果たす局面は終わりに近づきつつあり、構造改革の加速と財政政策の有効活用が必要という認識は広く共有されるようになっている。
しかし、具体策を打ち出そうとすれば、財政主権の分散という問題が立ちはだかる。ユーロ圏として財政政策を協調しようという機運は盛り上がらないままだ。
(*1) 議事要旨の金融政策の議論に関わる発言には固有名詞は記されていないが、講演やメディア取材などで反対意見を表明している。
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(2016年4月8日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
経済研究部 上席研究員