「ゆめのほとり」で出会った福寿荘の住人-問われる「グループホームらしさ」とは:研究員の眼

「ゆめのほとり −認知症グループホーム 福寿荘-」はグループホームに暮らす認知症のお年寄りの日常を通して、病気への疾病観を変えると同時に、強みにしてきた「本人本位のケア」とは何かを改めて思い起こさせてくれる映画だと思う。

伊勢真一監督作品「ゆめのほとり −認知症グループホーム 福寿荘-」は、認知症のお年寄りたちの穏やかな日常を綴ったヒューマンドキュメンタリー映画である。

舞台は、札幌市白石区にあるグループホーム福寿荘。やさしい眼差しと独自のアングルで捉えた映像からは、認知症とともに生きる福寿荘の住人と、その人たちを支える職員、家族、地域、医療とのほのぼのとした関わり、そして、それぞれの人が抱える心模様がしみじみと伝わってくる。

1時間25分にわたる映像には、余分なナレーションや解説はほとんどなく、時折挿入される福寿荘代表の武田純子さんの言葉が観る者の胸を打つ。「認知症」という病ではなく、「人間」を見つめようとした作品だからこそ何気ない日常の一コマに心を惹かれ、お年寄りの歌声に愛おしさを感じることが出来るのだろう。

画面いっぱいにひろがるお年寄りの笑顔、遠くを見つめる眼差し、寝息を立てて眠る姿からは、伊勢監督が伝えようとしていた「いのち」の息づかいが聞こえてくるようである。

介護保険制度施行と同時に福寿荘を設立した武田純子さんは、もともと大きな病院の看護婦長を務めておられた方だ。認知症を患う高齢者に向き合う中で、当初は分からないことばかりだったという認知症介護。武田さんは、研究事業への取り組みをきっかけに、新しい認知症介護の在り方をグループホームというサービスの中で切り開いてきた。

福寿荘では、たとえ認知症が重度になっても「本人の意思は無くならない」ということを前提にしながら、入居者の心と身体を支え続けてきた。映像に出てくるお年寄りの誰もが穏やかな時間を過ごしているように見えるのも、福寿荘が長年積み重ねてきた認知症ケアの質の高さがあってこそと理解するべきであろう。

認知症で分からないことが多くなってきても、周りの人とのコミュニケーションが取り難くなってきても、「意思の疎通を図ることは出来る」と言い切る武田さん。

この映画は、グループホームに暮らす認知症のお年寄りの日常を通して、認知症という病気への疾病観を変えると同時に、グループホームが強みにしてきた「本人本位のケア」とは何かということを改めて思い起こさせてくれる映画だと思う。

現在、全国には約1万3千箇所のグループホームがある。福寿荘と同じように、認知症の人の尊厳と生活の質を大切にしながら、穏やかな生活を支えている多くのグループホームがある。一方で、効率化と採算重視により、本来目指してきたグループホームとは別の方向に向かっていこうとしている事業者の存在も否定できない。

サービスの普及を急いだグループホームは、その代償としてケアの質の二極化という課題を抱えてしまったのである。そんな中にあって、グループホームを取りまく経営環境はさらなる変化が起きている。

平成27年度に行われた介護報酬改定において、グループホームは5.7%のマイナス改定となってしまった。これは、他の介護サービスと比較しても相当に厳しい数字と言える。3年ごとに行われる改定作業では、運営の効率化を図って利益を上げれば上げるほど、次の報酬改定の下げ幅が大きくなるという「いたちごっこ」の構造がある。

苦しいながらも常勤配置率を高くし、手間ひま惜しまない良質なケアを提供しているグループホームほど経営は厳しく、効率化や採算重視の経営努力を余儀なくされる状況が起きている。

もう1つは、報酬改定と一体的に行われた運営基準の見直しである。大きく変わったのは、1つの事業所で運営できるユニット数(1ユニットあたりの定員は5人~9人)を、これまでの2ユニット(18人以下)以内から、3ユニット(27人以下)以内までに拡大したことである。

これは、用地確保が困難な都市部などを中心に整備しやすくすることをねらいとした改正だが、事業者にとってはスケールメリットを使って減算された部分を取り返すチャンスになるのかもしれない。

こうしたグループホームを取り巻く動きは、今後の事業運営にどのような影響をもたらすのであろうか。グループホーム関係者の声を聞く限り、運営の効率化と規模の拡大に向かおうとしている中で「グループホームらしさ」がどこまで持ちこたえられるのかを不安視する声は多い。

「小規模で家庭的な雰囲気」「馴染みの関係の中での暮らし」などを強みにしながら、地域に溶け込んだサービス提供を目指してきたグループホームにとって、定員27人(9名×3ユニット)の大きさは、ホームと言うよりも施設の印象が強くなる。

イメージ的には、地域密着型の特別養護老人ホーム(定員29人以下)との違いが曖昧になっていく可能性もあるだろう。加えて、グループホームらしさを象徴していたユニットごとの食事づくりも、最近では入居者の重度化を理由に配食サービスに切り替える事業所が増えているという。

「ゆめのほとり」の中にも食事の場面はたくさんあった。しかし、福寿荘では入居者が重度化し、調理などは一緒に出来ない状態になっても、煮炊きの様子を五感で感じてもらったり、会話を引き出したりしながら、美味しいものを口から食べることに拘りを持って取組んでいる。

福寿荘にとっての「食の支援」とは、「食」にかかわる全てのプロセス、コミュニケーション、雰囲気づくり、生活のリズムづくりが含まれており、それらのアプローチにより入居者の食欲を増進させている。

グループホームの原点を思い起こさせる「ゆめのほとり」を見て思うこと。それは、サービス創設期に描いたグループホームの理念にもう一度立ち返ることの大切さについてである。

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(2015年6月15日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

生活研究部 准主任研究員

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