新卒の就職活動は超売り手市場~AIの時代に求められるもの:エコノミストの眼

AIの登場で人間が行なう仕事の変化は加速していく可能性が高い。

1――売り手市場でも難しい就職活動

経団連の「採用選考に関する指針」は、2018年の新入社員採用について、広報活動が3月1日から、選考活動は6月1日からとしている。

オフィス街には会社説明会に参加する学生のグループが目立ち、雑誌や新聞などでは就職人気企業ランキングの記事が花盛りだ。

ここ数年は人手不足を背景として新卒者の採用は著しい売り手市場で、全体としてみれば求職者を企業の求人が大きく上回っており、企業側は採用に苦心している。

とは言っても、就職できればどこでも良いというわけにはいかず、今後の発展が見込まれる上に安定性もあるという企業に人気が集中するので、学生の就職活動が大変であるということに変わりはない。

花形の産業は時代とともに移り変わり、大企業に就職すれば一生安泰だという時代でもなくなっている。思わぬ企業が急成長するかと思えば安泰に見えた企業の経営が傾き、地味な企業が突然脚光を浴びるかと思えば花形産業が一転して構造不況業種と呼ばれるようになったりもする。

日本では大企業でも世界の中ではごく普通の企業に過ぎないことも多く、グローバルな競争の中でどの企業にとっても生き残るのは容易なことではない。こうした状況の中でどの産業や企業に就職するのが良いのかは誰にとっても難しい問題だ。

2――AIで専門職も消える

会社の中の人事異動で様々な仕事をする日本企業では、就職と言っても職業を選んでいるのではなくて会社を選んでいるだけなので、「就職ではなく就社だ」と言われることがある。しかし、職業を選ぶという視点で考えても選択は簡単ではない。

今後人工知能(AI)が発達して行くと、これまで機械化・自動化が難しいと考えられてきた専門的な職業でも、多くの仕事が機械に取って代わられるという指摘も多い。専門知識や能力を磨いても、10~20年後にはその仕事自体が消えてしまっているということも起こり得る。

これまでも技術革新で仕事が無くなってしまうということは起こってきた。

鉄道の改札口では大勢の駅員が切符を切っていたが、都市部ではほぼ自動化されている。SuicaやPASMOなどの導入によって切符を買うことすら稀になってしまった。

銀行の支店では多くの行員が預金の引き出しなどの対応を行っていたが、今ではATMが並び、窓口で働いている人達の仕事の内容は大きく変わっている。

昔行なっていた業務が無くなるということはあちこちで起こったが、企業の内部で新たに生まれた仕事で吸収されることも多く、機械の導入で失業するということは深刻な問題にはならなかった。

AIの登場で人間が行なう仕事の変化は加速していく可能性が高い。機械化によって別の仕事をするようになったが、それもまた新型の機械が導入されて無くなってしまうというように、次々と新しい仕事に順応していくことが求められることも増えるだろう。

3――役に立つ能力とは

就職に有利で入社してからの仕事に役立つ、すぐに役に立つ専門的な能力や知識を学校で身に付けようと誰でも考えるだろう。しかし、すぐに使える能力や知識ほど、環境が変化すればすぐに役に立たなくなりがちで陳腐化も早い。

変化の速い社会では、学校で身に付けた知識や能力もこれまで以上の速度で陳腐化してしまうので、高度な専門性を維持するためには、社会に出てからも新しい知識や技術を常に学び続けることが重要になっている。

大学で勉強するといっても4年間のことであり、職業生活は65歳まで働くことを考えれば40年以上にわたる長い期間だ。

今後も健康寿命が延び、人口高齢化が進展して高齢者が働く必要性が高まることを考えると、さらに働く期間は長期化するはずで、その間ずっと仕事をしながら知識や能力を更新していけるかどうかが職業生活で大きな差を生むことになるだろう。

慶応大学の鶴光太郎教授は「人材覚醒経済」の中で、人材育成では真面目さや精神的安定性のような「性格スキル」が重要だとし、学んだり伸ばしたりすることができることを強調している。

正直なところ、学校で身に付けた知識や能力が職業生活でそのまま役に立つかどうかは運次第で、どちらかと言えば役に立たないことの方が多いかもしれない。しかし、どのような分野であれ一生懸命に学べば「学び方」が何となく身に付くはずだ。

職業生活の中で専門性を維持し高めて行くには、あいまいなものかも知れないが、性格スキルや学び方といったような能力が重要なのではないだろうか。

情報を探すことが難しかった時代には、何かを知っているということだけで意味があり、覚えさせることは教育に求められる重要な要素だった。

しかし、インターネットが登場して膨大な情報に簡単にアクセスできるようになり、必要な情報をすばやく検索できるかどうかが重要になった。いずれは自分の記憶のように情報が簡単に取り出せるようになり、検索テクニックも不要になるだろう。

知識偏重からの脱却が叫ばれるようになって久しいが、学校教育に求められることはさらに変わっていくに違いない。

生物が現状に適応しすぎると環境変化で絶滅してしまうことがあるように、同じような能力の人間だけの組織は変化に弱く危険だ。企業は様々な状況に対応できるような多様な人材を確保しようとしているように見える。

こういう能力や知識を身に付ければ就職や職業生活に有利という「正解」はもともと存在しないのではないだろうか。

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(2017年4月28日「エコノミストの眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

専務理事 エグゼクティブ・フェロー

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