日本の債券市場において一般的に用いられているインデックスは、NOMURA-BPI総合である。代表的なところでは、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)をはじめとする公的年金の運用主体が基本的な政策ベンチマークとして採用している。
その一方で、現在のマイナス金利環境下では必ずしも、それに従った運用が適切とは考えられないこと(*1)や、資産規模の観点などから、異なったマネージャーベンチマークを採用している例も少なくない。
GPIFは業務報告書で詳細な運用の実状を公開しており、自家運用を含む国内債券の運用においてNOMURA-BPI総合をマネージャーベンチマークとして採用している金額は計11.9兆円(平成29年3月末)であり、保有する国内債券残高の25.8%に留まっている。
次に企業年金連合会の例を見ると、そもそも内外債券という資産クラスを設定していることもあり、基本年金等の年金資産に係るベンチマークとして採用されているのは、"「ブルームバーグ・バークレイズ日本総合インデックス」80%、「シティ世界国債インデックス(日本を除く、円換算)」20%の割合で加重したカスタム・ベンチマーク"である。
つまり、国内債券部分に関しては、NOMURA-BPI総合でなく、ブルームバーグ・バークレイズ日本総合インデックスを参照しているのである。
ところが、日本の一般的な企業年金においては、現在でもNOMURA-BPI総合をベンチマークに採用している例が多いのではなかろうか。
そもそも、日本銀行によるマイナス金利政策やイールドカーブ・コントロールの長期化を見通した投資家は、既に利回り獲得の期待できない国内債券のウェイトを抑え、他の資産に資金シフトさせている一方、従来の資金配分に固執する年金は、未だにNOMURA-BPI総合に基づいた伝統的な国内債券投資に固執していると言うべきだろう。
NOMURA-BPI総合の構成を見ると国債の時価比率は80%を超えており、マイナス金利が定着している残存7年以内の国債が9月末で38.5% も存在しているのである。
年金にとって、市場に存在する単純な時価加重インデックスであるNOMURA-BPI総合が、ベンチマークとして不適切なものである可能性が高いことについては、これまでも何度か指摘してきた(*2)。しかも、NOMURA-BPI総合については、そのインデックスの構成についてすら、一つの大きな問題が存在している。それは、浮動債比率が考慮されていないことである。
NOMURA-BPI総合に組入れられる債券の定義を確認してみよう。
野村證券の公表している内容によると、組み入れられる銘柄は、各月のポートフォリオ確定日(25日頃)において以下の基準を満たすものとされる。なお、現時点での組み入れ銘柄数は11,000を越える規模となっている。
・国内発行の公募固定利付円貨債券(但し転換社債、ワラント付社債、資産担保証券、社債担保証券、ローン担保証券、ステップ・アップ債、個人向け債券を除く。なお、資産担保証券のうち、財政融資資金貸付金ABS、生命保険会社の基金・劣後ローン債、投資法人債は組み入れ対象とする)
・残存額面10億円以上、残存期間1年以上
・事業債、円建外債、MBSおよびABSの場合、A 格相当以上の格付(S&P、ムーディーズ、格付投資情報センター、日本格付研究所のうちいずれかから取得)
・新発債の組み入れは、国債が発行月の翌月、金融債は発行月から3ヵ月後、その他一般債は発行月の翌々月から行う。
銘柄の入替は毎月末に行い、翌月1ヵ月間については組み入れ銘柄は固定される。
つまり、NOMURA-BPI総合は、国内の公募債券市場に存在する残存1年以上、残存額面10億円以上の固定利付債券を、ほぼすべて組み入れるものである。
ここで参考のために、国内株式の代表的な市場インデックスとして用いられるTOPIX(GPIFも企業年金連合会も、配当込みのものをベンチマークとして採用する)の算出方法を東京証券取引所の公表する「東証指数算出要領」から抜粋すると以下の通りである。
・TOPIX 等は時価総額加重方式により算出される株価指数である。
・指数値=算出時の指数用時価総額÷基準時価総額×基準値
・算出時の指数用時価総額=Σ(各銘柄の指数用株式数×採用価格)
・各銘柄の指数用株式数=各銘柄の指数用上場株式数×各銘柄の浮動株比率
ここで指摘しておきたいのは、TOPIXにおいて株式の時価総額を算出する際に浮動株比率を考慮している点である。TOPIXへの浮動株比率の反映は2005年秋より段階的に取り組まれており、既に浮動株比率の反映が完了してから10年以上が経過している。
同様に東証の公表する「浮動株比率の算定方法」から関係する箇所を抜粋すると、以下の通りである。
・浮動株比率は「浮動株(市場で流通する可能性の高い株式)の分布状況に応じた比率」で、東証が銘柄別に算定し、指数の算出に使用するものである。
両者を比較して顕著な違いは、NOMURA-BPI総合が市場に存在するほぼすべての公募債券を対象として単純に時価総額を反映しているのに対し、TOPIXにおいては浮動株比率を時価総額の算出に際して考慮している点である。東京証券取引所のHPでは、TOPIXは"浮動株時価総額加重型"と説明されている。
ここで日本の国債市場の現状を思い返してみよう。
金融緩和政策の手段として日本銀行は大量の国債を市場から購入して来ている。特に、2013年に黒田現総裁の下で量的質的金融緩和が導入されてからは、一気に購入ペースが拡大しており、現在では、資金循環統計等から見ると利付国債の約40%以上を保有しているとされる。
特に、日本銀行による個別銘柄の保有比率を、これまでの買入オペレーションの状況から見ると、保有比率が80%を越えると推計される銘柄すら存在する。
市場環境が変化した際には日本銀行による国債の売りオペがあるかもしれないという状況なら、日本銀行による国債保有分にも流動性があると見て良いだろう。しかし、強力な金融緩和の下での国債買入れのペースダウンでさえ、黙示的なテーパリングと評される現状において、日本銀行が保有国債を売却することは、金融緩和が出口に到達したと宣言して政策の明示的な変更が行われない限り不可能だと考えられる。
つまり、日本銀行によって保有される国債は、明らかに非浮動債券なのであり、市場には存在していないといっても良い。果たして、その時価を市場インデックスに反映すべきだろうか。
TOPIXが浮動株比率を考慮するようになったのと同様に、NOMURA-BPI総合の算出に際しても、市場に存在して取引可能な債券という意味から、日本銀行の保有している国債の時価相当額を控除すべきなのではなかろうか。
浮動債比率を考慮したインデックス算出に際しての手間を懸念する声はあるだろうが、TOPIXが浮動株比率の反映を開始した2005年当時の東証第一部の上場銘柄数は1,600(2004年末が1,595で、2005年末は1,667)程度であったと考えられる。
現在、残存1年以上の公募利付国債で日本銀行の買入対象になっている銘柄数は、ざっと見積もっても、利付国債2年12銘柄、利付国債5年18銘柄、利付国債10年52銘柄、利付国債20年122銘柄、利付国債30年56銘柄、利付国債40年10銘柄の計270銘柄に過ぎない。
更に、日本銀行が買入対象としている残存3年以下の社債及び投資法人債(*1)の銘柄数を加えても、社債725銘柄、投資法人債18銘柄の総計1,013銘柄程度であり、浮動株比率反映開始時点当時のTOPIXの組入銘柄数よりも多いものではない。銘柄数としてはNOMURA-BPI総合の1割に満たない比率なのである。
一方で、市場で流通している債券の時価という意味では、国債の時価が大きいために、大きな影響が考えられる。
本当の市場実勢を反映していることが市場インデックスのあるべき姿と考え、それを年金がベンチマークとして採用するためには、NOMURA-BPI総合から日本銀行の保有する債券の時価相当額を控除して考えるべきではなかろうか。
(*1) "国内債券は運用対象として必要か"『年金情報』2017年9月18日号
(*2) "NOMURA-BPI総合は年金にとって適切なインデックスなのか"『ニッセイ年金ストラテジー』2017年8月号
(*3) 社債及び投資法人債については日本証券業協会によって公社債店頭売買参考統計値が公表されている銘柄のみを数え、格付け基準等による不適格銘柄を控除していない。
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(2017年10月30日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
金融研究部 年金研究部長