今回は家族介護に対する現金給付の導入について論じたい 。
日本では2000年4月に介護保険制度を導入する前に現金給付の導入に対する議論があった。しかしながら、介護の社会化が重視されるなかで、家族に対する現金給付は「家族を介護に縛り付ける」という理由で導入には至らなかった。
一方、日本の介護保険制度を参考にして、2008年7月から「老人長期療養保険制度」を施行している韓国政府は家族に対する現金給付を導入し現在まで実施している。
韓国政府が老人長期療養保険制度を設計する際に、最も慎重に検討したのは、「財政安定」と「人材確保」の点である。
そこで、韓国政府は、日本より広い被保険者層や高い自己負担割合を適用することにより、そして家族介護に対して現金給付を支給することにより、財政の安定と人材の供給不足を解決しようとした。
韓国では療養保護士という資格を取得した人が事業所に登録して家族を介護すると、現金給付が受けられる。制度の導入初期に介護を担当する人材が不足することを懸念した取り組みであり、ドイツの事例を参考にした。
家族から提供される介護サービスを利用する受給者には現金給付として1ヶ月当たり15万ウォンが支給される。これは療養保護士の月平均賃金130~150万ウォンに比べると、かなり低い水準である。
韓国政府はすぐには療養施設が設立できない地域で家族現金給付を許可することにより、人材を確保するとともに老人長期療養保険の財政支出を抑制することができたのである。但し、今後介護労働者の賃金水準や勤労環境を改善しながら、現金給付の水準を見直す必要はある。
では、日本の状況はどうだろうか。
介護保険の導入初期と比べると高齢化の進行とともに介護保険の利用者は増えており、介護保険の財政状況は悪化している。日本の高齢化率は2000年の17.3%から2014年には24.0%に上昇した。
また、介護保険の総費用は2000年度の3.6兆円から2012年度には8.9兆円に増加しており、国の財政を圧迫する要因になっている。
また、65歳以上高齢者の保険料も第1期(2000~2002年度)の2,911円から第6期には5,514円(2015~2017年度)まで増加しており、高齢者の負担もますます大きくなっている。
高齢者の所得水準を考えると保険料の引き上げは限界に近づいていると言えるだろう。2015年の合計特殊出生率は1.46まで改善されたものの、まだ人口の置き換え水準である2.07を大きく下回っており、将来の労働力不足が懸念されている。
そこで、ドイツや韓国が導入している現金給付を日本に導入することを提案する。それは労働力の確保や財政の安定に効果があるかも知れない。
日本の介護保険制度は制度に加入することにより割引された価格でサービスが利用できる仕組みであり、利用者は割引価格から効用を得る。
家族介護に対する現金給付が実施されていない現状では、その効用は家族による介護サービスの効用を大きく上回る。その結果、介護保険制度に対する需要は増える一方、家族介護に対する需要は減る。
しかしながらもし日本政府が家族介護に対して現金給付を支給すると、両者の間に発生していた効用の格差が縮まる。その結果、家族で介護が可能な家庭もあることを踏まえれば家族以外の他人に偏っていた需要が一部は家族に戻るようになるだろう。
たとえ、家族介護に対する現金給付が現物給付の水準に至らなくても、家族から介護をしてもらうことの効用がその差をある程度縮めてくれると考えられる。
しかしながら家族介護に対する現金給付があまり効果的ではない場合も存在する。
たとえば、日本には離島・僻地など過疎地域には民間の介護施設が進出していないため、介護サービスが十分に利用できない地域もあるが、これらの地域の多くが、都市部との介護格差が問題になっている。
そして、これらの地域は高齢化率が高く、介護サービスが提供できる家族もいない世帯が多いので、家族介護に対する現金給付のメリットを生かすことはなかなか難しい。
どうすればより多くの人が制度の恩恵が受けられるのか、知恵を絞る必要がある。
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(2016年6月22日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
生活研究部 准主任研究員