1――世界が熱狂
スマートフォン向けのゲーム「ポケモンGO」が日本でも配信開始となった。日本よりも一足早く配信開始となった国々での熱狂ぶりは事前に報道されていたが、日本でもゲームに夢中になるあまり様々なトラブルが続出するほどのブームになっている。
ポケモンGOに使われている拡張現実技術を使って、2013年末にはIngress(イングレス)というゲームが一般公開されている。これもそれなりの評判となったらしいが、今回のような爆発的な騒ぎになったわけではない。
経済成長に技術進歩が重要であることは良く認識されていて、新技術の開発や最新の生産設備のための設備投資の刺激に関心が集まっている。
しかし人々のポケモンGOへの熱狂は、技術や設備よりも、それで何をするかということの方がむしろ大きな意味を持つことを示しているのではないか。
経済成長は一定の速度で起こると考えられていたが、実際の経済はある期間に急速に成長してきたという。しかも、重要な発明・発見が行われてすぐに経済成長率が高まるわけではなく、かなりの時間が経ってから経済や社会に大きな影響をあたえるようになっていたという指摘がある(*1) 。
蒸気機関などが発明され産業革命が起こったのは18世紀半ばから19世紀にかけてだが、人々の生活水準が急速に高まったのは20世紀に入ってからだ。
新技術が生まれて新製品が発明されるだけではなく、発明された技術が実際に日々の生活の場で広く利用されるようになるまでには、かなり時間がかかったためだろう。
2――悲観論と楽観論
2013年にサマーズ元財務長官が長期停滞の可能性を指摘したことで議論が活発となったが、世界経済が長期的な停滞期に入ったのか、それとも今まさに大躍進を遂げようとしているのか、見方は大きく分かれている。
悲観的な見方によれば、低い樹になる果実のように比較的簡単に手に入れることができる発明や発見はこれまでに収穫されてしまい、残された科学や技術的な課題は容易には解決できないものばかりだ(*2) 。
今後は、科学技術がこれまでのように急速な発展を遂げることは期待できず、必然的にゆっくりしたものになる。
20世紀の発明は人間の生活を飛躍的に豊かにしたが、高成長の時代は1970年頃には終わってしまった。20世紀には経済成長によって、我々の平均寿命は大きく伸び、労働時間は短縮され、労働内容も労働環境も著しく改善した。
しかし、インターネットなど情報技術は世界を大きく変えているものの、その恩恵は情報や娯楽など比較的狭い分野に限られていて、人々の生活が20世紀のように急速に改善するとは考えにくい。
他方では、IoT( Internet of Things)であらゆるものがインターネットに接続することやAI(人工知能)の発展で、経済・社会が飛躍的に発展するという予想もある。今やコンピューターは予め人間が指示した処理を高速で行うだけではなくなり、人間の発想を超えるようになった。
先日囲碁の世界トッププロを人工知能が破ったように、情報通信技術は世界を大きく変えつつある。2011年に米国でグーグルの開発していた自動運転車の公道での走行実験が許可されて以来、世界中の自動車会社が車の自動運転技術の開発に激しくしのぎを削っている。
また、遺伝子工学を使った再生医療などが進歩して、これまで治療が難しかった病気やケガも治せるようになるだろう。
3――楽観論実現の課題
大恐慌下にあった1930年代のアメリカで経済発展は必然的に停滞に至るという長期停滞論が唱えられたものの、第二次世界大戦後の世界経済の発展によってこうした悲観論は忘れ去られていた。再び悲観論が否定されることになるのかどうかは、歴史の判定を待つほかはない。
ポケモンGOの反響の大きさは、既存の技術を組み合わせるだけでも、まだまだ新しい使用方法の可能性が広がっていることを示しており、筆者は楽観論に与したい。しかし、楽観論が正しいとしても、我々はただ単に待っていれば良いというものではない。
楽観論が描く未来を実現するためには、人間社会が急速な技術の変化についていけるように努力する必要がある。経済学で言う技術進歩には、科学・工学的な技術のみでなく、法律や規制、企業経営や労務管理など社会の幅広い仕組みの改善が含まれている。
ポケモンGOで遊ぶ人達の事故を懸念して、鉄道各社が駅のホームや線路でキャラクターが出現しないようにゲームの運営会社に要請したと報道されている。
新しい製品や技術を現実に提供しようする人達には、様々な規制は新しい変化を妨げる障害物にしか見えないかも知れない。しかし、対応することには費用がかかるだろうが、事故を防止することの利益は大きい。
新しい技術を開発していく人達の適切な自制や、迅速なルールの制定は、新技術と社会との摩擦を抑えて、新技術がより迅速に社会で利用されることを可能にするだろう。
(*1) "The Rise and Fall of American Growth", Robert J. Gordon, Princeton University Press (2016)
(*2) "The Great Stagnation: How America Ate All the Low-Hanging Fruit of Modern History, Got Sick, and Will( Eventually) Feel Better" Tyler Cowen, Dutton (2011)
関連レポート
(2016年7月29日「エコノミストの眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
専務理事