前のブログ【甘利問題、今なお消極見解を述べる宗像紀夫弁護士・内閣官房参与】で述べたような甘利問題でのあっせん利得処罰法違反について、今なお消極見解を述べる宗像紀夫弁護士の誤りを指摘したが、本稿では、そのような誤った見解に惑わされることなく、今後の検察捜査を正しく予測し、見守っていくために、「国会議員の権限に基づく影響力の行使」についての正しい解釈を前提に、今後の捜査の見通しとそのポイントを解説しておきたい。(本稿は、若干専門的な内容なので、主として法曹関係者・マスコミ関係者向きであることを予めお断りしておく。)
今回の問題は、甘利氏の秘書が、道路用地買収をめぐるURと建設会社との補償交渉に介入し、秘書が建設会社側から多額の報酬を受け取ったり接待を受けたりしたほか、甘利氏自身も大臣室等で合計100万円の現金を受領したというものだが、それに関して、あっせん利得罪の成否が問題となる案件が二つある。
一つは、2013年5月に、建設会社側の依頼を受けた甘利事務所が介入した後に、同年8月に約2億2000万円の補償金が支払われた案件(A案件)、もう一つは、URの工事によって建設会社所有の土地のコンクリートに亀裂が入ったことに関して、建設会社がURに産廃処理費用として数十億円の補償を行うことを要求した案件(B案件)である。
あっせん利得罪の容疑で行う捜査に関して問題となる点は、A案件・B案件の間で異なる。順次述べていきたい。
1 公訴時効との関係
A案件に関しては、約2億2000万円の補償金が支払われた当日の2013年8月20日に、甘利氏の地元事務所の所長のK秘書に対して、謝礼として500万円が支払われているが、その事実については、あっせん利得罪の公訴時効は3年であり、今年の8月20日には時効が完成する。
一方、B案件については、建設会社側から甘利氏側への依頼は、2014年1月頃から始まり、同年2月1日に甘利氏へ50万円が手渡され、その後も秘書は「国交省への口利き依頼」と称して複数回にわたって商品券を要求したり、飲食等の接待のほか、費用と称して現金を受け取ったりしていたもので、金銭の授受は2015年11月まで続いていたとされているので、公訴時効による制約は、現時点ではあまりない。
後に詳述するように、A案件については、「甘利事務所側の介入後からURとの補償交渉が進展し約2億2000万円の支払が行われた事実があり、甘利氏の国会議員としての影響力が作用した疑いは濃厚だが、甘利氏の秘書が、その『影響力を行使した具体的事実』がないので、あっせん利得罪の立証が困難」という判断になる可能性がある。
しかし、今回の一連の事件については、弁護士や市民団体による告発が行われており、もし、不起訴になれば、検察審査会への審査申立てが行われることは必至だ。検察審査会で起訴すべしとする議決が2回行われ、裁判所が指定する弁護士が起訴することになった場合に、公訴時効完成前に起訴手続を行うことができるようにする必要がある。そのためには、A案件については、もし、不起訴ということであれば、遅くとも公訴時効の3か月前には処分を行うことが必要であろう。そうなると、起訴不起訴の判断は、5月20日頃までには行う必要がある。
一方、B案件については、公訴時効までの期間には十分余裕がある。A案件については、5月20日頃までに不起訴とし、引き続き、B案件についての捜査を継続するという方法も、考えられないわけではない。しかし、仮に、A案件が先行して不起訴となり、検察審 査会の審査申立てが行われば、公訴時効が完成する8月20日までに議決が出されることになる。その場合に予想される上記のA案件の不起訴理由は、法律上は成り立つ理屈であっても、一般人の常識では到底納得できないものだ。A案件を先行して不起訴にしても検察審査会で起訴議決を免れることは困難だと考えられる。検察としては、A案件の検審議決が出される前に、B案件を起訴に持ち込めるよう最大限の努力をせざるを得ないであろう。
2 「国会議員の権限に基づく影響力」
「国会議員の権限に基づく影響力の行使」については、「国会議員の権限に基づく影響力」の有無・程度の問題と、それを甘利氏や秘書がURに対して「行使した」と言えるか否かの二つに分けて考える必要がある。
URの予算等を承認する直接の所管官庁は国土交通省である。しかし、かつては公団だったURが独立行政法人となった後、その組織の在り方については、完全民営化を含めた様々な議論が行われてきた。それは最終的には、都市再生機構法という法律の改正の是非の問題である。しかも、URの理事長等は国会の同意人事だ。第一次安倍内閣で行政改革担当大臣を経験している甘利氏は、国会での多数を占める与党内でのURの在り方や人事等に影響力を及ぼし得る有力な国会議員と認識されていた可能性がある。それが、UR側から押収した資料や、それに基づくUR側の供述によって裏付けられれば、「国会議員の権限に基づく影響力」があったことの立証が可能となる。
A案件で、それまで進んでいなかった補償交渉が甘利事務所の介入後に一気に進展し、約2億2000万円の補償金が支払われることで決着した事実は、補償金が支払われたA案件についてあっせん利得罪の成否だけではなく、結果的には補償金が支払われなかったB案件についてのあっせん利得罪の成否に関しても、「権限に基づく影響力」の有無を判断する上で重要な事実となる。
甘利氏の行革担当大臣等としてのUR問題への関与と、与党内での国会議員としての地位等に加えて、甘利事務所介入直後から補償交渉が進展した経緯等からすれば、A・B両案件について、「国会議員の権限に基づく影響力」を認める余地は十分にある。
3 「影響力の行使」
しかし、甘利氏がURに対して、「国会議員の権限に基づく影響力」があり、それがUR側の補償交渉に現実的な影響を及ぼし、甘利氏側がその報酬を受け取ったとしても、それだけで犯罪が成立するわけしない。その「影響力」を、議員やその秘書が「行使」した場合でなければ犯罪とはならない。
「影響力を行使して」とは、「権限に基づく影響力を積極的に利用すること」であるが、それは明示的なものに限られない。国会議員として影響力を及ぼし得ることを黙示的に示すことも含まれる。
URとの補償交渉に介入した甘利氏の元秘書が、甘利氏が、与党の有力政治家であり、URの在り方に関する立法等を通してURに影響を及ぼし得る国会議員であることを、暗にほのめかしたり、それを前提にしていると思われる発言をした、というような事実があれば、「行使した」と認められる余地がある。
しかし、その「行使」の事実は、個人の行為として具体的に特定されなければならない。問題は、その「行使」の場面があったか否かである。
週刊文春の記事によると、建設会社の総務担当者のI氏が、URとの補償交渉(A案件)について最初に依頼したのが2013年5月9日、対応したのがK氏(当時甘利氏の秘書で地元事務所の所長)、UR側に内容証明を送ることを提案し、同じ甘利氏の秘書だったM氏が、UR本社に赴いて交渉した結果、同年8月に、URから約2億 2000万円の補償金が支払われることになった。I氏は、8月20日、その謝礼として500万円をK氏に渡したとのことである。
A案件について、甘利事務所側が直接UR側と接触したのは、このM秘書がUR本社に行った際の一回だけのようだ。それ以外に、電話などでUR側と話す機会があった可能性もあるが、それらのURとの接触において、「影響力を行使した」と認められるような言動があったことを立証する証拠を得ることは容易ではない。
一方、B案件については、2014年1月に面談を申し入れて以降、2015年11月ころに至るまで、I氏から金銭や飲食の提供を繰り返されていた甘利氏の秘書が、UR側に多数回にわたって執拗に接触を繰り返し、その中で、2015年10月にURが「逆にこれ以上関与しないほうが良いように思う。現在の提示額は基準上の限度一杯であり工夫の余地が全くなく、要望を聞いてしまうと甘利事務所もURも厳しくなるだけ。」とコメントするような場面まで出てきた(UR折衝記録)。同年11月には、大和事務所にてKとUR総務部長・国会担当職員が面談した際、大臣名を出して圧力をかけたとされる。
影響力の「行使」の要件は、A案件よりB案件の方が認められる可能性が高いとみるべきであろう。
4 共謀
犯罪が成立するとすれば元秘書個人であり、「甘利事務所」という組織体ではない。
M秘書が「権限に基づく影響力を行使して」UR側にあっせんを行い、その報酬をK秘書が受け取ったとしても、「あっせん」と「対価の受領」について、両秘書に共謀(意思連絡)がなければ、犯罪は成立しない。また、後に述べる甘利氏本人への捜査の波及も、秘書の供述が得られるか否かが鍵となる。
このような事案では、議員本人との共謀関係はもとより、秘書相互の共謀関係についても、すんなり供述することは考えにくい。供述状況を踏まえて、甘利事務所や両秘書の自宅等への捜索を行うことが不可欠だと思われ、それが遅れれば遅れるほど、証拠の確保は困難となる。
もし、共謀について証拠が得られないことを理由に不起訴処分となった場合には、1月に本件が週刊誌報道されてからURへの強制捜査の着手まで3か月を要し、甘利事務所や秘書に対する強制捜査が更に遅れたことが厳しく批判されることになりかねない。
5 甘利氏本人の嫌疑に関する捜査
今後、元秘書に対する捜査が本格化した場合、I氏から現金100万円を直接受け取ったことを認めている甘利氏本人について犯罪が成立する余地があるかという点が重大な関心事になっていくことは必至である。
少なくとも、週刊文春の記事だけを前提にすれば、甘利氏についてのあっせん利得罪の嫌疑はかなり稀薄だと言わざるを得ない。
甘利氏が受領した現金のうち、2013年11月14日の大臣室での50万円は、甘利事務所の介入によってA案件について補償交渉が進展し、2億2000万円の補償金が支払われたことの謝礼だとI氏は週刊文春で述べており、前後の状況からは、そのような趣旨の現金であることは疑う余地がない。もし、A案件について元秘書にあっせん利得罪が成立する場合に、甘利氏が、A案件への介入についてK秘書らから報告を受けた上で50万円を受領したのであれば、甘利氏についてもあっせん利得罪が成立することになるが、A案件については「影響力の行使」の事実があったことの立証が容易ではないことは前述したとおりである。
一方、2014年2月1日に、甘利氏が地元事務所で受領した50万円は、週刊文春でのI氏の話によると、B案件でのURへの口利きの依頼の報酬とのことであり、もし、B案件について、「国会議員の権限に基づく影響力の行使」の事実が認められ、その点について甘利氏の共謀が認められれば、甘利氏本人についても、あっせん利得罪が成立する可能性が出て来る。
この点についての秘書の供述が得られるか、或いは、甘利氏が直接URや国交省に働きかけている事実などが明らかになった場合などには、甘利氏本人に捜査が波及する可能性もないとは言えない。
6 A案件とB案件の関係
甘利事務所側の介入後、補償交渉が急速に進展し、2億2000万円もの補償金が支払われるに至ったA案件と、多数回にわたって、執拗に補償交渉に介入したものの、結局、補償金は支払われなかったB案件とを比較すると、A案件についてのあっせんと、その報酬の受領の方が、刑事事件として立件・起訴しやすいように思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。
A案件で、URが甘利事務所介入後に、「積極的に影響力を行使」ということをするまでもなく、すんなりと短期間のうちに約2億2000万円の補償金を支払ったというのは、UR側が、甘利氏側の介入に対して弱い立場にあること、つまり、甘利氏がURに対して「国会議員としての影響力」を持っていたことを示す重要な事実だ。それは、A案件だけではなく、B案件についても、あっせん利得罪の成立についての積極判断の根拠となる。
そのような影響力を持つ甘利氏側からの要請があっても、URがB案件補償金支払に応じなかったのは、応じると「不正な職務行為」になってしまうからだと考えられる。甘利氏側から執拗に要請しても、つまり「国会議員としての影響力」を「行使」しても、不正行為の要求には応じることができなかったのであろう。
そうであれば、B案件については、「国会議員の権限に基づく影響力を行使して」あっせんし、その報酬を受け取ったことについて、甘利氏の秘書に、あっせん利得罪が成立する可能性が十分にある。そして、上記⑤の証拠が得られれば、B案件について、甘利氏本人について犯罪が成立する可能性もある。
それどころか、甘利氏やその秘書がUR側に「不正な職務行為」をあっせんして報酬を受領したということになると、刑法の「あっせん収賄罪」が成立する可能性もある。
かなり長くなったので、この点については、別稿に譲ることとしたい。