10月19日に、横浜市の大型マンションのデータ偽装問題に関して、【「姉歯事件」より重大・深刻な「マンションデータ偽装問題」】と題するブログ記事を出した。その後、この問題を発端に、データ改ざん問題は、杭打ち業界全体に拡大し、今や、建築業界全体の構造的な問題にまで発展している。
杭打ち工事のデータ改ざんの当事者である旭化成建材が施工したすべての建築物が調査の対象とされ、全国各地で次々とデータの流用等による改ざんが発見された。しかも、問題の発端となった不正に関わった複数の職員が、「改ざんは先輩に教わった」と証言していることが報じられ、杭打ち工事の最大手の企業「ジャパンパイル」でもデータの流用が行われていたことが公表されるに及んで、今回のデータの改ざん・偽装問題は、個人的な問題でも、個別の企業の問題でもなく、業界全体の問題であることが明白になった。
「偽装」「隠ぺい」「改ざん」「捏造」という言葉に該当する問題に対して、容赦なく厳しい批判・非難が行われるのが、近年の企業不祥事をめぐる世の中の動きであり、その中には、実態と無関係に「形式的な不正」だけで過剰なバッシングが行われる例も多い。しかし、今回の問題は、建築物の基礎を固める杭打ち工事のデータの偽装・改ざんであり、建築物の使用者、住宅建築であれば住民にとって、建物の安全性に対する信頼の根本に関わる問題である。安全性への影響如何にかかわらず、そのデータの取扱いが業界全体で杜撰極まりないものであったことは、社会に衝撃を与える事態だと言えよう。
■ 「ムシ型行為」と「カビ型行為」
私は、違法行為、コンプライアンス問題には、「ムシ型」と「カビ型」があるということを、【法令遵守が日本を滅ぼす】、【思考停止社会 ~「遵守」に蝕まれる日本~】等で指摘してきた。
「ムシ型」というのは、個人の利益のために個人の意思で行われる単発的な行為であるのに対して、「カビ型」というのは、組織内で、長期間にわたって恒常化し、広範囲に蔓延している行為、つまり、時間的・場所的な拡がりを持った行為だ。
「ムシ型」に対しては、当事者を厳罰に処すという「殺虫剤」型の対応が有効であり、二度とそのような行為を行わないよう「法令遵守」を厳命することで、再発防止を図ることになるが、「カビ型」には、そのような対応はあまり効果がない。
「カビ型」に対して必要なことは、恒常化していた問題行為の実態を明らかにし、その原因が「汚れ」なのか「湿気」なのかを究明して除去することだ。業界全体に拡がる「カビ」の場合には、個々の企業だけでは対応は困難であり、所管官庁も含めた業界全体のコラボレーションが必要となる。
このような「ムシ型」「カビ型」の違いを認識せず、従来と同様に「ムシ型」=個人的行為を前提にした対応を行うことは、問題をより深刻化させることになる。
■ 「カビ型違法行為」の恐ろしさ
今回の杭打ち工事のデータの偽装・改ざんについても、当初は、横浜市のマンションの杭打ち工事を担当した旭化成建材の現場代理人の「個人的な問題」のように言われており、会社側の記者会見でも「物言いや振る舞いからルーズな人だと感じた」などと現場代理人個人に問題があるかのような発言をしていた。局所的・単発的な「ムシ型」違法行為の問題で済まそうとしていたようだ。しかし実は、この問題はムシ型ではなく、典型的な「カビ型違法行為」だったのである。
カビ型違法行為は、監査等の通常のコンプライアンス対応による発見が困難であり、内部告発等によって表面化すると深刻な問題に発展するという「恐ろしさ」がある。
私は、その問題を前掲拙著【思考停止社会 ~「遵守」に蝕まれる日本~】(53頁)で指摘したほか、日経ビジネスオンラインに寄稿した論考【「カビ型違法行為」の恐ろしさ 蔓延・恒常化した違法行為はどう解消したらよいのか】でも書いている。
違法行為・不正行為が長年にわたって恒常化している場合、それに関わった者の中に、不正行為を行いたくないと考えた者がいたとしても、是正措置をとるために何らかの労力・コストが必要となる場合には、それを自ら提案することはとても難しい。
是正措置に労力・コストをかけるためには、その予算措置の理由の説明が必要であり、その説明をするには、過去に恒常的に不正を行っていた事実を表に出さなければならないからだ。それによって、それまで現場で不正を実行してきた関係者達が、重大な責任を問われることになりかねない。その際、「不正行為をやっていたのは自分や自社だけではない。他人も他社も同様にやっている。」という「カビ型」の弁解は全く通用せず、「法令遵守」に反したことだけで問答無用の非難が行われるのは、過去の多くの不祥事・事件が示すところだ。
■ 「ステンレス鋼管データねつ造問題」
上記著書や論考で言及している「ステンレス鋼管データねつ造問題」の根本的な原因は、JIS規格という「法令規則」が、実態と乖離したまま放置されていたことにある。、鋼管溶接技術の進歩のため、ステンレス鋼管について水圧試験で発見されるようなレベルの傷や不具合は全くと言って良いほどなくなり、水圧試験を実施する意味はほとんどなくなっていたのだ。しかしが、規格上は、「全量水圧検査が必要」とされていたため、水圧試験データがなければJIS承認をとることができず、そのデータの捏造が長期間にわたって恒常化していたのだ。工場の生産体制・検査体制も、水圧試験をやらないことが前提になっていた。
その後、JIS規格を実態に合わせようとする業界関係者の努力のためか、2004年から、「客先の了承を得れば一部だけの抜き取り検査でもよい」ことになった。制度を実態に適合させる方向での改善が行われたのだ。
ところが、その後も、水圧検査は全く行われず、従前どおりデータを捏造する行為が続けられていた。それは、以下のような事情からだと考えられる。
2004年以前は、実態は水圧試験を全く行っていなかったが、建前上は全量水圧試験を行ったことにして、捏造したデータで外形を整えていた。それが、2004年の基準改正に伴って、「一部だけの検査」が許容されることになった。「全量水圧試験をやってきているという建前」を前提にすると、「全量から抜き取りへの変更」ということになり、設備や人員を減らすことができるということになる。しかし、実態を前提とすれば、それまで全く行っていなかった水圧試験を一部だけでも行うことになるのであるから、設備や人員を増やす必要が出てくる。
それまでデータ捏造行為をやっていたことは表に出せないと考えていた現場の関係者達は、誰も「設備や人員を増やして抜き取り検査をやろう」と言い出せなかったのであろう。
カビ型違法行為を解消するためには、過去の違法行為の事実に頬かむりして「違法行為・不正行為をするな」という「法令遵守」の命令を行うだけでは問題は解決しない。それまで違法行為が恒常化していた事実を全て表に出したうえで、それを前提にして、その解消のための方策を講ずることが不可欠なのである。
そこに、カビ型違法行為の恐ろしさ、それを発見し解消することの難しさがある。
■ 「杭打ちデータ改ざん」の恒常化・潜在化の原因
このことを今回の杭打ちデータの偽装・改ざんの問題に当てはめてみよう。
データの不正が行われた原因は、杭打ちデータの機器の不調でデータがとれない、記録紙が雨に濡れて読めない、などの事態が発生していたからだったとされている。
「杭打ち工事のデータを記録し、元請け業者に正確に報告すること」は、ずっと昔から杭打ち工事業者に対して法令によって義務付けられていたと考えられるが、昔は、データを記録する機器が、その義務を確実に履行できるだけの性能を充たしていなかった。そのため、正確なデータが取得できなかった場合でも、現場で杭打ち作業を行う技術者の「経験と勘」によって、「杭が地盤に到達した」と確認されれば問題はないと考え、他の工事のデータを流用するなどの不正が行われたのであろう。
その時代には、杭打ちデータの記録に関する「法令」が、現場の実態とかい離していたため、杭打ちデータの偽装・改ざんが、「カビ型違法行為」として業界に蔓延していたのである。
しかし、21世紀に入る頃から、日本の経済社会においてもコンプライアンスが強調され、法令遵守が強く求められるようになってきた。そうした中で、世の中でも「安全から安心へ」のトレンドの変化が生じ、「実質的に安全であれば良い」というかつての考え方から、「安全であることの記録を確実に残し、求められた時に、そのための記録・情報を確実に提示すること」によって「安心」を確保する考え方への転換が要求されるようになった。
企業社会に、そのように大きな「環境変化」が生じたのであるから、杭打ち工事を行う事業者も、記録が確実に残せるようデータを記録する機器のバージョンアップを行うべきであった。それが、杭打ち業者に求められた「環境変化に適応する」という意味のコンプライアンス対応であった。
しかし、前述した「ステンレス鋼管データ偽装問題」と同様の事情が、そこで、コンプライアンス対応を妨げたのではないだろうか。
機器のバージョンアップには、当然コストがかかる、そのための予算措置が必要となる。しかし、その必要性を説明するためには、「これまでの機器では、記録がとれない時はデータの偽装・改ざんを行っていました」と正直に告白しなければならない。それは、杭打ち工事に関する法令違反を自ら申告することであり、それ自体で重大な責任を問われることになる。いくら、業界全体に蔓延している「カビ型違法行為」であっても、それが表面化すれば、最初に明らかになった問題の当事者に重大な責任が生じことになるのは、まさに今回の問題を見れば明らかであろう。
結局、杭打ち工事の現場は、従来どおり「経験と勘」によって、杭が地盤に到達したことを確認するという「安全」の確保は行われてきたものの、それを確実に記録するという「安心」への対応が不十分なまま、建築が行われてきたというのが実態だったのだと思われる。
データの偽装・改ざんという不正行為は、典型的な「カビ型」違法行為であり、私がかねてから指摘してきた「カビ型違法行為の恐ろしさ」、つまり「カビ」を発見し、なくすことがいかに困難であるかが典型的に表れた事例だと見ることができる。
■ 「カビ型違法行為」に対して今後行うべきこと
このような行為は、一度全てが表面化してしまえば、是正することは、それ程困難なことではない。杭打ち業界全体が改善の方向に向かい、データを確実に記録できる機器が導入され、データの偽装・改ざんは根絶されるであろう。長期間発見されなかった事情は、「規範意識や倫理観の希薄さ」という個人的な問題というより、上記のような「カビ的違法行為のシステム」の問題なのであるから、そのシステムさえ改善されれば、不正が起こることはなくなる。今回の問題を契機に、「不正が絶対に起こり得ないよう検査の厳格化・罰則の強化」を行う必要があるとは思えない。むしろ、国交省が責任回避のために、そのような対応をすれば、耐震強度偽装事件(姉歯事件)の際と同様に、建築不況を招くことになりかねない。
この機会に行うべき重要なことは、これまで述べてきた「カビ型違法行為の恐ろしさ」を再認識し、今回表面化した杭打ちデータの問題以外にも「カビ型違法行為」が潜在化している可能性があるとの前提で、企業としての現場の実態把握に努めることである。
そのためには、「実質的に安全であれば良い」という従来の感覚では現在の社会には通用しないこと、「安心を確保するために正確な記録を残しておくことが不可欠であること」についての認識・理解を組織の隅々にまで浸透させる研修教育を実施した上、一定の期間を定めて不正行為を自主的に申告した者には制裁・処分を減免する措置をとることが有効であろう。「不正行為を行うな」という厳命と厳罰化だけでは、かえって「カビ型違法行為」を一層潜在化させてしまうことになる。
今回の問題に端的に表れているように、「建築物の基礎に関わる杭打ちという最も重要な工事に関してデータを改ざんすることなどあり得ない」という常識は通用しない。表面化したら、そのように厳しい批判・非難を受けることが確実な違法行為であるからこそ、当事者にとっては、「絶対に表には出せない行為」と認識され、深く潜在化する「恐ろしいカビ」になってしまうのである。
(2015年11月16日「郷原信郎が斬る」より転載)