組織的問題の本質を的確に指摘した化血研第三者委員会報告書~残された問題は厚労省との関係~

一般財団法人「化学及(および)血清療法研究所」が国の承認と異なる方法で製品をつくっていた問題で、第三者委員会の報告書が公表された。

■ 東芝の第三者委員会報告書との決定的な違い

血漿分画製剤やワクチンの大手メーカーの一般財団法人「化学及(および)血清療法研究所」(以下、「化血研」)が国の承認と異なる方法で製品をつくっていた問題で、第三者委員会の報告書が公表された。

第三者委員会報告書と言えば、日本を代表する伝統企業東芝の会計不祥事に関して第三者委員会が設置されたが、委員会の性格や報告書の内容について厳しい批判を受け、惨憺たる結果を招いたばかりである。

私は、東芝の第三者委員会報告書については、今年7月に公表された直後から「『問題の核心』を見事に外した第三者委員会報告書」などと酷評してきたが(「世界」9月号、プレジデントオンライン【「東芝不適切会計」第三者委員会報告書で深まる混迷】)、原発事業の会計処理に関する問題を委員会の調査事項から除外することを委員会側の弁護士と会社執行部との間で画策していたことが報じられるに及んで、「第三者委員会スキーム」そのものが、世の中を欺くための手段として使われた「壮大な茶番」だったと表現した(【偽りの「第三者委員会」で原発事業の問題を隠蔽した弁護士と東芝執行部】)。

化血研第三者委員会報告書は、不正の内容を詳細に明らかにし、「製品の安全性及び患者の安心を優先すべき製薬会社としてあってはならない重大な違法行為」「常軌を逸した隠蔽体質」と厳しく批判する一方で、問題の本質を端的に指摘しており、東芝の第三者委員会報告書とは比較にならない程質の高いものと言えよう。

何より評価できるのは、報告書の末尾で「総評」として、化血研問題の本質に関して、

問題の根幹として感じたのは、「研究者のおごり」と「違法行為による呪縛」である。"と指摘し、後者について、"一度開始された不整合や隠ぺい工作を当局に知られることなく中止することは極めて困難であり、化血研の役職員は、先人達が始めた不正行為や隠ぺいを当局に報告する勇気もなく、それらを改善する方策も見つからず、先人達の違法行為に呪縛されて、自らも違法行為を行うという悪循環に陥っていた。

と述べている点である。

これは、長期間にわたって組織的に行われた不正行為を解消是正することの困難性に関して、多くの組織的不正行為にも当てはまることであり、不正行為が40年にもわたって継続され、組織内で隠ぺいされていた今回の問題の核心を衝いた指摘である。

■ 「ムシ型行為」と「カビ型行為」

かねてから、私は、違法行為、コンプライアンス問題には、個人の利益のために個人の意思で行われる単発的な行為である「ムシ型」と、組織内や業界内で、長期間にわたって恒常化し、広範囲に蔓延している「カビ型」の二つの要素があると指摘してきた(【法令遵守が日本を滅ぼす】【思考停止社会 ~「遵守」に蝕まれる日本~】等)。

カビ型の行為については、内部監査や内部通報等の通常のコンプライアンスの枠組みでは発見が困難であり、内部告発等によって表面化すると深刻な問題に発展する「恐ろしさ」があることを強調してきた。

横浜市のマンションの「傾き」に関連して明らかになった杭打ちデータの改ざん問題も、杭打ち業界全体に蔓延する「カビ型」そのものであり、「カビ型」という観点から、その実態が明らかにならず長期間にわたって発覚することなく継続した原因や建設業界等で、他にも存在していると考えられる同種行為の「カビ型行為」を把握していくための方策を考える必要があることを指摘した。(【「カビ型違法行為」の恐ろしさが典型的に表れた「杭打ちデータ改ざん問題」】)。

化血研における血漿分画製剤の製造に関する不正行為も、長期間にわたり、組織的に行われてきた「カビ型」そのものである。第三者委員会報告書の「違法行為による呪縛」というのも、不正が長期間にわたって是正できなかった根本的な原因を、不正行為の当事者の立場に立って端的に表現したものと言えよう。

このような第三者委員会報告書が作成・公表されるに至ったのは、委員の人選及び委員会の運営等に関して、組織から独立した立場で公正に調査を行い得る環境が整えられ、役職員等の関係者からの協力が十分に得られたからであろう。

東芝の第三者委員会報告書が、「上司の意向に逆らうことができない企業風土」などという、どこの企業組織にも少なからず存在する「組織の通例」を針小棒大に表現するなど、問題の本質とはかけ離れたものとなっているのとは対照的である。

「第三者委員会」を、世間を欺くための手段として悪用し、問題の本質が明らかにならないよう画策してきた東芝は、内部告発等によって次々と問題の核心が指摘され、いまなお、信頼回復とは程遠い状況にある。

一方、第三者委員会によって、長期間にわたる不正について、それが組織的に継続されてきた根本的な原因も含めて問題の本質が明らかにされた化血研は、再生と信頼回復に向けて一歩を踏み出すことができたと言える。

■ 唯一残された「厚労省との関係」に関する問題

このように全体としては高く評価できる化血研の第三者委員会報告書だが、一つだけ「物足りなさ」を感じた点がある。

それは、厚生労働省の側には、不正行為が長期間にわたって続けられていたことに関して、問題となる対応はなかったのかという点である。

今回の第三者委員会は、化血研という組織が設置したものであり、監督官庁である厚生労働省側の問題を指摘することは、本来の調査の対象外である。しかし、もし、同省側の姿勢や対応が、不正を継続し、隠ぺいを行うことについての抵抗感を希薄化させる要因の一つになっていたとすれば、それは、化血研の不正の原因に関しても重要な事実である。

組織と外部との関係が、組織不祥事の動機となった場合、その点を調査の対象とするのかその点を報告書で指摘するのかに関しては微妙な問題が生じる場合が多い。

その点を調査事項とすることに関して、組織の上層部側からの強い反発が生じたのが、「九州電力やらせメール問題」であった(拙著【第三者委員会は企業を変えられるか~九州電力やらせメール問題の深層】(毎日新聞社:2012年)。また、みずほ銀行の「反社向け融資問題」では、金融庁検査対応にも問題があり、その点を指摘することが、銀行側の隠ぺい疑惑を解消する最大の論拠になったはずなのに、第三者委員会報告書でその点の指摘を全く行なわず、報告書公表後も、銀行への隠ぺい疑惑が収まらず、「反社向け融資問題」が金融業界全体にまで拡大する原因となった(拙著【企業はなぜ危機対応に失敗するのか】(毎日新聞社:2013年))。

化血研の問題では、不正行為とその隠ぺいが余りに巧妙に行われたために、厚労省側では全く察知しようがなかったということかもしれないが、40年にもわたる不正行為について、検査を行う監督官庁側が、その兆候に全く気付かないということは考えにくい。また、第三者委員会報告書でも、原因分析の中で「化血研が不整合や一変申請の不備を防止するためには、監督機関との間で緊密なコミュニケーションをとることは必要不可決であり、そのようなコミュニケーションを欠いた化血研の閉鎖性、独善性が本件不整合や隠ぺいを生じさせた最大の原因であると推認される」と述べているが、コミュニケーションがうまく機能していないことの原因は、その当事者双方のあるのが一般的である。

医薬品メーカーと厚労省との関係を考えた時、そこに、「天下り」等を通しての癒着関係等が生じていないのか、それが化血研側に、「監督機関側も不正の発見は望んでいないはず。形だけ整えておけば良い」という「甘え」につながったりしていなかったのかという点は、問題の本質という面で無視できない視点ではないかと思われる。

化血研の第三者委員会報告書は、大変質の高い内容であるだけに、その中で、厚労省側の対応が、化血研の不正、隠ぺいに影響した可能性の有無について全く記述がないのは、些か残念である。

■ 血漿分画製剤の医薬品としての特殊性

今回の不正の対象となった血漿分画製剤をめぐっては、私自身も、過去に、田辺三菱製薬の子会社バイファ社による遺伝子組み換えアルブミン製剤メドウェイに関するデータ差し替え等の不正行為の問題に関して、第三者委員会の委員長を務めたことがある。

血漿分画製剤には、献血によって提供される人血を主たる原料とし、極めて限られたメーカーの供給途絶が人命に関わるという医薬品としての特殊性がある。私も、メドウェイ問題の調査において、それが不正の重要な要因の一つになっているとの認識を持った。

化血研という血漿分画製剤の有力メーカーで40年以上も不正行為とその隠ぺいが続いてきたことの背景にも、そのような製剤の特殊性があり、それが「違法行為による呪縛」によって長期間継続し、隠ぺいされてきたとみるべきであろう。

そうだとすれば、血漿分画製剤をめぐる問題は、化血研という一組織の問題にとどまらず、厚労省とメーカーとの関係を含めた構造的な問題である可能性もある。化血研の第三者委員会報告書は、化血研という組織内の問題に関して問題の本質を明らかにする役割は果たしたが、組織外の要因については何も指摘していない。

化血研の問題に関して、厚労省の側に反省すべき点がないのか、という視点から、今後の同省の対応についても、関心を持って見守っていかなければならない。

(2015年12月7日「郷原信郎が斬る」より転載)

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