BLOG
2018年12月07日 18時15分 JST | 更新 2018年12月09日 22時37分 JST

彼女は去ったけど、運命の一冊は残った。ぼくらが旅をつづける理由。

《本屋さんの「推し本」 リブロ・小熊基郎の場合》

今年の8月に、カンボジアへ旅行に行った。一週間というまとまった期間の休みは本当に久しぶりで、10年前にあったかというくらいだ。書店営業の方に、「カンボジアって何があるんですか?」と聞かれ、「アンコールワット」と答えると納得してもらえる。

それでも旅行の選択肢としてはあまり人気のある方ではなさそうで、ツアーの参加者の多くは50~60歳代くらいの、少し落ち着いた方々が多かった。私にとっては「アンコールワット」「ピラミッド」「マチュピチュ」は人生で一度は行きたい場所のスリートップだったがゆえに、今回の旅行の行先も、あまり悩まずに決心した。

その頃のカンボジアは雨期で、スコールに注意すべしとされていたが、幸いにも大きく天候が崩れる事はなかった。なにより、日本の気温40度に比べれば快適と言っていい。町はアスファルトが少なく、日本ではもう見なくなった野良犬達が、細い体をふらふらとしながら車やバイクの行きかう真ん中で寝そべっていたりもした。

20歳代半ば、出身である新潟から埼玉へ引っ越したのは、特に大きな目標だとか野心があったわけではなかった。たまたま埼玉に知り合いがいて、初めての「大都会」での暮らしに一抹の不安もあり、せめて知った顔がそばにあれば、と思っただけだ。

勿論、そこから職探しをせねばならず、であれば以前から興味のあった「書店」で働くという選択は、ごく自然であったかもしれない。小さい頃から本に囲まれていたのは確かで、母の蔵書を引っ張り出しては訳も分からず読んでいた。

特に向田邦子が母のお気に入りで、併せて漫画も大好きだった母の書棚から、「黄昏流星群」や「浮浪雲」などを小中学生の頃に読んでいた。大人びたガキだった。学生の頃は、小さい頃から通っていた書店でアルバイトもしていた。今はもう閉店してしまったが、書店としては100年以上続いた、新潟の老舗だった。

いつものようにふらふらとその書店へ立ち寄り、何か面白い本は無いかと探していたところ文庫の新刊コーナーで、ある本と出会った。表紙の写真に惹かれたのだ。

『アジアン・ジャパニーズ』

通りで一人の髪の長い女性が振り向いた姿を写している。文庫になっているという事は恐らく以前にハードカバーか何かで出ていたはずで、その時には存在すら知らなかったが、こうやってもう一度文庫化してくれたおかげで、読むことが出来る。

中を少し拝見して、旅行記のようなものであろうと見当を付け、足早に買ってひとまず待ち合わせの場所へと急いだ。当時好きだった女性と飲みに行く約束だったのだ。その人も本が好きで、ほろ酔いながらさっき買った本を取り出し、「面白そうな本を見付けたんだ」と得意げに見せたところ、彼女はとても驚いた。彼女はその本を文庫になる前から知っており、自分にとって大きな影響を与えてくれたものだといった。私はその時、「運命」だと思った。

帰ってから一気に読まねばならなかった。ひとしきり読み進めると、それは単なる旅行記ではなく、「もっと根深い何か」、であることがわかった。

著者の小林紀晴は写真家で、企業に勤めていたが、突然会社を辞め、程なくしてバンコクへ旅立つ。彼の撮る写真は特に人物が秀逸だ。彼はアジアの国6か国を約100日間で回りながらその地で出会った日本人にフォーカスし、何故彼らが現地を訪れ、生活し、何を考えているのかをファインダー越しに見つめる。

60歳を過ぎた老人、大学を休学している若者、フィンランド人の恋人と世界を回る女性。彼らにはそれぞれに様々な背景がある。

しかし通底するものは、日本の社会において、何か居心地の悪さを感じている事だろう。当たり前のように過ぎていく日常。そこには何も考えなくてもある程度生きていけるという安心安全はあっても、自分がしなければいけないという理由はない。清潔な水も電気もコンビニも時間通りの電車も。それが当たり前の生活の中で、一歩、特にアジアに出てみれば、日本の常識が常識ではない、という事に気付かされる。そして彼らの不安や閉塞感は、元々30年程前に書かれた出版当時から、何一つ変わっていないのではないかと思わせる。

ぼくらが旅に出る理由。

この本に、答えはない。旅をした結果、皆がハッピーになり日本へ帰って今までの自分とは違った生き方をする、というような安直なものではない。実際、命を絶ったものさえいる。例え旅が何かをもたらしてくれたとしても、結局はそこから得たものをどう生かすかは、その人次第なのだ。そしてそれぞれの道へ進んでいく人達を見つめながら、彼もまた、ひとり違った道を模索する。

あの時の彼女とは共に歩む事は無かったし、運命でも何でもなかった。そして今の私は、東京の地で不安を抱えながらも日々を過ごしている。

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

小林紀晴『アジアン・ジャパニーズ』(新潮社)

今週の「本屋さん」

小熊基郎(おぐま・もとお)さん/リブロ ecute大宮店(埼玉県さいたま市) 

どんな本屋さん?

「リブロ ecute大宮店」は、大宮駅構内にある書店。通勤通学途中のお客さまで、いつもにぎわっています。話題書コーナーにある、店長のおすすめ本コーナーは、音楽エッセイ(フィッシュマンズ!小沢健二!)から漫画まで、愛ある選書とほかのお店では見かけないラインアップが魅力。コンパクトな売り場に、様々なジャンルの魅力的な本がぎゅっと並び、ここに寄れば、いつでも気になる本に出合えるという期待があります。ほかの書店さんでも、大宮店のファンを公言する方がいるほど、プロからみてもすごい本屋さんです。

撮影:庄司知世(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)