あちこちの壁に穴を開けたら、社会は少しずつ変わっていく〜紀伊国屋書店でのイベントに治部れんげさんをお招きした件〜

たぶんあなたはジャーナリスト・治部れんげを知っている。名前を言われてパッと思いつかなくても、彼女が書いた文章を読んだことはあるはずだ。

たぶんあなたはジャーナリスト・治部れんげを知っている。名前を言われてパッと思いつかなくても、彼女が書いた文章を読んだことはあるはずだ。

ぼくが彼女の名前を認識したのは実は最近のこと、この一年以内だ。「赤ちゃんにやさしい国へ」のシリーズを書きはじめてから、いろんなことを探ったりふと目についた記事を読んだりしているうちに、その名に出会い、文章に引き寄せられた。

書籍『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない』の中にも2回、治部れんげの名前が登場する。ひとつは、ブログでも書いた、保育園一揆の曽山恵理子さんについて調べた時だ。

もうひとつは、書籍オリジナルの文章で、「家事ハラ」について書いた時、下記記事の要約を入れた。

何しろぼくは育児社会論の専門家でもないくせにこの分野に足を踏み入れてしまったので、治部さんの記事は大いに参考になった。文章としてきちんとしているのでわかりやすく、なんと言ってもちゃんと取材してある。ネット上でちゃんとした取材をしてある文章は、こう言っては何だが非常にレアで価値が高い。日経BPでしっかりと経験を積んだからだろう。

また、記事の中では女性の側からの主張を明確に言葉にしてある。ぼくはそれに納得しつつも、会ったら怖いのかなー、ぼくのゆるいとこ指摘されちゃったりするかなーなどと想像していた。想像していたら、実際にお会いすることになった。先月の話になるが、2月15日に紀伊国屋書店新宿南店がぼくの本の出版イベントを開催してくれることになり、書店と出版の中岡くんで相談して対談相手を治部れんげさんにお願いしたいと言って来たのだ。ぼくもお会いしてみたいと思っていたのでそれはいい!と賛成したものの、待てよひょっとしたら怖い女性なんじゃないか、薄っぺらなおれなんか論破されるよ、大丈夫かなと不安にもなった。

対談を申し込んだらOKいただけたというのでとんとん話が進んでしまい、覚悟を決めて打合せでお会いしたら、なーんだ話しやすくてよかったー!とホッとした。それに勝手に意気投合できた気がする。ぼくが気がしてるだけで、彼女がうまく合わせてくれたのかもしれないけど。

治部さんは、日経DUALに「怒れ!30代。」というタイトルで、焔がごおおーっと音を立てている連載をやっている。そのごおおーっの最新回で、そのトークイベントの時のことを書いてくれた。もお!うれしいじゃないか!

うれしいのでぼくも当日の写真をここでお見せしちゃおう。

まず会場の様子。お客さんが来てくれるか心配だったが、けっこう集まってもらえた。赤ちゃんを連れてきてもらってもOKにしたので、家族で来てくれた方も多かった。

MCとして話す編集の中岡くん。本とともに誕生した第二子を胸に抱きながらの司会。これがいちばんこの日のポイントだったのではないか。左は紀伊国屋書店新宿南店の瀧さん。このイベントを中岡くんと相談して決めてくれた。

治部さんと並んでしゃべってるおれ。治部さんのほうがひと回りお若いので、こうして見ると完全におっさんと女子だなあ。でも治部さんはぼくのひと言ひと言に真剣に耳を傾け、時にメモを取りながら聞いた上でトークする。そういうところもプロだった。

終了後にはサイン会ってのを初めてやった。この日のためにサインをつくって練習してきたのだ。こんな感じで、終わってからもしばらく熱気冷めやらぬ会場だった。

イベントが終わったあと、あらかじめ別のイベントに治部さんが誘ってくれていた。やはり女性問題の、また全然ちがう切り口の集まりがあり、来てみませんかと言ってくれるのだ。それはうれしいのだけど、この手の問題に実は奥手のおっさんとしては躊躇してしまう。いい年こいてせっかくの誘いにたじろぐおっさんを、まあまあとにかく行ってみましょうよ、と導いてくれた。結局参加し、それはそれで面白かったし新たな出会いもあった。おじさん、行ってよかったよ!

そのあと、また別の団体による別の催しがあり、そこにも来ませんかー!と誘ってくれた。ぼくは日程が合わなかったのだけど、中岡くんが出ることになった。

ぼくが乗り越えるのが難しそうだとたじろいでいる「壁」に先にどんどん登って、向こう側から穴を開けて「境さーん、こっちこっち!」と手を振ってこっちへ来いといっている。そんなことを治部さんはやってくれているのだと思う。フットワーク軽やかにあちこちのコミュニティに顔を出し、出すからにはちゃんと情報収集して言うべきことを言う。その様子をぼくのようにいろんな分野の人に「こっちの穴から見えますよー!」と呼びかけているのだろう。なぜだか彼女に「おいでよー!」と呼びかけられると「えー?おれなんかが行ってもいい場所なの?」とたじろぎつつ、彼女が開けた穴に首を突っ込んでしまう。向こう側の風景が見えてしまうと、意外に居場所がありそうなので、じゃあそっち行きますわ、ということになる。そういう「強引じゃない巻き込みパワー」が彼女にはあるようだ。

治部れんげさん著の「ふたりの子育てルール」という本がある。副題は「『ありがとう』の一言から始まるいい関係」。「ふたりの」というタイトルの通り、夫婦それぞれで読めるようになっている。夫の側も「ここからならおれも読めるわ」という、いい意味でのスキがある。「このページに書いてあることは、おれもわかるぞ!」そんな入口を持っている本なのだ。

家事や育児の話になると、圧倒的に妻の言い分のほうが正しい。共働きだと余計にそうだろう。でも、まだ家庭に向き合えていない夫としては、圧倒的な正論を突きつけられるとただぐうの音も出ない。ぐうの音も出ない状況に相手を追い込むのは、理屈で勝利しても戦法として巧いやり方とは言えない。

「ふたりの子育てルール」はそこを巧妙に構成してある。夫の側にも入口を少なからず用意している。そのおかげで、夫の側にも「だよなー!」とか「これならわかるなー!」と賛同しやすい。これは、夫と妻の間に登場しがちな大きく厚い「壁」に穴をうがつことを考えて書かれているからではないか。一方的に妻の側だけで書くと、女性たちの共感は得られるかもしれないが、本来の目標である融和には至らない。「ふたりの」本にならない。

そういう計算をしてあるし、そのために彼女は穴をあける作業をちゃんとしているのだと思う。

おそらく、これまでに多様な議論を乗り越えて、それでも前へ進むのだというモチベーションが、一枚上の治部れんげを形成したのではないかな。みんなが顔を突っ込んでのぞける穴をあちこちに開けることで、彼女は少しずつ世の中を変えていっているのだと思う。そのプラグマティズムが、実はかなり大事だ。社会に異を唱えるだけではなく、その先を彼女は走っている。

ちょうどこの文章を書いている間に、治部さんからメールが来た。仙台にいて、何やら国連の会議に参加しているという。ああ、仙台でもきっと穴を開けているんだろうなあ。国連の会議なら、海外のおっさんをも、穴へ導いているのかもしれない。想像すると、なぜか楽しくなる。治部れんげとは、そういう女性だ。ジャーナリストだけど、活動家のようでもある。活動家というと政治的な感じになってしまうが、非政治的活動家。治部れんげは明日もどこかで穴を開けているに違いない。

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コピーライター/メディアコンサルタント

境 治

sakaiosamu62@gmail.com

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