2015年9月、国連サミットにおいて採択された、2030年までの世界の持続的な発展を目指す新たな開発目標(以後SDGs)。保健分野では世界保健機関(以後WHO)の、「全ての人々が基礎的な保健医療サービスを、必要な時に、負担可能な費用で享受できる状態」であるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)が目標に盛り込まれました。この目標の達成には保健システムの強化が不可欠ですが、特に途上国において、住民の生活の質に直結した良質の医薬品の提供が大きな課題となるでしょう。
保健所で健診の順番を待つ母親たち(セネガル)
「量」から「質」の向上が求められる途上国の医薬品支援
医薬品の問題は、途上国の医療現場でも意外に軽く考えられているように思います。薬を「量」の問題としか捉えておらず、「足りてさえいればそれでよい」という考え方が広くいきわたっているためです。途上国では、長年、医薬品不足や低品質な医薬品の流通による治療の遅れ、治療効果の減弱、薬剤耐性菌の発現などが公衆衛生上の脅威になっていました。今世紀に入ってからエイズ、結核、マラリア対策のための世界基金をはじめとする国際的なパートナーシップの努力で高品質、低価格なジェネリック医薬品が供給されるようになってきたこともあり、確かに「量」の問題は改善されてきたと言えるでしょう。
しかし、一方で、「医薬品の過剰調達」、「輸送の途中で抜き取られ末端の保健所に届かない」、「正しい種類の医薬品が正しい用量で患者に処方されない」、「患者が指示通りに服薬しないもしくは貧困のために売ってしまう」、などの問題が日常化しています。こうしたことから、医薬品の調達に使われた予算の70%が、患者が受益することなく失われているとの報告もあります(Management Sciences for Health, 1997)。WHOが推奨しない規格の医薬品を処方する私的医療機関(開業医や私立病院など)対策も大きな課題です。
薬を飲む乳幼児(ジンバブエ)
住民の生活の質向上に直結する医療の質
医療は住民の生活の質(Quality of Life 以後 QOL)を向上させるためのものであり、医薬品の問題は正にQOLに直結します。「量」で測定される開発目標の達成にはQOLに直結する課題への取り組みが不可欠であり、これが結果として保健システムの強化につながるでしょう。
私はかつてJICAやWHOの技術協力専門家として、カンボジア、パキスタン、ジンバブエで結核対策、母子保健対策、HIV母子感染予防対策の技術指導や保健省ガイドラインの策定に従事し、上述のような問題を目の当たりにしてきました。しかし、医薬品を取り巻く問題を包括的に分析し、改善するための技術指導ができる専門家はまだまだ少ないのが現状です。途上国の薬剤師や在庫管理担当者の能力強化を図るためにも当該分野専門家の養成が必要です。
プランが支援する診療所で医師が管理する薬棚(エチオピア)
健康と福祉の推進は国連のSDGsの目標の一つ
SDGsの目標達成を牽引するNGOの役割
プランは途上国51カ国の地域開発を支援しています。保健分野でも母子保健やHIV母子感染予防対策などに力を入れており、教育セクターとの連携による思春期保健や衛生対策の推進、HIVとともに生きる女性の生計向上支援の他、携帯電話とSMSを通じた妊婦へのメッセージ送信(健診日の連絡)などの革新的な取り組みも進められています。
現場からは医薬品を取り巻く問題に関する報告もありますが、医療サービスの質や医薬品供給管理体制を定期的に点検し、必要な提言を行うことで薬事行政を支援することも、現場の最前線にいるNGOの果たすべき重要な役割のひとつとして取り組むことが必要となるでしょう。
【ご参考】
内山 雄太(うちやま・ゆうた)途上国開発専門家(国際保健、薬剤管理)、薬剤師、国際NGOプラン・ジャパン アドボカシーオフィサー
1962年、兵庫県生まれ。製薬会社に約12年間勤務後、途上国開発にキャリアチェンジのため退職。1998年よりボストン大学公衆衛生大学院で学び、公衆衛生学修士号(Master of Public Health)取得。2000年よりJICA技術協力専門家、WHO技官としてカンボジア、パキスタン、ジンバブエなどで結核対策、母子保健対策、HIV母子感染予防対策の技術指導、薬剤管理ガイドラインの策定、途上国への抗結核薬の供給などに従事。2010年より現職。著書『Operational Guide on the Management of Anti-tuberculosis Drugs』(Ministry of Health, Pakistan)、共著『Operational Guide for National Tuberculosis Control Programmes on the Introduction and Use of Fixed-dose Combination Drugs』(WHO)、論文『An assessment survey of anti-tuberculosis drug management in Cambodia 』など。
(2015年11月30日プラン・ジャパンstaff日記「途上国の保健システム強化に向けた課題 ~医薬品を取り巻く問題に目を向けよ~」より転載)