「2020年に東京は旧市街と新市街に分裂する」 ――五輪の生むデュアルシティをハッキングせよ! 建築学者・門脇耕三インタビュー

※本記事は、宇野常寛責任編集の「PLANETS」のメルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」 からの転載です。「ほぼ日刊惑星開発委員会」では、サブカルチャー、評論からIT・ビジネスまでさまざまなジャンルの記事を平日毎日配信中です。

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「東京都は新旧文化の対立の時代へと向かう」――そう語るのは、気鋭の建築学者・門脇耕三さん。オリンピック招致委員会が作成した2020年の東京オリンピック会場構成図から浮き彫りになる、メガロポリス・東京の抱える課題と、そこから立ち上がる新たな都市像について聞きました。

【聞き手:宇野常寛/構成:PLANETS編集部】

(告知)

▼門脇耕三氏出演!

渋谷ヒカリエとPLANETSのコラボ企画「渋谷セカンドステージ」シリーズ第4弾は、10月8日(水)開催です! これからの東京と都市生活を、建築・交通・情報という「プラットフォーム」の側面から考えます。

"タクシー王子"としてテレビや雑誌に多数出演している日本交通代表取締役社長の川鍋一朗さん、元Google日本法人社長/米本社副社長で、著書『村上式シンプル英語勉強法』が20万部のベストセラーとなった村上憲郎さん、PLANETSでもおなじみ建築学者・明治大学専任講師の門脇耕三さん、本誌編集長・宇野常寛、そして司会にはニッポン放送アナウンサーの「よっぴー」こと吉田尚記さんを迎えて徹底的に語ります。

▼「プラットフォームとしての東京―― 建築・交通・情報から考える」

開催:10/8(水)19:00~21:00(予定)

会場:渋谷ヒカリエ 8F 8/01/COURT

▼出演者

川鍋一朗(日本交通代表取締役社長)

村上憲郎(村上憲郎事務所 代表、元Google日本法人社長 兼 米本社副社長)

門脇耕三(建築学者、明治大学専任講師)

宇野常寛(評論家、PLANETS編集長)

【司会】吉田尚記(ニッポン放送アナウンサー)

▼チケットのお求めはこちらから!

(プロフィール)

門脇耕三〈かどわき・こうぞう〉

1977年生。建築学者・明治大学専任講師。建築構法、建築設計、設計方法論を専門とし、公共住宅の再生プロジェクトにアドバイザー/ディレクターとして多数携わる。共編著に『シェアをデザインする』(学芸出版社)、論文に「2000年以降のスタディ、または設計における他者性の発露の行方」(10+1ウェブサイト)、作品に「目白台の住宅」(メジロスタジオと協働)など。

――2020年のオリンピックでこの東京という都市がどうなっていくのかについて、門脇さんの考えをお聞かせください。

門脇 招致委員会が出しているこの会場構成図が象徴的で、私はこれにインスパイアされたんですけど、面白いのは「ヘリテージゾーン」と「東京ベイゾーン」の2つのエリアに緩やかに分けられていることなんです。(下図参照)

▲出典:『日経アーキテクチュア』No.1008,日経BP社,2013.9

基本的に新築の建物は「東京ベイゾーン」に集中していて、「ヘリテージゾーン」は、既存の建物の改修利用が主となっています。例外的にメインスタジアムのみ「ヘリテージゾーン」に作られますが、この構図はおおまかには、2つのエリアに分断していく「東京のこれから」を象徴していると思います。

要するに、東京都積年の夢だった、湾岸地区の開発をオリンピックの力を「てこ」として行っていきたいという話です。そしてこの湾岸地区開発の狙いは、東京がグローバルシティとして競争力を持った都市へと生まれ変わるための機能を付加すること。つまり「東京ベイゾーン」を中心とする新都心を建設しようということですね。この「東京ベイゾーン」に新たな経済圏ができてくるので、結果として、東京の重心は東側に移っていくと思います。

門脇 一方、旧都心の方はどうかというと、名前の付け方に象徴されているのですが、「ヘリテージ」という言葉は「遺産」という意味で、1964年の東京オリンピックの遺産ということ。「ヘリテージゾーン」は権利関係が複雑でかつ土地もすべて建物で埋まっているので、グローバルシティに要請されるようなメガフロア系の施設をつくることができない。つまり「ヘリテージゾーン」はこれ以上の進化が見込めない。じゃあ新しい東京は湾岸につくろう、ということを東京都は考えたわけです。

これは丹下健三という昔の建築家が描いた『東京計画1960』という提案をほぼトレースしていて、それが現実の世界には「東京湾アクアライン」として登場しています。「東京湾を使って千葉と直結させて、湾岸を利用しよう」というものですね。

東京都はそういった湾岸利用を考えている一方で、西側の「ヘリテージゾーン」には、開会式と閉会式をやるメインスタジアムが作られます。その意図は、「観光客に東京の文化を感じさせたい」ということなのでしょう。今までの東京の文化というものはすべて西側から生まれてきています。2020年のオリンピック計画の絵を描いている人たちは、「文化は西側(旧都市側)、機能は湾岸」という構造を考えていると思います。

しかし、まず湾岸地域は、東京ビッグサイトや幕張メッセのような「大バコ」があり、コミックマーケットやアイドルのコンサート・握手会など様々なイベントがここで行われている。東京の新しい文化がここから生まれきているとも言えるわけですね。

まだ注目度が低いけれども、湾岸地域は新しい東京の文化集積地であると思います。ここに東京都が考えていることとのズレがあって、東京都側は「西側に文化がある」と考えているわけですが、湾岸地域にも文化があるし、むしろ最先端の文化は湾岸に集中している、ということですよね。その新文化と旧文化との対立構造を、この会場構成図はよく表わしている。東京都はこれから新旧文化の対立の時代へと向かう。これを助長させるのが、2020年の『オリンピック計画』である、というのが私の読みです。

――この計画にどう介入していきたいか、という考えはありますか?

門脇 私がひとつ面白いと思っているのは、文化が分離していくということは、東京に住んでいる人たちの人間像も分離していく、ということです。東京というと、もともと江戸から受け継がれている歴史的文化都市で、かつそこに経済発展が加わったことで「文化・経済の都市」として、ある種の統一化されたイメージができあがった。日本が近代国家をつくる際に日本のイメージを作る必要があったんですが、それがいまの我々が考える「日本」のイメージですね。

ですが、今の東京は、一つのイメージとして語るには分裂しすぎてしまっている。おそらく、「日本人」のイメージも、もはや一つのイメージだけでは描ききれないことでしょう。このように、東京都が無意識に進めてしまっている都市の分裂は、さまざまな現代社会の断面のなかに表れてくると思います。

「モダニズム」という言葉がありますが、デザインの世界では、「機能があったら、それを素直に表すように外観をつくるんだ」というのがモダニズムの思想です。だからデザインには装飾的な要素は必要なく、機能を忠実に表象せよ、ということになる。

ところがそのモダニズムが古くなりつつありますし、そもそもその根拠が曖昧で、おそらく迷信に基いていた。これは高山宏の説なのですが、都市が発展したときに「観相学」が発展したというんです。観相学というのは、人の顔を見ると性格がわかるという占いの一種です。ヨーロッパで初めて「都市」というものが出現したときに、人はすごいストレスを感じた。中身(性格)を知らない他人とすれ違うのは怖いからです。だから観相学のような「顔を見れば中身がわかる」という迷信が流行したわけです。

それが現代に至っても脈々と受け継がれていて、建築デザインの文脈でいうと――「本質としての中身(機能)があって、それに対応して外見が表象される」という捉え方に発展した。現代文化でいうと、女性誌で「性格を磨くと美人になる」という特集を組むじゃないですか。あれは絶対迷信だと思いますけど(笑)、これもルーツは一緒なんだと思います。つまりモダンな都市を構成する建物は、迷信を根拠に組み立てられていたといっても過言ではない。ところが、今度は都市のほうが高度に複雑化していくことによって、都市が本来前提としていたはずの「中身と外見が一致する」という迷信が内部から崩壊していく、ということが起きている。建築デザインでいうと新しい装飾の復活、みたいなことにきっと表れていくんだと思います。

宇野さんと『PLANETS vol.8』で話したことですが「大バコ」が新しい文化を生んでいる。その「大バコ」の中身の話をすると、大バコってコンテンツが毎日書き換わるので、その本質的な機能が何なのか、特定することができない。博覧会をやっている場合もあるし、イベントをやっているときもあるし、コンサートが行われたり、オリンピックの時にはそこが競技会場にもなったりする。つまり建物の中身には、もはや「本質」なんてものは存在しない。あるいは、都市構造でいうと、東京はその内部に「新都心」と「旧都心」という矛盾を抱え込もうとしている。もはや「建物」にも「都市」にも、あるいは「人間像」にも、本質なるものは宿らないし、そんなことを仮定すること自体が馬鹿げている。私たちが生きている社会は、そういう時代に突入しつつあるのだと思います。(了)

▼門脇耕三氏も出演するイベント「プラットフォームとしての東京―― 建築・交通・情報から考える」の詳細はこちらから

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