運動が健康に良い、ということは皆さん周知の事実かと思います。
日本人の死因の第2位である心疾患についても同様であり、国立がん研究センターの井上真奈美氏の研究においても、普段の身体活動量が多い人ほど心疾患による死亡リスクが低くなるということが示されています。
しかし、漠然と運動が良いと言っても、具体的にどのような種類の運動をどのくらいの時間行うのが良いか、という点についてはまだまだ十分な研究がなされていません。
そんな中、2015年9月に発表されたスウェーデンのカロリンスカ研究所のIffat Rahman博士らの研究チームの論文によって、心不全と運動の新たな関係性が明らかとなりました。一体どのような運動が心不全のリスクを軽減してくれるのでしょうか。Rahman博士の研究論文を参考に、皆さんの運動方法についても今一度考えてみましょう。
1日20分以上のサイクリング/ウォーキングが心不全リスクを低下させる
Rahman博士の研究は心不全や心筋梗塞を有さないスウェーデン人男性33,012人を対象とし、1998年から2012年まで追跡したものでした。対象者の参加当時の平均年齢は60歳であり、追跡期間中に3609例の心不全および419例の心不全による死亡をみとめました。
対象者は参加する1年前および30歳の頃の身体活動についての質問紙に回答しました。質問紙の内容は仕事や家事、ウォーキング/サイクリング、運動についてであり、研究チームは、そのそれぞれの回答に対応した身体活動量の強度スコアを設定しました。
これらの身体活動の強度を分析すると、1日20分以上のウォーキングもしくはサイクリングをしていることが最も心不全リスクを軽くする、という結果が得られました。毎日20分以上のウォーキングもしくはサイクリングをしている人は、そうでない人と比べて心不全を起こす可能性が21%も低下します。
さらに、心不全を起こした人だけで検討しても、1日20分以上のウォーキングもしくはサイクリングを行っていた場合には、発症時期を約8カ月も遅らせることが可能でした。
またRahman博士は27,895名の女性を対象とした同様の研究論文を昨年発表しています。この論文において、女性も同様に20分以上のウォーキング/サイクリングが心不全リスクを29%低下させるということが示されています。
ウォーキングやサイクリングは特別な道具を必要とせず身近に行える運動であり、Rahman博士の研究から、改めてその心不全に与える明確な効果と目安とする実施時間が示されることとなりました。
過度な運動が心不全リスクを高める?
さらに、2015年に発表された男性を対象とした研究論文において、Rahman博士は運動と心不全リスクの興味深い関係を指摘しています。
この研究において新たに示されたのは、日常的な運動不足はもちろん、過度な運動も心不全リスクを高めてしまうという可能性です。今回の研究対象者においては平均的な運動量と比較して、運動不足の群では心不全リスクが1.44倍に、過度な運動をしている群では1.25倍に心不全リスクが増加していました。
過度な運動、特に高強度の長距離走は心臓への負荷を高め、心筋へダメージを与えてしまうなどの理由から、心血管疾患を引き起こしてしまうことが考えられます。しかし、運動と心不全リスクの直接的な関係性は未だ明らかとなっていない部分も多いことから、Rahman博士はこの結果の解釈には留保が必要であるとしています。実際、この研究における運動量は質問紙の回答結果を基にして、研究チームが割り当てたものであり、過度な運動が本当に心不全リスクを高めるのかどうかはさらなる研究が必要であると思われます。
日本とスウェーデンの循環器系疾患による死亡率
日本総務省統計局の発表している国毎の死因別死亡率を見てみると、2010年の人口10万人当たりの循環器系の疾患による死亡率は日本が男性261.5人、女性272.1人、スウェーデンが男性365.2人、女性401.2人となっています。
日本はスウェーデンと比べて、循環器系の疾患による死亡率がやや低い傾向となっていますが、日本における心疾患死亡率は現在も上昇しています。特に慢性心不全は長寿国ならではの疾患であり、今後も平均寿命の延伸に伴い、増加していくことが予想されます。
漠然と運動するもの決して悪いことではありませんが、まずは毎日20分と目標を定めてみて運動してみてはいかがでしょうか。毎日の継続によって、心不全リスクの低い健康な生活を送りましょう。
松井拓也
(2015年10月3日「ロバスト・ヘルス」より転載)