「トランプ大統領にありがとう」 日本人として伝えたい

怒りを感じる一方、とても不思議な感覚に陥っている。

■自由なアメリカは過去のものに

トランプ大統領がシリア難民の受け入れ停止や、イスラム教7カ国の入国を禁じた。「テロリストがアメリカに入国することを防ぐ」ためだ。明らかな宗教差別で、「自由なアメリカ」はすでに過去のものになってしまった。

楽天の三木谷浩史社長は英語と日本語でTwitterに投稿し、「楽天も多くのイスラム教徒の仲間がいるけど、会社、個人として全面的にサポートする」などと訴えた。スターバックスのハワード・シュルツ最高経営責任者(CEO)が5年以内に世界各国で難民1万人を雇用する、と発表した。

私は、怒りを感じる一方、とても不思議な感覚に陥っている。

トランプ大統領は、空から降ってきたものでも、戦争や暴力によって生まれた政権でもない。

人間の手によって、正しい手続き(選挙)で生み出されたものであり、遠い島国に住む私たちは、TwitterやFacebookやネットメディアを通して、その誕生の過程をずっと見てきた。

最初はみんなが、相手にしなかった。Twitterで過激なことを言ったり、全米各地をまわって、フレンドリーに握手に応じたりしているうちに支持が広がった。

赤い野球帽に大きなカラダ。口が悪いのに、なんとなく親しみを感じさせた。自由なアメリカの理想を語るヒラリー・クリントン氏は、理屈っぽいエリートに見えてきた。

■「私たちへのウェークアップコール」

トランプ氏が大統領になり、イスラム教の国の人の入国禁止など「独裁者」のような大統領令を出し始めた。勇気を出して従わなかったサリー・イエーツ司法長官代理を罷免した。

これほどわかりやすく、短い間に、人が権力を濫用し、人の権利を奪っていく事例を、安っぽいテレビの生中継のような感覚で世界が目撃したことはかつてない。

トランプ氏が当選した直後の2016年11月、私はハフィントンポスト創業者のアリアナ・ハフィントンと話した。彼女は言った。「これは私たちへのウェイクアップコール(警告)なんだと思う。私たちは、どうして彼を招いてしまったのか」

政治体制や権力者というのは、勝手に出来るものではない。人が作り出すものだ。これは「当たり前」のようでいて、とても革命的な発想だ。私たちが古代や中世ではなく、「近代社会(現代)」を生きるゆえんだ。

■人間は自分が作り出したモノを恐れる

国のトップは神が作るものでも、世襲によって選ばれるのでもない。あくまでも民衆が選ぶ。そのように考えることによって、政治権力は決して「神聖なモノ」や「昔から、何となく自然とあるモノ」ではなくなる。

人間がつくる「人工的なモノ」になり、人間が作ったからこそ、もしイヤになったら人間が変えても良いものになる。

戦後の政治学をリードした福田歓一が「近代の政治思想」(岩波新書)でこんなことを言っている。

《しっかりと眼を開かなければ、人間は自分でつくりだしたものに圧倒されて、逆にこの自分でつくりだしたものを拝む。いわば未開人の偶像崇拝にまで戻ることによってこの不安をのがれようとするような、みじめなことになりかねません。(中略)

近代とはまさにそういう偶像崇拝をうちこわし、人間をおさえつけている事実のカラクリを見破ることによって開かれた時代でありました。》

■カラクリを知れば怖くない

私たち人間をおさえつけているカラクリ。それは政治権力や、格差を広げる今の経済の仕組み。少し話を広げると、それは職場のどうしようもない上司の古い慣習や理不尽な仕事のルール。

私たちの自由を奪っているもの。カラクリさえ知れば怖くない。壊してしまえばいい。そしてそのカラクリとはいずれも、誰かさんが「つくったもの」であるという点だ。

私たち日本人は、トランプ大統領に投票したわけではない。しかし私たちのリーダー、安倍晋三首相は当選直後、のこのことアメリカに行き、トランプ氏を「信頼できる指導者」と持ち上げた。

2月10日の首脳会談のためワシントンへ行くのを前に「就任直後から精力的に行動され、トランプ時代の幕開けを強烈に印象づけた」とまで電話でトランプ大統領に伝えた。

■止める方法

トランプ氏がイスラム教7カ国の入国を大統領令で禁止したことに対して、ニューヨークの連邦裁判所は、弁護士らの救済申し立てに応じて、執行を部分的に停止することを認めた。司法の力で、大統領の横暴を止めようとしている。

アメリカの法律事務所での勤務経験もある、弁護士の増島雅和さんはこう話す。

「アメリカの司法は、行政の権利濫用にたいして有効にその力を発揮するとおもいます。他方で、そうした司法に対する民主的な牽制もおよぶようにデザインされています。4年間でこれらの均衡がどのように作用するのか、立憲民主制が意図したように機能するのかが試されますね」。

アメリカ各地ではデモが起きている。私の友人もワシントンでのデモに参加した。

「今ってデモをすればそれを写真でSNSにあげられる。Show up(現場に行って、みんなの前に現れること)が大事。市民の動きがこれだけ可視化できる時代なのに、生かさない手はないと思って」

このリーダーを人間が「作った」ものとして、人間の力で対抗しているように感じる。

■トランプ大統領が教えてくれたこと

トランプ大統領によって、私たちは権力が暴走すること、政府が嘘をつくこと、自由主義諸国のリーダーといえども常に疑いの目でみて、時には彼らを強く批判して、私たちの手で止めないといけないことを、逆説的な意味で学んだ。

こうした考えは、なんとなく日本では「サヨクっぽく」聞こえる。反対ばかりしている変わった人の考えにみえる。

しかしながら、トランプ大統領という思わぬリーダーの登場によって、左翼も右翼も関係なく、こうした「批判的なスタンス」は、私たちが近代社会や民主主義の社会を生きる「市民」として、大前提として持っておくものだ、ということを改めて知った。

トランプさん、ありがとう、と皮肉を言っている場合ではない。

政治権力だけではない。私たちを取り巻くよく分からないルール、むかし勝手に決められた契約書、先人から、ダラダラと受け継がれた慣習。仕事のスタイル。経済成長の方法。イノベーションの手段。

重要な同盟国であるアメリカの動向は気になる。心配も募る。しかし私たちは51番目の州でもない。私たち自身が何を疑い、どのカラクリを変えるか。

トランプ氏は自身のことを、これまでのワシントンの政治家と違い、「口先ではなく、行動する大統領になる」とたびたび口にしている。私たちもactionあるのみだ。

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