音漏れの加齢臭

発言内容こそが大切なのであって、内容と関係ない喋り方の癖などどうでもいい? 私はそうは思わない。むしろ本人も気付いていない、意識していないようなちょっとした発話の仕方が、発言の「位相」を決定しているのだ。
Fabrice LEROUGE via Getty Images

昔、大平正芳という政治家は、発言の中でやたら「あーー」とか「うーー」を挟むので、あーうー宰相と呼ばれていた。あーうーを除いたらもっとイライラせずに聞けるし発言時間も短くなるのにと、みんなが思っていた。

今はあんなふうにあーうー唸りながら答弁する政治家はいなくなったが、よく聞かれるのが、こういう喋り方。

「これにつきましては、あー十分に議論を重ね、えー慎重に進めていくべきだと、おー考えております」

できれば一度声に出して言ってみてほしい。あるある、聞いたことあると思う人は多いだろう。具体的に言えば、後の文節の頭に、前の文節の最後の音の母音をちょっと伸ばしてくっつける喋り方だ。

この「あー」や「えー」や「おー」の長さは、人によって短めだったりかなり長かったりいろいろだが、私は気になる。どうかすると、話の内容より気になる。

なぜ、「これにつきましては、十分に議論を重ね、慎重に進めていくべきだと考えております」と普通に言わないのだろう。もし考え考え喋っているためにそういう音が入るのなら、全部「えー」になる方がまだマシな感じではないか。

「これにつきましては、えー十分に議論を重ね、えー慎重に進めていくべきだと、えー考えております」

「えー」は「えーと」「えーとですね」などの略だ。まず「えー」と言ってから話し始めるケースはよくある(私も講義ではそうだ)が、文節毎にしつこくそれが入る場合は、内心ちょっと発言内容に自信がなかったり、スパッと言いにくいことを言っているんだなという雰囲気が、聞いている人に伝わってくる。

空疎な言辞を必死で隠蔽しようとする焦りの「えー」、時間稼ぎの「えー」でもある一方、演説調になる時も頻繁に出る。

「これにつきましては、あー十分に議論を重ね、えー慎重に進めていくべきだと、おー考えております」

の無意味な母音の伸長にも「えー」に似たようなことは感じられる。若干の尊大さやよそよそしさも感じられる。だがそれらを通して強く前面に出てきているのは、隠しようもない加齢臭だ。

加齢臭の理由は、呼吸と発音の関係にある。

「つきましては」で一回切っているのに、次の文節の頭に、前の「は」の母音の「あ」を伸ばしてくっつけるのはなぜか。それは、「つきましては」の後一回息を吸い、息を吐き出す直前に、「十分に」の「じゅ」の形に口をすぼめていないといけないのに、それが遅れるからである。その時依然として「は」のままの口の形になっているものだから、息を吐き出すと「あー」という音がつい漏れてしまう。

「重ね」で息を吸って「ね」の形のまま、つい「えー」と漏れ、「べきだと」で吸って「と」の形のまま、つい「おー」と漏れる。本人は漏らしているつもりはないが漏れている。たぶん無意識のうちに漏れている。尿漏れみたいな音漏れである。「えー(と)」は独立した言葉だ(「えー」で切れることもある)が、こちらは言葉ではない、合いの手ですらないのだから、音漏れとでも言うしかない。

こういう喋り方をするのは私の知る限り、政治家や社長さんや校長先生などわりと社会的地位のある人だ。*1 人前に立って発言する立場でありながら、自分の発話状態に鈍感になるのは、大勢の人が黙って話を聞いてくれることに慣れてしまっているからかもしれない。テレビを見ていると、たまに評論家や論説委員のような人でもこういう発話をしている。皆ほぼ年輩の男性である。

‥‥と思っていたが間違いだった。昼前、NHKの国会中継を見ていたら、小渕優子経済産業大臣が、答弁でこれを盛んにやっていた。思わずメモってしまった。

「さまざまな、あー事例を、おー検討しているところでございます」

「現時点では何も、おー決まって、えーおりません」

「支援復帰、いー制度を含め」

「~しているわけで、えーありまして」

めちゃくちゃ漏れていた。

聞いていて、そう言えば女性の政治家でもエラくなるとこれをやっていたなと思った。土井たか子はそうだったし、今閣僚になっている女性はほとんど、答弁や会見などで音漏れ発話をしているはずだ。高市早苗なんか絶対漏れている。

今思い出したが、テレビ東京のメインキャスターだった小谷真生子もゲストなどとやりとりするとき、「~は難しいだろうと、おーいうことだったのですが」などと言っていた記憶がある。比較的早口なのに変なところで「おー」などと入るので違和感があった。

女性がその業界でエラくなるということはしばしばオヤジ化、あるいは周囲のオヤジたちに無理矢理同化した結果だったりするので、当然ながら発話の仕方も似てくるということなのだろう。

発言内容こそが大切なのであって、内容と関係ない喋り方の癖などどうでもいい? 私はそうは思わない。むしろ本人も気付いていない、意識していないようなちょっとした発話の仕方が、発言の「位相」を決定しているのだ。

*1:若い人は決してしない。するとしたら「これにつきましてはー」と語尾を伸ばす言い方。

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