角川会長に呼び出されて「マストドンを事業に活用せよ」と言われた

今回は、私がなぜ「マストドン推し」なのかについて書きたいと思っている。

ゾウは賢い動物といわれる。マストドンは、ゾウ目マムート科マムート属に属する大型の哺乳類の総称。

我々はフェイスブックとツイッターを使い続けるのか?

世界人口の4分の1がフェイスブック (Facebook) を使っている。米国や英国では、赤ちゃんや老人を含めても2人に1人が使っている。先日、BBCの名物番組 "Panorama" が『What Facebook Knows About You』(2017年5月8日)とやっていた。人間を歩くバーコードにする。同社のユーザー分析アルゴリズムは、スタッフも説明できないほど複雑になってきていると述べていた。

ツイッター (Twitter) は、MAU(月間アクティブユーザー)では、フェイスブックの5分の1ほどだが、日本は世界的に見てもツイッターの利用率が高い(アカウント数でだが4000万もある)。昨年、この『プログラミング+』というコーナーを立ち上げようとしたときに、エンジニアの方々へ技術情報の入手方法を聞いたら「ツイッター」という答えが多かった。オープンソースの開発者ブログなど、有益なソースにピンポイントで繋がるからだ。

フェイスブックやツイッターについて、どちらかといえば私もヘビーユーザーにあたる。しかし、首までフェイスブックやツイッター、あるいはインスタグラム (Instagram) に浸かっている人が多い状況というのは、これから我々をどこに連れていくのだろう?

巨大ネット企業はジャイアニズムの世界だ。ソーシャルメディアは、あまりにも大きくなり過ぎているうえに、1人の経営者が、その世界の絶対的なルールの決定権を持っていたりする。

こうしたことにどう対処すべきかのヒントが、2ヵ月ほど前に、いきなり我々の目の前に落ちてきた。ヨーロッパと日本で盛り上がっている(とくにユーザーの半分以上は日本だという)オープンソースによる分散型のソーシャルメディア『マストドン』(Mastodon) だ。今回は、私が、なぜ「マストドン推し」なのかについて書きたいと思っている。

マストドンは、自由に所有もできるけど全体は誰のものでもない

マストドンはOSほどの汎用性はないが、たしかに似ているところがある。

私が、YOMIURI ONLINEで書かせていただいた記事を読んで「マストドンって、SNSにおけるLinux(リナックス)のようなものなのか」とつぶやいてくれた人がいた。言い得て妙。要するに、フェイスブックやツイッターがWindowsやmacOSなら、コンパクトで誰でもいろんな形で発展できて、いつの間にか生活の隅々にまで広がっているリナックスはマストドンの目指すところかも知れない。

しかし、この説明ではいよいよ分かりにくい人もいるというので、企業や個人が、マストドンで何ができるのかを書き出してみたいと思う。マストドンの日々の状況については、ITmedia NEWSの『マストドンつまみ食い日記』が詳しいので、そちらを見ていただくのがよい。ここでは、私が、代表的なパターンだけ思いつくまま書かせてもらう。

現在見られるマストドン活用の代表的パターンの紹介

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ネット通販 ― ナチュラムの『ナチュドン』

アウトドア用品や釣り具のネット通販大手『ナチュラム』が、マストドンをやっている。ネット通販は、ブログと相性がよいとかつて言われた。しかし、コミュニティの運営はむずかしい。マストドンなら1日で立ち上げられ、マストドン全体からも流入しうる。写真コンテストもやっているが、オヤジくさい閉じた空間ではなく開かれた空間になる。

地域こそマストドン ―『大阪丼』『兵庫丼』『マストどす』

ソーシャルメディアは東京の情報に占領されている。ツイッターのように自在に情報が飛び交い、リアルタイム性も高い地域マストドンは、地域を活性化するエンジンになりうる。店舗の安売り情報もくれば、ほどよい距離感で東京など他地域の情報も見れるだろう。商店街のマストドンだってある。

ラジオ局 ― ニッポン放送の『TUNER』

ラジオは、ツイッターとの連動を試行錯誤してきたそうだ。しかし『マストドン会議2』で、ニッポン放送の担当者は「ハッシュタグ」だけでは、リスナーとの共有空間は作り切れないと発言をされていた。マストドンなら、ローカルタイムラインに、リスナー全員のつぶやきがリアルタイムですべて出てくる。

ネットサービス ― 我々は倉庫になっていると『friends.nico』の担当者は言った

日本におけるマストドンの一連の動きのなかで、最も早くかつ効果的に動いたのは、イラストコミュニケーションサービスの『pixiv』と、動画共有サービス『niconico』だった。『マストドン会議2』では、ドワンゴの山田将輝(まさらっき)氏が「我々は、コミュニケーションをツイッターに奪われて倉庫のような状態になっている。倉庫になるとユーザーといい関係が作れなくなる」と発言した。自社サービスのコミュニティを自身で持つのはきわめて自然なことだ。

技術情報サービス ―『Qiitadon』はコンテンツの純度を保つ解放区か?

プログラマ向け技術情報共有サービス『Qiita』がマストドンを試験運用中だ。同社は、先日、技術情報以外のポストを削除(限定共有化)して話題となった。サイトの目的からすればやむを得ない部分もあるだろう。しかし、プログラマはご飯も食べるし映画も観る生き物なのだ。『Qiitadon』では、技術に関すること以外も投稿できる。Slackがそうであるように、コードを切り取ってやりとりする場としての可能性もあると思う。

個人 ― おひとりさまインスタンスはカッコいい

『数学ガール』作者でプログラミング関連書籍の著者でもある結城浩氏、『Gene Mapper』で知られるSF作家の藤井太洋氏など、自分専用のマストドンを運営している人は少なくない。ほかのマストドンに登場するときは、自分のアカウントは常にインスタンス付きというアイデンティティを持つことになる。15万人でも1人でもいいスケーラビリティに、テクノロジーのたしなみとしての深みと楽しみがありそうだ。

防災情報 ―『unnerv.jp』は発信専門のインスタンス

ゲヒルン株式会社の代表取締役も務める石森大貴 (isidai) 氏が運営する『unnerv.jp』は、同インスタンスのアカウントに、それぞれ「緊急地震速報」「地震・津波情報」「火山関連、噴火速報、噴火警報」など特定の役割が決まっている。これはハッシュタグより使いやすそうだ。『unnerv.jp』は1つのインスタンスだが、マストドンは、分散そのものである。ツイッターのようにシステム障害が全体におよびにくいので防災向きといえる。

データ解析企業 ―『ユーザーローカル』がランキングや検索を提供

マストドンでは、ツイッターのように運営社以外は使えない通知や制限という発想はない。ルールが一夜にして変わってサービスが立ち行かなくなることもない。今後は、インスタンスごとのデータ分析も価値を持つだろう。ちょうど、グーグルアナリティクスみたいな感じだ。密度の高いコミュニティで情報が交差するマストドンの解析価値は高い。

人工知能の会社 ―『UEI』と『グルコース』がマストドンクライアント『Naumanni』を開発

マストドンオリジナルのUIに対する不満解消のほか、NSFW(職場閲覧注意)自動付与・クソリプ防止などの機能を、人工知能技術を駆使して追加していくという。個人的には、むしろ公開鍵暗号を使ったメッセージ機能が興味深い。オープンソースで集中管理しないスタイルのLINEになる可能性がある。LINEでサポート用BOTが注目されるように、マイクロブログは人工知能の活躍の場でもある。

大学 ―『慶応SFC』で使っている授業があるそうだ

これは単純にいままでツイッターを使っていたが、質問や返答を書いたりするのに、140文字より500文字のほうが実用的だからという理由だろう。しかし、500文字の威力は意外にすごい。教育やキュレーション分野での応用の可能性は高いはずだ。

コミュニティ ―趣味や特定テーマやあらゆる組織など人の集まるところで道具として便利

数的にはこれがいちばん多いし関係している人たちも楽しそうなのが、数名から1000名規模程度の特定ジャンルで人が集まっているインスタンスだ。パソ通の会議室や掲示板、メーリングリスト、フェイスブックのグループのような居心地や空気もあるが、連合インスタンスでほどよく近隣の声も聞こえ、ツイッター的な気軽さとスピード感は新しい環境なのは間違いない。

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マストドンは、誰でもサーバーを持てるという点において「ウェブサイト」や「メールサーバー」に似ている。「連合」のしくみが分かりにくいといわれるが(すいません他サイトで調べてください)、各社で持っているメールサーバーに、他社のメールが届くような感じだと思えばよい。

というより、マストドンは、個人向けならLINE、企業向けならChatterなどタイムライン型コミュニケーションの時代には、もはやメール的普遍性を持ってしかるべきものだというのが正しい理解なのだろう。

ちなみに、5月17日に開催した『マストドン会議2』で、私が、ツイッターに対するマストドンの魅力として挙げたのは、以下のようなことである。いま、これをバラして事例紹介にしてわけなのだ。

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これがマストドンのツイッターに対するアドバンテージだ!

  1. 500文字でストレスがない
  2. 1社の意向に縛られない
  3. インスタンスを選べる、全体障害で使えなくはならない
  4. 広告に使われない
  5. ネット本来の自由さで進化する
  6. 立ち上げが容易ではないソーシャルメディアを自社サービスとして活用できる

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マストドンに関する統計データを公開している "Mastodon Data" によると、マストドンは、一時期の異常といえる伸びではなくなったものの、現在もインスタンス数、ユーザー数が増え続けている。そして、注目すべきは「1人当たりのトゥート数」が直線的に伸び続けていることだ。これは、初期のツイッターでも見られた現象で、朝なら「おはようございマストドン」とか、それ自体にあまり意味の込められていないやりとりが多い。しかし、こうした時期が維持されていることが重要なのかもしれない。

本記事公開時点での「1人当たりのトゥート数」グラフ。直線的な伸びが分かりやすい。データは https://metadon.jemu.name/#toots-per-user で公開されている。

KADOKAWAのトップは「エンドウくん、マストドンは事業にも活用してよ」と言うのだった

それでは、マストドンは、ツイッターやフェイスブックに対抗するようなサービスとして世界に広がるようなものになるのか?というのが、世の中の興味だろう。マストドンは、ツイッターと似て非なる便利なツールとして、一定数のユーザーに使われる範囲のものになる可能性は十分にある。個人的には、マストドンが流行ってもツイッターの強さはそうは変わらず、共存するものだと思っている。

しかし、ネットの歴史を振り返ってみると、2000年頃のドットコムバブル後に集中化した巨大ネット企業のほうがネットらしくないのではないだろうか?

などという話をあちこちで喋っていたら、今週月曜の朝、私が所属するグループのトップ、角川歴彦会長に呼び出されて「マストドンを事業に活用せよ」という意味のことを言われた。ここまで、すべての企業はマストドンを検討すべきなどと偉そうに書いてきたが、出版社やメディア企業はどう活用するのか?という話だ。

たぶん、いきなり『KADOKAWADON』などというものを立てるという話ではない。インスタンスに関しては、たとえば「そこに棲みたい」と思わせる動機付けが必要となる。その点、いちばん強いのは1つ1つのコンテンツの魅力だろう。もしも上手に活用できれば、究極のオウンドメディアが作れるかもしれない。1冊1冊の本がすべてインスタンスになったら、アマゾンの評価より参考になるだろう。

「ネットでは発明するな」という言葉を信じている私からすると、あまりとっぴなアイデアは自分でも受け付けない。そもそも「活用せよ」ということは、そんなに肩肘に力の入った話ではないのかもしれない。とはいえ、それを実現するレベルについてさえ、マストドンには、まだ足りない部分がいろいろあると思っている。

さて、そんなことを皆で引き続き議論すべきだと思っていて、6月10日(土)に『マストドン会議3』というイベントを開催する予定だ。いまや、マストドンは、私にとって面白がって応援して微力ながら盛り上げようというテーマから、出版社としての活用を考える立場のものになったのではあるが、その実はあまり変わらないと思う。そして、地域とマッチするということで、角川アスキー総研の大阪支社が、6月12日(月)に『マストドン会議4』も開催する。さらには、6月7日(水)~9日(金)に開催されるInterop Tokyo 2017でも、マストドンに関係するセッションが連日行われることになっている。

以下、それぞれの開催情報を紹介する。いずれもいま日本でネットにかかわる人が参加して、絶対損のない内容になるはずだ。

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【マストドン関連イベント開催情報】

マストドン会議3 ― ようこそ、Mastodon への "願望" と "思想" が交わる一日へ

・日時:2017年6月10日(土)14:00~18:00(13:30受付開始、懇親会含む)

・会場:デジタルハリウッド大学大学院 駿河台キャンパス 駿河台ホール(東京都千代田区神田駿河台4-6 御茶ノ水ソラシティ アカデミア 3F)

・予定登壇者(50音順、敬称略):

オイゲン・ロッコ (Eugen Rochko) Mastodon生みの親(オンライン登壇)

清水 亮 株式会社UEI 代表取締役社長兼CEO

ぬるかる (nullkal) mstdn.jp インスタンス運用者

鷲北 賢 さくらインターネット株式会社 さくらインターネット研究所所長

ほか

・司会:遠藤 諭(角川アスキー総合研究所)

・主催:株式会社角川アスキー総合研究所

・協力:デジタルハリウッド大学

・参加費:3500円(税込)※懇親会費用を含む

・募集人数:150名

・参加登録:コチラから!(Peatixの予約ページに遷移します)

マストドン会議4 ―『地域インスタンスが、日本の経済も遊びも活性化する』関西インスタンス頂上編

・日時:2017年6月12日(月)18:30~21:30(18:00受付開始、懇親会含む)

・会場:関西大学梅田キャンパス 8Fホール(大阪府大阪市北区鶴野町1番5号)

予定登壇者(順不同、敬称略):

【大阪】大阪丼管理人 @alarky

【京都】マストどす管理人

【奈良】鹿トドン管理人

林 雅也 さくらインターネット株式会社 技術本部 UXデザイングループ

清水 亮 株式会社UEI 代表取締役社長兼CEO

・司会:遠藤 諭(角川アスキー総合研究所)

主催:株式会社角川アスキー総合研究所

共催:関西大学梅田キャンパス、大阪イノベーションハブ

参加費:3500円(税込)※懇親会費用を含む。関西大学在学生向けに割引有。

募集人数:60名

参加登録:コチラから!(Peatixの予約ページに遷移します)

「マストドン」ブリーフィング @ Interop Tokyo 2017 幕張

  • 基調講演:マストドンを作った理由
  • 日時:2017年6月7日(水)15:15~15:55
  • 登壇者(敬称略):

オイゲン・ロッコ (Eugen Rochko) Mastodon生みの親(遠隔出演)

鷲北 賢 さくらインターネット株式会社 さくらインターネット研究所所長

池澤 あやか タレント

遠藤 諭 株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員(司会進行)

・特設セミナー:ジャーナリスト座談会 ~マストドン現象と日本のネットの特殊性を考える~

・日時:2017年6月8日(木)15:05~15:45

・登壇者(敬称略、50音順):

遠藤 諭 株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員

松尾 公也 アイティメディア株式会社 ITmedia NEWSチーフキュレーター

山城 敬 株式会社インプレスR&D NextPublishing編集長

山田 剛良 株式会社 日経BP 日経テクノロジーオンライン副編集長

・特設セミナー:マストドンによる企業・組織・地域の価値拡大

・日時:2017年6月9日(金)13:15~13:55

・登壇者(敬称略、50音順):

井芹 昌信 株式会社インプレスR&D 代表取締役社長(モデレーター)

遠藤 諭 株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員

中橋 義博 ロボットスタート株式会社 代表取締役社長

※Interop Tokyo 2017イベントに関する詳細・参加登録は、公式サイト (https://www.interop.jp/2017/mastodon/) をご確認ください。

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(2017年6月1日「遠藤諭のプログラミング+日記」より転載)

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