6月1日に発売した『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である』ですが、おかげさまで2度目の重版が決まったそうです。本屋さんでも平積みで売られているようで、とてもありがたいことです(例:紀伊国屋書店梅田本店さん)。
以下の文章も、この本からの引用です。
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現在の「右クリック」の概念は、こうして生まれた
ビル・ゲイツの話が続いたので、余談になりますが、私が米マイクロソフト勤務時代にカイロからシカゴに持ち込んだというアイデアについて少しお話しします。
それまでのOSでは、あらゆる操作をキーボードでのコマンド入力(コマンドと呼ばれる文字例をキーボードから入力し、コンピューターに命令すること)で実行していました。マウスは存在していましたが、まだ今ほど便利で優れたツールではありませんでした。では、Windows95で何が起きたのでしょうか?
それはみなさんおなじみの右クリックとダブルクリック、そしてドラッグ&ドロップの現在の形への進化です。この概念を私は、ビル・ゲイツの前での公開裁判の中で披露した、ベータ版の中にすでに組み込んでいました。
みなさんご存じのとおり、 Macintoshのマウスにはボタンが1つしかありません。これは昔からそうです。一方、 Windowsにはボタンが2つあります。とはいえ当時は左ボタンを使うことがメインで、右のボタンは今ほど使うことはありませんでした。
しかしWindows95になってから、右クリックの使い勝手は飛躍的に向上しました。デスクトップ画面の何もないところで右クリックすることで、画面のプロパティやアイコンの整列などの操作をするメニューが開きます。テキストファイルの上で右クリックすると同様にメニューが開きます。
また、ドラッグ&ドロップも大きな変化の一つです。たとえば、要らない文書ファイルのアイコンをクリックしたまま「ごみ箱」のアイコンの上に持っていけば、文書ファイルを削除することができます。 Windows95はユーザーがパソコンに詳しくなくても簡単に操作できるように、グラフィカルな設計がなされたのです。今の感覚からするとずいぶん当たり前なことですが、当時としては画期的なことでした。
グラフィカルな設計といえば、ダブルクリックもそうです。文書ファイルのアイコンをダブルクリックすると自動的にワープロソフトの編集画面が立ち現われ、音楽ファイルのアイコンをダブルクリックすると自動的にプレーヤーが立ち現われて再生が始まります。
ファイルをシングルクリックした場合、その後ユーザーが選択するコマンドは「ファイルの編集」「コピー」「転送」「再生」など、様々な種類が考えられます。しかしダブルクリックは、文書ファイルなら文書ファイル、音楽ファイルなら音楽ファイルといった対象を選択したうえで、ダブルクリックという操作をするだけで、自動的に「編集する」「再生する」といったコマンドが選択されるのです。
このように、何らかの対象(オブジェクト)を先に選択したうえで動作を指定することをオブジェクト指向といいます。
オブジェクト指向のわかりやすい例として、私たちがいつも使っている日本語が挙げられます。
あなたがテーブルの上の塩を取ってほしいとき、あなたは「すみません、塩を......」まで言葉にしたところで一呼吸置くと思います。それはなぜなら、「塩」という対象を指定した時点で、あなたが相手にしてほしいことは決まり切っているからです。相手もそれをわかっているので、「塩をどうしろっていうんですか?」なんて野暮なことは聞きません。
エレベーターに乗り合わせた人に「すみません、12階を......」と言うのも同じことです。これも 12 階という対象を指定した時点で、12階のボタンを押してほしいということは決まり切っています。これはWindowsにおけるダブルクリックと非常によく似ていると思いませんか?
このようなグラフィカルでオブジェクト指向な機能を思いつくことができたのは、もしかしたら私が当時マイクロソフトで唯一の日本語話者だったからかもしれません。日本人的な会話の作法を取り入れた結果、 Windows95が世界を席巻したと考えると、感慨深く思います。
先日も、深夜に口もききたくないくらい疲れ切ってタクシーに乗ったときに、この「オブジェクト指向」言語である日本語を理解する運転手(平たく言えば普通の運転手)に助けられました。そこでは次のような会話が展開されました。
「すみません、経堂まで......」
「はい、経堂までですね。道はどうしましょう?」
「あ、環七経由で......」
「はい、環七から赤堤通りですね」
(しばらくして)
「その信号を左に......」
「はい、ここを左ですね」
「それで、そこの行き止まりの所で......」
「はい、かしこまりました」