カルシウム(Ca)は誠に多彩な生理作用を示す。生命活動を支える多様な役割が知られているが、またひとつ重要な任務を兼ねていることがわかった。マウスの筋芽細胞内の小胞体と呼ばれる細胞小器官のカルシウム濃度の低下が骨格筋の形成前に起こり、筋分化のシグナルとして働いていることを、理化学研究所(理研)の中西慶子(なかにし けいこ)協力研究員と森島信裕(もりしま のぶひろ)専任研究員らが突き止めた。筋肉を動かすのに必要なカルシウムは、筋肉を作る指令役も担っていたのだ。生理学の教科書に載るような発見といえる。2月12日付の米科学誌The FASEB Journalオンライン版に発表した。
哺乳類の骨格筋は筋繊維細胞の束で構成されている。筋繊維細胞は、数多くの筋芽細胞が融合を繰り返して1つになった多核細胞で、その融合には、遺伝子発現の変化とそれに伴うタンパク質発現の変化が必要となる。遺伝子発現の変化は筋芽細胞外からのシグナルを受け取って始まるが、研究グループは、細胞内でも小胞体からシグナルが出て筋分化を促していることを見つけていた。小胞体がシグナルを発信するのはストレス環境にある時だが、筋芽細胞内でどのような変化が起こり、小胞体ストレスが生じるかは謎だった。
研究グループは、マウス筋芽細胞から骨格筋が形成される過程で、小胞体に生じる形態的な変化を、蛍光物質で標識して観察した。マウスの培養細胞で小胞体が部分的に変形して球やリング状に見える特殊な構造が一過的に形成されることを発見した。詳しく解析したところ、袋状の小胞体内に貯蔵されているカルシウムが枯渇して形成されることがわかり、この構造をSARC体(Stress Activated Response to Calcium depletion body)と名付けた。SARC体は細胞融合が進んでもしばらくの間存在していたが、核を10個程度含む多核細胞になるころから徐々に小さくなり、やがて検出できなくなった。
小胞体内のカルシウム枯渇は小胞体ストレスの主因の1つである。また、小胞体からカルシウムを放出する出口のチャネルをふさいでカルシウム枯渇を防ぐと、SARC体はできず、小胞体ストレスが見られなくなり、筋繊維細胞の形成も起きなかった。小胞体内にカルシウムを取り込んでいる入り口のポンプを阻害すると、カルシウム濃度が徐々に低下してやがて枯渇状態になる。筋芽細胞をポンプ阻害剤で処理すると、筋分化過程で見られたSARC体に非常に似たものが形成された。SARC体はマウス胎仔の骨格筋形成過程でも観察された。電子顕微鏡で見ると、小胞体膜が多層化し、タマネギのような同心球状になっていた。
細胞内のカルシウム濃度は小胞体を除けば、細胞外より極端に低く、その差はおよそ3ケタに達して厳密に保たれており、その迅速な濃度変化が多様な生理的なシグナルに使われている。骨格筋の収縮はカルシウムが小胞体から放出されたり、再び取り込まれたりすることで起きることは既によく知られている。小胞体からのカルシウム放出は筋肉を動かしているだけではなく、実は筋肉を作るためのシグナルの役割も担っていることになる。
森島信裕研究員らは「今回見つかった現象は、小胞体内カルシウム濃度の減少がシグナル発信のきっかけになっている点が重要だ。筋芽細胞内の小胞体内カルシウム濃度を人為的にコントロールできれば、筋芽細胞の融合を促進させて筋肉作りの効率を上げることにつながる。病気や高齢化に伴う筋萎縮の予防、改善にも役立つ可能性がある」と指摘している。
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・理化学研究所 プレスリリース