BLOG
2015年10月21日 18時04分 JST | 更新 2016年10月20日 18時12分 JST

アジア太平洋地域の安全保障と日中それぞれの役割

皆さん、こんにちは。民主党、衆議院議員の前原誠司です。今回、北京大学にお招き頂き、このような発言の機会を頂いた王緝思院長、袁明副院長はじめ、関係者の皆様に心から敬意と感謝を申し上げます。また、今回は私以外に民主党の7名の議員と一緒に、中日友好協会のご招待で大連、そして北京を訪問させていただきました。この場をお借りして唐家セン会長をはじめ、中日友好協会並びにお世話になった関係諸団体の皆様に御礼を申し上げます。

私は日本の古都・京都に生まれ育ち、1982年、京都大学法学部に進学しました。在学中、高名な国際政治学者であった高坂正堯教授に師事し、国際政治学を専攻しました。当時は米ソ冷戦の末期で、アメリカの戦略防衛構想(SDI)などが脚光を浴びていましたが、特に私が関心を持って研究を行ったのは、文化大革命が終焉を迎え、1978年12月の3中全会を経て、「改革・開放」に舵を切った中国でした。

当時、まずは、シンセン、汕頭、珠海、厦門などが経済特区に指定され、外資を呼び込むことによって、「停滞」から「胎動」「活気」へと変わりつつありました。私はこのことを、「中国の現代化」と題する卒業論文にまとめました。大学卒業後、歩みを進めた松下政経塾でも、中国への関心はさらに高まり、1989年の8月から約2か月、シンセン、広州、厦門、上海、青島、北京、哈爾濱、大連の8都市を回り、約50か所の合弁企業、郷鎮企業などを視察し、中国の経済発展のダイナミズムを肌で感じる機会を得ました。

「改革・開放」路線に転じてから約37年、中国は目覚ましい経済発展を遂げました。中国にはもともと潜在力があったとは言え、政治家が適切な政策をぶれずに行えば、これだけ国家は成長するのだと、改めて政治の役割の大きさを認識させられます。2008年に胡錦濤国家主席が日本に来られた時、お会いするチャンスがありましたが、こう言われたのが印象に残っています。「改革・開放を始めてから30年が経ったが、まだダメです。改革・開放は50年続けなければならない。50年続けなければ、本物にならない」。これこそが政治家の言葉だと思いました。

「4つの現代化」を打ち上げた周恩来首相、そして「改革・開放」政策に舵を切って、強力にこれを推進してきた鄧小平さんは、私が尊敬する政治家です。残念ながら、お二人に直接お会いをする機会はありませんでしたが、22年間の国会議員生活の中で、話をして最も感銘を受けた指導者の一人が、朱鎔基首相です。朱鎔基さんとは計3回お目にかかりました。「中国の体質改善を行い、国力の増強を図らなければならない。そのためには国営企業改革が必要だ。中国をWTOに加盟させ、世界基準を中国に導入して国営企業改革を断行する。抵抗あるだろうが、承知の上だ」。嘘のない、真の改革者たる気迫を感じました。

中国では私を、対中強硬派と見る向きもあるようですが、このように中国に対する関心を長く持ち、後でお話しするように、日中の関係強化のために努力してきたとの自負もあります。今後も、両国間の問題を率直に話し合い、場合によっては粘り強く解決していく中で、両国が手を携えて、両国の関係強化にとどまらず、アジア太平洋地域の安定と繁栄のために、協力していかなければならないと考えています。

さて、今日、私がお話しするテーマは「アジア太平洋の安全保障と日中それぞれの役割」です。

第二次世界大戦が終結してから、今年で70年を迎えました。二つの大きな戦争を経験した世界は、様々な世界秩序を作り、二度と戦火を交えないための取り組みをしてきました。例えば、国際連合(UN)や国際通貨基金(IMF)、そして世界貿易機関(WTO)に引き継がれた、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)などです。つまり、世界で共通のルールを作り、それを各国が遵守することによって紛争を防止し、問題の平和的な解決を促し、共存共栄を実現していく努力が積み重ねられてきました。

しかし、私が懸念するのは、主に第2次世界大戦後、築き上げられた、このような世界の秩序を「力」によって変更しようとする試みが幾つか見られることです。オスマントルコ帝国崩壊後、サイクス・ピコ協定によって決められた国境線を否定し、新たなイスラム国家を力によって建設しようとするIS(いわゆるイスラム国)の動きや、クリミア半島を支配下に置いただけではなく、ウクライナ東部も分離・独立させて自らの影響下に置くことを模索しているロシアなどが、顕著な事例です。ロシアは日本にとって、極めて大事な隣国で、私も日本の国会における日本ロシア友好議員連盟の副会長として、日露関係の発展に尽力しています。クリミアについては歴史的な経緯もあり、心情的には理解できないことはありませんが、国際社会が理解しうる手続きが取られるべきだと考えます。

また、国家ではないテロ組織が世界中で散見され、いろんな国で破壊活動を行っています。主権国家を脅かし、また国際社会で決められた秩序を全く無視した暴力・破壊行為を繰り返していることは、看過できません。

このように、今ほど、国家間の合意の上に形成された、法の支配に基づく世界秩序の維持が、求められている時はありません。確かに、戦後築かれた秩序がうまく機能してきたかというと、そうではない面もあるのも事実です。例えば、米ソ冷戦期には様々な案件でお互いが拒否権を発動し合い、国連安全保障理事会で決議をまとめることが困難な時期もありました。今でも、難しい時はあります。しかし、二つの大きな世界規模の戦争を経て築かれた、国際社会を守り発展させるための秩序は、今でも極めて重要です。そのために、5カ国の国連安保理常任理事国の一角を占め、今や世界第2位の経済大国である中国が果たすべき役割は、極めて大きいと言わざるを得ません。

私がこれから申し上げることは、中国の皆さんには耳障りな面もあるかもしれません。しかし、強大な発展途上国から驚異の成長を成し遂げ、世界に影響力を持つ国になった中国だからこそ、期待と敬意を持って発言しているのだと、ご理解を頂きたいと思います。

中国の目覚ましい発展と共に、中国外交もこの数年、急速に変化したとの認識を持っています。ただ、多くの国が、「中国の真意」を理解できずにいるのではないでしょうか。中国の外交は何を目指しているのか。二者択一で言えば、中国は、二つの世界大戦を経て今まで築き上げてきた世界秩序の「擁護者」なのか、それとも「挑戦者」なのか。確信を持てていない状況です。

「擁護者」としては国連の安保理理事国としての取り組みなどがありますが、現在の南シナ海での行動や、約2年前に一方的に行われた東シナ海における防空識別圏(ADIZ)の設定などは、「挑戦者」とみなされても仕方ありません。アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立を、戦後秩序の重要な役割を占めてきた世界銀行やアジア開発銀行(ADB)などへの「挑戦者」と見る向きも当初ありましたが、57に上る参加国を得て、しかもADBなどと協調融資を行うことも確認されるに至り、中国主導で既存秩序を「擁護」しながら、更に地域の繁栄や安定につなげようとする動きとして、一定の評価がなされています。これらを全体として、どう理解すればいいのでしょうか。ともすれば、自国の利益最大化(『落後すれば打たれる』)が、中国外交の核心なのでしょうか。

私の好きな言葉に、旧ソ連邦最後の書記長となったゴルバチョフ氏の、「外交に敵も味方もいない。あるのは国家利益だけだ」というものがあります。どの国もが「国益」を求めて外交を行うのは、当たり前のことです。しかし、狭義の国益のみを皆が求めて争うことが無いよう、ルールを作った上で国益を求めることにしたのが、この70年の知恵でした。

中国は外交について、「国内・国際の二つの大局を念頭に置かなければならない」と主張します。このこと自体は、ゴルバチョフ氏の言を待つまでもなく、いずれの国にも当てはまることですが、中国は「国内の大局」に、より重点を置いているのではないでしょうか。中国要人はしばしば複雑な問題を、「(周りが)中国の発展を受け入れられるか否かの問題だ」と主張しますが、この発言に、中国の姿勢が表れていると、考えざるを得ません。

鄧小平氏が提唱した「韜光養晦」は、国際協調路線を歩む中国の外交姿勢として受け止められていました。他方、ここ数年は、中国の要人は「平和発展の方針」という言葉を使っています。そして、この方針を堅持する旨を述べる時は、必ずと言っていいほど同時に「主権は守り抜く」と付け加えます。「主権を守り抜く」というのは、どの主権国家としても当然のことなのに、中国は何故、ことさら強調するのでしょうか。多くの国が懸念を持っています。

私が敢えて、このようなことに言及するのは、東アジアの安定的な秩序にとって、日中の建設的関係は不可欠だからです。建設的な関係の基礎は、互いの戦略的意図について、誤解を持たないことです。だからこそ中国には、世界第2位の経済大国として、またアジア太平洋地域の安定のためのキープレーヤーとして、「周りの国が中国の発展を受け入れるべき」と主張するだけではなく、自国の利益の最大化以上の「公正・公平な外交理念」を示してもらいたいのです。それなくして、東アジアのみならず、アジア太平洋地域、いや世界の安定は実現しません。世界第二位の経済大国にふさわしい、ノブレス・オブリージュたる中国外交の姿勢を見たいのです。

中国にこのような点を求めるのであれば、日本の戦略的な意図を、しっかりと説明をしなければなりません。日本は、世界秩序の「擁護者」です。そして、日本外交が特に大切にする2つの方向性を、今から申し上げたいと思います。

日本はご承知の通り、多くの島々から構成される島国です。島国というと、何か「閉鎖的」、「閉じ籠った」印象を与えますが、私の好きな幕末の志士・坂本龍馬の言を借りると「海洋国家」、つまり自由に行き来できる海を通路として、他国と自由に交流できる国と言い換えることができます。日本を取り囲む海には、近年、メタンハイドレードや熱水鉱床の存在が確認されていますが、基本的に日本は、天然資源には、あまり恵まれていません。だからこそ、他国と自由に交流できる「自由貿易」が極めて大切だと考えます。

安全保障を語る上で、何故まず自由貿易なのかと、訝る向きもあるかもしれません。思想家のカール・マルクスは、彼の唯物史観において「下部構造が上部構造を規定する」と説きました。下部構造とは生産的諸関係、つまり経済活動ととらえることができるでしょう。私はマルクス主義者ではありませんが、経済こそが人の生活にかかわる様々な活動に影響を与えるというのは、一つの真理だと思います。我が恩師の高坂正堯先生の言葉を借りれば、「各国家は力の体系であり、利益の体系であり、価値の体系である」ということになります。軍事力やイデオロギーと合わせて、経済力が国家の繁栄において極めて重要な要素であり、その基礎となるのが「自由な貿易が担保されることだ」と確信しています。

先般、アメリカのアトランタにおいて、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)について、日本を含む12カ国が大筋合意しました。まだ開示されていない情報が多くあるので、詳細について評価をすることは差し控えますが、大枠においては合意を評価しています。そもそも、民主党政権時に初めてTPPの必要性を日本として提示し、私も外務大臣、政策調査会長、そして経済財政担当大臣として、TPP交渉入りに向けての環境整備に努力しました。

ではなぜ、自由貿易は重要なのでしょうか。自由貿易が広がると、ヒトやモノ、カネの動きがより自由になり、各国の経済活動が活発になるだけでなく、よりスムーズに相互補完関係が成り立つようになります。消費者はより安い商品を手に入れることができ、各国も産業競争力強化に力を入れるようになります。それぞれの国が努力をすれば、WINWINの環境を作ることができるのです。そして、多くの国が自由貿易による恩恵を享受し、その基盤、つまり平和で争いのない環境を守ろうとすることによって、争いが抑止される効果ももたらします。

ただ、TPPは、より大きな自由貿易圏を作るための一里塚でしかないと、私は考えます。私が当面の目標だと考えるのは、「ボゴール目標」の実現です。つまり、日本も中国もメンバーであるアジア太平洋経済協力会議(APEC)が1994年11月に定めた、「先進国エコノミーは遅くとも2010年までに、途上国エコノミーは2020年までに自由で開かれた貿易及び投資を達成する」という目標です。ボゴール目標という山を登るのに、TPPは有用なルートだと思います。

しかし、山の上り方は何通りあってもいいのです。日中韓自由貿易協定(FTA)も合意に至るべきですし、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)も大切に育てていきたいプラットフォームです。また、中国が独自に取り組みを行っている他国とのFTAの積み重ねも、大変重要です。それらの蓄積が、ボゴール目標の実現につながる。日本と中国が手を携えて、ボゴール目標が実現されることを願い、私も努力する所存です。

日本外交のもう一つの柱は、「平和外交」です。日本は、戦後作られた憲法で「戦争の放棄」を国是としました。あらゆる紛争を、平和的な手段で解決する。その決意に揺らぎはありません。

他方、万が一の自衛措置に備えて、「専守防衛」の自衛隊を保有し、抑止力の向上にも努めてきました。長らく日本の安全保障は、自衛隊による自助努力と、アメリカとの同盟関係を車の両輪として成り立ってきました。今後も、この方針は堅持されるべきだと考えます。元々、日米安保条約が結ばれるきっかけになったのは、米ソ冷戦の激化、そして、その一つの発火点としての朝鮮戦争の勃発でした。時代は大きく変わりましたが、アジア太平洋地域の安定のための公共財として、日米同盟関係はこれからも有用だと考えます。ただ、日米同盟関係の進化が何を念頭に置いたものなのかを、特に中国や近隣諸国に丁寧に説明する必要があります。

私は現在野党で、安倍政権が推し進める政策を説明する立場には、そもそもありませんが、私なりに、先の国会で議論が行われた「安全保障法制」について説明させていただきたいと思います。

今回の安全保障法制は、主に4つの分野において、自衛隊の活動を拡大させる内容となっています。

まず一つは、個別的自衛権に限定されていた自衛権を、憲法解釈を変更して一部集団的自衛権を行使できるようにすることです。

二点目。日本は直接攻撃をされていないが、日本の安全に重要な影響が及ぶ事態、現行の法律では、これを「周辺事態」と言いますが、この周辺事態に認定されているときは、現行法で自衛隊は米軍に対して後方支援を行うことができます。今回の法改正では、日本は直接攻撃をされていないが、日本の安全に重要な影響が及ぶ事態を「重要影響事態」と呼び換え、重要影響事態に認定されたときには地球全体で、米軍のみならず他国に対しても後方支援ができるようにするというものです。つまり後方支援の中身と後方支援する国が増え、地理的制約が外れました。

三点目ですが、周辺事態に認定されていない時、米軍の軍事活動に対する後方支援は、必要があればその都度、特別措置法を作って対応してきましたが、今回の法改正で多国籍軍支援が随時可能になる恒久法が作られました。

四点目ですが、国連平和維持活動(いわゆるPKO)において、今までできなかった駆けつけ警護などを出来るようにしようというもので、これに関しては、我々は基本的に賛成です。

問題なのは残りの3分野ですが、我々民主党は、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使を、全く駄目だと言ってはいません。民主党は「憲法解釈の変更によって、集団的自衛権の行使一般は認めない」との見解をまとめました。「行使一般は認めない」としていますので、認める場合もあるかもしれないとの余地を残しています。

では、政府案の何を問題と考えているか。一つは、法律そのものが憲法違反の疑いがあったということです。日本国憲法は98条で「憲法に違反する法律はすべて無効」だと定めており、必要性云々以前に、憲法違反だと指摘されない法律が提出されるべきでした。もう一点は、集団的自衛権の具体的事例とされた「ホルムズ海峡での機雷掃海」や「邦人を乗せた米艦船の護衛」という立法事実が、ほとんど想定されないものだということです。

周辺事態をわざわざ重要影響事態に変更する必要があったかも、疑問が残ります。また、米軍への協力が必要なときは、今まで通り、特別措置法で対応すれば良かったのではないかと、私は考えます。いずれにしても、今回の安全保障法制は、特定の国や地域を対象としたものではなく、万が一に備えた対応力と抑止力の向上を意図したものです。このことを他国に対して丁寧に説明し、この法整備がかえって他国との緊張を高めないようにする努力を政府・与党には求め、私たちも努力をしていきたいと思います。

最後に、これからの日中関係の進化・深化について、話をさせて頂きます。冒頭に述べたように、私は中国という国に、大変大きな興味と関心を持ってきました。その気持ちに、今も変わりはありません。2009年の政権交代の時、私は国土交通大臣兼観光担当大臣に就任しました。

とにかく、日中の交流人口を増やしたい。交流人口が増えれば、お互いの相互理解も深まり、両国の発展に資するはずだ。そう考え、まずは中国人に対する訪日ビザの緩和に取り組みました。当時、グループ旅行しか認められていなかった訪日ビザを、個人でも来て頂けるように見直したのを皮切りに、所得条件の緩和など、順次、緩和を手掛けてきました。また、それまでは北京、上海、広州の3か所でしか発行していなかった訪日ビザを、合計7か所で発行できるようにしました。さらに、日本において、銀聯カードを使っていただける場所を増やすための取り組みを、観光団体や商業施設などに精力的に働きかけ、拡大にも取り組んできました。

私の任期中には実現をしませんでしたが、2010年に国交大臣として訪中したとき、当時副首相だった李克強現首相とも会談し、日中オープンスカイ協定の早期締結の必要性について合意しました。現在、日中オープンスカイ協定は発効し、日本と中国のほぼすべての空港間を自由に行き来できるようになったことは、本当に良かったと思います。おかげ様で、毎年毎年、日本に来られる中国人の数は増え続け、多くの中国の方々に日本をより知って頂けていることに大きな喜びを感じています。これからも、相互訪問をさらに拡大し、両国の相互理解の基盤を、より強固にしていきたいと思います。

更に、これから、お互いの共通「課題」について、緊密に連携を取るということも両国関係強化のために有用だと考えます。習近平国家主席が、13億人の人口と様々な課題を抱えた中国の舵取りを担う政治家として、「2つの百年目標」を掲げ、改革を全面的に深化させる決意を示されていることに、私は注目しています。今までにも日中間で取り組まれてきた環境面での協力も、より深化させていくべきだと考えますが、私は社会の「あり方」全般について、日中間でもっと突っ込んだ話し合い、協力が出来ないかと考えています。

現在、世界経済における「中国経済の減速」が、G20などでも主要テーマとして扱われています。もちろん、リーマンショック直後にとられた政策パッケージが影響しているという面もあるでしょうが、そもそも高い成長率が永続するということはありえません。高度経済成長から安定成長に、中国経済が入りつつあるという認識も、大切だと考えます。日本も高度経済成長から安定成長への移行を経験し、産業構造の変更も強いられました。そういった経験をもとに、中国のあるべき社会構造、産業構造の変化について、日中間で話し合い、多岐にわたり協力できる分野があるのではないかと考えます。

また、中国の人口は日本の約10倍の規模ですが、人口構成でも日本と同じような傾向をたどっています。一言でいえば、少子高齢化による生産年齢人口の減少と人口減少が、日本から約15年遅れて、中国にも訪れます。日本の生産年齢人口の減少は1995年頃から、総人口の減少は2008年頃から始まりましたが、中国の生産年齢人口の減少は2012年頃から、総人口の減少は2025年頃から始まります。日本は課題先進国として、この少子高齢化の問題を、財源の裏付けを伴った医療・介護・年金といった社会保障制度の見直しで克服していかなければなりません。その経験・教訓を中国と共有し、中国の課題克服に少しでも役立てればと思います。

日本には、中国の砂漠化を防止するため、毎年訪中して植林している団体が幾つもあります。約10年前、私もある団体の副団長として、内モンゴル自治区のホルチン左翼後旗というところに行き、数日かけて植林活動を行いました。先日、その時一緒に行った仲間が再びホルチン左翼後旗を訪れたところ、我々が植林した苗木が立派に育ち、砂漠が林に変わっていたと、喜んで報告してくれました。とてもうれしく思いました。

お互い、隣国同士、引っ越しすることはできません。過去に不幸な歴史がありました。現在も、様々な課題があります。しかし、両国の共存共栄が地域の安定と繁栄につながるという大局に立ち、横たわる課題一つ一つに対応することが何よりも大切です。一緒に苗木を植えましょう。そして、荒涼とした砂漠を青々とした林に変えましょう。私も日本の国会議員として、皆さんと連携しながら両国関係発展のためにさらに努力することを誓って、結びとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

北京大学におけるスピーチ原稿より(2015.10.17)

(2015年10月19日前原誠司の「日々是好日」より転載)