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2018年06月01日 17時31分 JST | 更新 2018年06月04日 10時56分 JST

「男の育児は迷惑」発言の影で実はゾッとする2つのポイント

子育ては押し付けるものではなく、分かち合うことでその価値を何倍にも楽しめるのです。

NPO法人tadaima!
パパだって育児は楽しい。子どもだってパパと遊ぶのももちろん楽しい!

「0〜3歳の赤ちゃんに、パパとママどっちが好きかと聞けば、はっきりとした統計はありませんけど、どう考えたってママがいいに決まっているんですよ。0歳から「パパ」っていうのはちょっと変わっていると思います」と言う、萩生田氏の発言が大いに批判をされています。

萩生田氏発言:https://www.asahi.com/articles/ASL5W4F1ZL5WTNAB00D.html

こちらの発言をもとに、このような記事も出ています。

BuzzFeed:『聞け、父達の声を。「赤ちゃんはママがいい」と決まっているわけないだろ』

この記事を読むと、萩生田氏が育児を主体的にしたことがないのであろうことは充分に伝わってきます。合わせて、パパたちの「俺はやってる!」って声が色々あるんだなぁと言うことも。 この萩生田氏の発言では「父親の育児が迷惑とはなにごとだ!」と言うことで批判が盛り上がっていますが、僕がゾッとしたのはそれよりも以下の点。

①母親負担前提の制度づくりした方がいいと思ってる!?

②待機児童問題は「赤ちゃんの救済」!?

①この期に及んでまだ「母親負担前提の制度づくり」した方がいいと!?

萩生田氏の発言コメントを読んでいて、「0歳からパパってのはちょっと変わってる?ほうほう、噂に違わずこれは気持ち悪いぜ」と感慨深く思っていたのですが、その直後。 「お母さんたちに負担がいくことを前提とした社会制度で底上げをしていかないと云々」と書いてある。 っておいおい、本気でそんな前提で社会制度整えようと思っているのかい?と驚いたわけです。

母親立てすぎて、もはや無責任レベル

とかく、こうした話しになると「母親は尊い」「母親こそをいたわるべき」となりがち。特に「母親層の人気取りをしたい人」が過剰にママ信仰を打ち出し始めます。 別にママを尊いとするのがダメだと言いたいのではありません。

「赤ちゃんはママが好き」「育児はなんだかんだでママでないとできない仕事」「やっぱりママが一番だよね」などの論調や前提は「ママを敬っているように見えて、実はママに責任を押し付けているだけ」に、僕には聞こえるのです。

「世の中の人みんなが期待している子育てという仕事をしているお母さんたちを、もう少しいたわってあげる制度」を考えているうちは、どれだけお母さんをいたわろうと、育児はお母さんの手のうちだけに留まり続けるでしょう。

それはまるで、重労働を課しつつ、マッサージで癒やし、また重労働に押し込む。そんな制度を彷彿とさせます。 もしも、いかにもママを思いやっているかのように、このような制度づくりがされてしまえば益々家事育児は母親の手から離れない母親の役割になっていきそうです。

これでは、いかにも育児はただの負担労働であると宣言しているかのよう。 育児が尊く、やりがいがあり、そこに楽しみや幸せを感じる瞬間もあると認めるのなら、その喜びをこそ夫婦で共有しあうべきです。 仕事におけるやりがいや生きがいと、大変さ辛さが表裏であるように、育児だって幸せな瞬間もあるし大変な一面だってある。

子育ては押し付けるものではなく、分かち合うことでその価値を何倍にも楽しめるのです。 だからその前提の考え方を変えない限り、子育てを夫婦や社会で分かち合い、支え合う制度にはならないのだと思うのです。

②待機児童問題は「赤ちゃんの救済」ではないぞ

発言の中に「待機児童0を目指すことは待機している赤ちゃんを救済することで、たいせつなことだ」というような発言があります(意訳ですので、正確なコメントはリンクを参照ください)。 大きく勘違いをしているようですが、待機児童問題は「赤ちゃんの救済」では全然ありません。働き続けたい「親」の救済です。

度々、子どもの視点で「ママがいいに決まってる」と言ったり「子どもにとっては迷惑な話かもしれない」「子どもがお母さんと一緒にいられる環境が、これからはやっぱり必要なんじゃないか」と言われているが、自分の個人的意見をあたかも子どもの代弁者かのように言ってしまう。 解るはずもない誰かの視点で、その代弁者かのように話しをしているから、待機児童0を目指すことを「赤ちゃんの救済」と言ってしまうのかもしれません。

保育園に入れていない子どもを不幸( 救済の対象)と言いつつ、子どもは母親と一緒にいるのが何よりも幸せと言い切ってしまう。 いったい、誰のためのなんの制度をつくろうと訴えているのでしょうか。

家事や育児は未来を育むこと。

この問題発言を機に、こんなハッシュタグで育児しているパパの発信が多くなっているそうです。 #男の育児は迷惑じゃない このツイートにも「父親の育児アピールうざい」的な批判もあるようです。(何をやっても批判される世の中です^^;)

家事シェアは夫婦の関係性を良好に保つのにとても効果的だし、育児は子どもという未来そのものを育むことです。 だから、辛いってことばかりが取り上げられるのではなくて、もっと「楽しい!」「嬉しい!」って部分がいっぱいフィーチャーされるといいなと思っています。

育児楽しいぜアピール上等!美味しい料理作ってるぜアピール上等!夫自慢、妻自慢、子ども自慢上等! 大変なことがその背景にたっぷりあるなんてことは、わかる人にはわかる。だけど、その中で感じる小さな楽しさや幸せをちょっと盛って(?)投稿するパパやママが僕は大好きです。

埋もれてしまいがちな幸せを、ちゃんと広めていかないと家事や育児はただ辛いだけの労働みたいになっちゃうから。 声を上げられるのであれば、もっとパパが声をあげること。声はあげられなくても、家庭内において家事や育児の楽しさや大変さを夫婦で当たり前のように分かち合うこと。

こうした一人ひとりの小さな変化が、自分の家庭を幸せにすることはもちろん、「母親負担が前提の社会」なんてつくらせない一歩になるはず。

Posted from tadaima!.

2018年6月1日NPO法人tadaima!:「男の育児は迷惑」発言の影で実はゾッとする2つのポイント より転載・加筆