◆医師として
私は、高校3年生の時の文化祭で国境なき医師団で活躍する外科医の講演を聞き、感銘を受けて医師を志した。医師となってからは、いつか国境なき医師団で外科医として参加することを目標として、キャリアプランを立ててきた。
まずは、医師としてgeneralな面を学ぶため、臨床研修に力を入れている、沖縄県立中部病院で初期研修を行うこととした。忙しいとは噂に聞いてはいたが、今、振り返っても、私のまだまだ短い人生経験の中でも最も忙しい時期であった。
その後は、外科医としての基礎を築くために、仙台厚生病院にて外科の研修を行った。ここでは、数多くの症例を執刀する機会をいただき、内容・数を含め、同世代の外科医にはまず負けることのないだろう執刀経験を積むことができた。
外科の研修を終えた後、日本で外科医をやるうえでは必要ないと思われるが、国境なき医師団で外科医として参加するために、熊本赤十字病院にて国際医療救援部に所属し、整形外科・産婦人科・心臓血管外科での臨床経験を積んだ。
そして医師8年目となる2015年、書類選考・面接を経て、念願の国境なき医師団に外科医として登録するに至った。登録後は、すぐにMissionのオファーがあり、紛争の続くイエメンでの緊急外科支援に参加することができた。現地では、銃創や爆発により負傷した人々の手術加療に従事した。まだまだ、力量不足を痛感することもあったが、今まで準備してきたことが十分に通用するという、手応えを感じることもできた。
日本にいる間は仙台厚生病院の消化器外科にて技術・知識の研鑽を行っており、同院では私の国境なき医師団での活動に理解を示してくれている。活動参加へのオファーを受けた際には休職させていただき、今後も国境なき医師団での活動を続けていく予定である。今後の目標は、日本での医療と国境なき医師団での活動の両立である。
◆プロボクサーとして
当然、私のキャリアプランのメインは医師としてのキャリアであるが、私は医師としてではなく、もう一つの顔を持っている。それは、プロボクサーとしての顔である。
大学入学と同時に、ボクシングジムへ通い始めた。私は一度始めると、とことんやらないと気が済まないタイプである。ボクシングの練習も手を抜かず、大学4年生の時には宮城県代表として国民体育大会に出場した。プロになりたいという希望はあったが、「(手を痛めるから)外科医になるならやめておきなさい」という忠告を受け、選手としては一旦、引退した。その後もたまに運動する程度でボクシングを続けていたが、熊本に異動した際に新しく通い始めたボクシングジムで、転機が訪れた。「来月、プロテストがあるけれど受けてみないか」という誘いであった。
当時、私は32歳でプロテストを受けられる最後の歳であったが、プロテスト受験を決断、ライセンスを取得することができた。デビュー戦はKOで勝利することができ、現在の戦績は、2戦1勝(1KO)1分けである。プロで1勝すると、新人王トーナメントへの参加資格が得られる。医師として働きながらであるため、当然、学生の時のような練習はできない。歳も歳であるし、世の中には分相応というものがあることも分かっている。よって、チャンピオンを目指しているわけではない。私の目標は新人王トーナメントである。勝っても負けても、ここで引退しようと思っている。今のところは、2016年の新人王トーナメントにエントリーできればと思っている。
◆登山
医師の仕事は人の命に関わるため、何か特別なものと考えている人が多いように感じることがある。当然、人の命に関わる仕事であるため責任は重大であるが、数ある仕事のうちの1つに過ぎないというのが私の考えだ。医師の中にはその人の人生すべてを医療活動に捧げている人が存在することも知っているし、そういった医師は尊敬に値する。しかし、私は違って、仕事は仕事で、遊ぶときは遊び、人生を楽しむことを心掛けている。
私の趣味は登山である。もともとは旅行好きなだけであったが、ふと旅行先を選ぶ際にKilimanjaro登山を選んだ。Kilimanjaroは素人が登れる、最も高い山と言われている。標高は5,895mあるが、ほぼ赤道直下に位置するため、登山道に雪はない。いざ登ってみると、意外とすんなり登れてしまった。
Kilimanjaroはアフリカ大陸最高峰の山である。ここで、“7大陸最高峰”という言葉に興味を持ってしまった。更なる高みを目指すためには雪山を登る技術が必要であり、厳冬期を含め、地道に日本100名山を登りつつ練習した(100名山は46山終了)。これまでに、7大陸最高峰ではKilimanjaroを含め、ヨーロッパ大陸最高峰Elbrus(5,642m)、南極大陸最高峰Vinson Massif(4,892m)、南米大陸最高峰Aconcagua(6,962m)の4つの登頂を終了させた。当然、目標は7大陸最高峰制覇である。
私の勤める仙台厚生病院では、「選択と集中」の運営方針の下、医師でも一般市民並の健康でゆとりのある生活を、ということをモットーにしている。所属する消化器外科ではチーム医療を実践し、チーム全体で全患者を把握し、問題にも全医師が目を向け解決に努めている。このおかげで、on-offのしっかりした診療スタイルが確立でき、1社会人としての趣味の充実にも貢献しているのである。この先は色々と障害が多いが、いつか7大陸最高峰制覇にチャレンジしてみたいものである。馬鹿げているようにも思われるかもしれないが、こういったことは本気でやろうと思わなければ決して実現できないものだ。
(2015年8月13日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)