日本の国連加盟60周年記念シリーズ「国連を自分事に」 (6)

日本で法律の教育を受けた人は世界で大きく貢献することができると私は信じていますので、日本の法律家に是非ICCに来てもらいたいです。

オランダのハーグにある国際刑事裁判所(International Criminal Court/ICC)は、国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪(集団殺害犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪)を犯した個人を、国際法に基づいて訴追・処罰するための歴史上初の常設 の国際刑事裁判機関です。

国際社会が協力してこうした犯罪の不処罰を許さないことで、犯罪の発生を防止し、国際の平和と安全の維持に貢献します。1998年に採択されたローマ規程によって設立され、2002年から活動を開始しました。

ICCは国連から独立した組織ではありますが、人道に対する罪を訴追する常設の国際裁判所を設立する考えは、1948年のジェノサイド条約の採択との関連で早くから国連の場で審議されました。また、国連の安全保障理事会はICCで訴訟手続きを開始することができ、ICCが管轄権を持たないような事態についてもICCに付託することができます。

日本は2007年にICCに加入し、トップの財政支援国としてICCの活動を支えてきました。それと同時に、人の面でも、アジア出身の女性としては初めてICC裁判官となった外交官出身の齋賀富美子さん(2007-2009)に続き、同じく外交官出身の尾﨑久仁子さん(任期2010-2018)が裁判官として法の支配の推進に貢献しています。

さらに尾﨑判事は2015年からICCの次長として裁判所のマネージメントを担っています。なんと現在のICCでは所長、2人の次長、そして検察官も4人全員が女性です。一時帰国中の尾﨑次長から貴重なお話をうかがいました。(聞き手: 国連広報センター 根本かおる所長)

2010年、ICC裁判官就任にあたって宣誓する尾﨑久仁子さん(ICC提供)尾﨑 久仁子 (おざき くにこ)

【1979年外務省入省,外務省条約局,国際連合日本政府代表部,法務省刑事局などで勤務したのち,法務省入国管理局難民認定室長,外務省人権人道課長,東北大学大学院法学研究科教授などを歴任。2006年国際連合薬物犯罪事務所(UNODC)条約局長,2010年国際刑事裁判所(ICC)判事に就任。2015年からICC次長。】

根本:日本はICCを積極的に支援していますが、日本では一般的にはあまり知られていない存在かもしれませんね。そもそもどんな経緯から生まれた裁判所ですか?

尾﨑:戦争犯罪や人道に対する罪を処罰することが基本的人権の維持につながるという発想は古くからあり、本来それは各国がやるべきことと考えられていましたが、旧ユーゴスラビア紛争やルワンダの虐殺をきっかけに、国連安全保障理事会が旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所とルワンダ国際刑事裁判所を設置しました。

これを契機にもっと普遍的なものを作らないといけないという世界的な動きの中で生まれたのがICCです。国連総会がそのお膳立てをしてローマ規程を交渉し、その採択の結果生まれました。

1998年ローマでの国際刑事裁判所の設立に関する国連全権外交使節会議(通称ローマ会議・ICC提供)

ICCは、各国の国内刑事司法制度を補完するものであって、関係国に被疑者の捜査・訴追を真に行う能力や意思がない場合等にのみ、ICCの管轄権が認められるという「補完性の原則」のもと、活動しています。

根本:活動を開始したのが2002年ですから、まだ若い組織ですね。

尾﨑:設立準備段階から働いている職員でさえ、よもや設立されるとは思っていなかったんですよ。まさかの合意、まさかの設立でした。10数年前は誰も実現できるとは思っていなかった、国際的に処罰を課す、不処罰の文化をなくすという理念がここ5,6年でようやく確立され、ICCの組織・活動も定着してきたと思います。

様々な判例が蓄積され、国際裁判所としての実体が出来上がってきました。ただ、簡単に入れるところはすでに加盟して、このところ加盟国の増加が鈍っていますね。加盟国は124カ国で(2016年7月28日現在)、ヨーロッパ、アフリカ、ラテンアメリカに加盟国が集中しています。アジア、アラブ諸国の多くがまだ加盟していませんね。アメリカ、中国、ロシアは入っていません。

2016年4月、オランダ国王出席のもと、ICC本庁舎の開所式が行われた(ICC提供)

根本:ICCの次長になられて1年あまりになりますが、ICC次長というのはどんな役割を担うのでしょうか?

尾﨑:ICCには18人の裁判官がいます。その中から所長と2人の次長が選ばれるのですが、3人とも裁判官としての職務は引き続き行います。所長は対外的にICCを代表する仕事が増えますが、次長は所長とともに裁判所内部のアドミニストレーションについて最終決定を行うことが主たる役割となっています。アドミニストレーションは裁判が円滑、効率的、効果的に行われることの礎になっているという面からも重要です。

2015年4月、ICC次長として、パレスチナのICC加入を歓迎する尾﨑久仁子さん(ICC提供)

根本:ICCの所長、2人の次長、そして検察官という幹部4人全員が女性ですね。

尾﨑:検察局のトップが女性だということは大きいですね。検察官自身も、女性に対する暴力のケースを積極的に捜査しています。

国連安全保障理事会で発言するベンソーダICC検察官(ICC 提供)

裁判官の仕事の中で女性だから男性だからという違いは感じられませんが、裁判所長会議に参加する3人は外部に発信していくという役割を持ちますので、その上で女性だということは大きな意味がありますね。

根本:ICCに付託される事案の多くが紛争下の女性に対する暴力に関するものですね。

尾﨑:レイプ被害は戦争のあり方が変わっていないことの現われだと思います。女性へのレイプが普通のことと思われていた時代が長かった。いかに「女性が一種の財産として扱われる」ことから脱却するのか。そのためには、一つには犯人への処罰、そして時間はかかりますが教育ですね。一朝一夕にはいきません。

少しずつではありますが、脱却できている国は増えてきていますし、女性への暴力に対する問題意識は確実に世界的に広がりつつあります。諦めることが一番よくないと思います。高齢者、子ども、女性に対する虐待もすべて同根でしょう。問題意識を広げ、実態が見えるようにし、教育し、処罰する。これを粘り強く行う、ということですね。

正義のための国際デー(7月17日)で、SNS啓発キャンペーンを展開(ICC提供)

根本:特に印象に残っている案件や瞬間として、どんなものがありますか?

尾﨑:今まで携わってきた案件は中央アフリカ、ケニア、コンゴ民主共和国などです。一つ一つに固有のむずかしさがありますし,手続きも長期に及ぶんですね。やはり実際に被害に遭われた方が証人として法廷に参加してくださるということには胸を打たれます。

英語もしゃべれず、およそ外国人を見たこともないような田舎から、裁判のためにオランダのハーグまで出てきてくださるわけですね。もちろん裁判所の心理専門家などがサポートしますが、「正義がほしい」と辛い気持ちを克服して証言してくださることに、とても励まされます。

インタビュー中の尾﨑さん ©UNIC Tokyo

根本:ICCにとって、日本は一番の分担金拠出国ですね(2016年の分担率:16.5%)。ICC内部からご覧になって、日本の役割はどのように尾﨑さんの目に映りますか?

尾﨑:日本がそこまで大きな役割を担っているということは、内部からはあまり感じられないかもしれません。というのも、やはり日本人の人的存在感が小さいんですね。ようやく書記局に一人、日本人が幹部のポストで入りましたが、最もコアな裁判部には日本人は一人もいません。

日弁連とも話し合いをしていますが、日本の法律家で国際機関を目指している人がそもそも少ないんですね。日本で法律の教育を受けた人は世界で大きく貢献することができると私は信じていますので、日本の法律家に是非ICCに来てもらいたいです。

根本:日本の法律家はどういう面で大きく貢献することができるのでしょうか?

尾﨑:日本は様々な法体系を受け入れてきた国なので、ハイブリッドな法律体系に柔軟だと思います。また、日本では法律を学ぶときに比較法の観点を取り入れるので、他の国の法学教育と格段な違いがあります。日本人の法律家はICCで貢献できると思います。

日本側から見ればプレゼンスを高めることができますし、ICC側から見ても、日本の法律家に備わっている資質を求めています。さらに、私の経験値から言えることですが、日本人は粘り強く、あきらめずに最後までやり通す。責任感が強く、やるべきことはきちんとやる。そして、日本人がいると、チームがしまります!

根本:尾﨑さんは外交官出身ですが、ICCの前は、ウィーンのUNODC(国連麻薬犯罪組織)の条約局長も務めていらっしゃいますね。以前から国際機関に関心があったのですか?

尾﨑:国際機関に入りたいからUNODCに行ったのではなくて、刑事司法関連の国際法に関心があったので手を挙げて、行ったんです。

根本:外交官と国際機関とで、働く醍醐味にはどんな違いがありますか?

尾﨑:外交官は日本の国益を一番に考えて行動します。共通利益を目指すときも、何が日本の利益かが基準ですね。それに対して、国際機関では国際社会の共通利益についてまず考えます。

一国の国益を考えるよりも難しいですが、それがかえっておもしろい部分でもありますよ。あと実感するのは、国民性とは別に、職業に特有の特性というものがあって、どこの国出身であっても法律家は法律家。これが共有の基盤となっています。

所長の根本かおる(左)と尾﨑さん ©UNIC Tokyo

根本:最後に、国際機関に関心のある若い世代へのメッセージをお願いします。

尾﨑:国際機関で働きたいという学生は大勢いますが、国際機関はたくさんある道の一つに過ぎません。単に国連に入りたいという気持ちだけではなく、自分のやりたいことをきちんと考えて、その選択肢の中に国連を入れる、というアプローチであるべきだと思いますね。

日本でも以前と比べれば仕事の流動性が生まれているので、国際機関ありきではなく、何に貢献したいのか、ということを見つめて、しっかりとした思いを持っている人にICCの存在をアピールしていきたいです。

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