今回のトランプ一族ご一行の訪日は、読者諸兄にとって、いろいろな意味で考えさせられる出来事であったのではないだろうか。今回の東アジア訪問最後の東アジアサミットへの参加をドタキャン(会議の開始が二時間遅れたのが理由らしいが)して帰国するという話題を作るあたりはさすがトランプ氏である。
まずは、政府が主催した海外の女性指導者らを東京に招いて女性政策を議論するシンポジウム「国際女性会議WAW!」への出席のために、父親の訪日と時を合わせたご息女のイヴァンカ氏の先行来日である。
女性活用のカギとして、有名女性を持ち上げて、票田としての女性有権者の関心を買おうという安倍首相お気に入りの常套手段であるが、一国の総理大臣が、大統領補佐官とはいえ(国を事実上代表する内閣総理大臣に比べれば一介の大統領補佐官でしかない)、大統領の娘をあそこまで歓待し、おもねり、それも、お土産付き[1]で持ち上げるであろうか。官房長官は、日本のほこる「オモテナシ」とでもいうのであろうか。実際、トランプ氏の娘でなければこうはしなかったであろう。イヴァンカ氏とは父親のようにゴルフができなかったからであろうが、夜の「星のや東京ダイニング」(星野グループというのも意味深であるが)での会食というオマケもついていた。まさに、ここまでやるかである。イギリス、フランス、ドイツの首脳がここまでやるとは到底考えられないのではないか。
利権分配と並んで、イメージ操作は政治家自身の存在意義ではあるが、女性活用を唄う暇があるのであれば、世界経済フォーラム(WEF)が今月2日に発表した世界各国の男女平等の度合いを示す2017年版「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は調査対象144カ国のうち、114位と前年より3つ順位を落とし、過去最低となった(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO2298593001112017CR8000/)ことや、英国エコノミスト誌が2013年から3月8日の国際女性デーに毎年発表している「ガラスの天井(glass-ceiling:働く女性にとってキャリア形成の妨げになる見えない壁)」ランキングで、日本は、2016年版で下から3番目(27位日本、28位トルコ、 29位韓国)の位置づけだったのが(http://kurashigoto.me/articles/kIjGK)、最新版の2017年版では、トルコに抜かれ、順位をさらに一つ下げ、28位となり仲良く29位の関係が良好とは言えない韓国と最下位争いをしている(http://kurashigoto.me/articles/sj6Ps)ことを真剣に受けとめるべきである。安倍首相は、「女性活躍」とは言うが、それは掛け声だけでまったく実績が上がっていない、いや悪化している事実をどうにかした方が良い、いやすべきである。ランキングを上げるために何をしなければいけないかは、優秀な官僚君たちは良く知っているはずである。わかっていて、できないのであれば、世界にむけて女性活躍を吹聴するのは恥の上塗りである。
つぎに本丸のトランプ氏である。トランプ氏は、羽田空港ではなく、米軍の横田基地に大統領専用機エアフォース・ワンでやってきた。オバマ前大統領、クリントン元大統領は、訪日は表敬の意味があるので、日本の空の表玄関である羽田空港にやってきている。トランプ氏は、なぜ羽田空港ではなく、横田基地なのか。北朝鮮絡みの警備を理由に挙げる記事もあったが、そうであれば、そもそもトランプ氏は、いくら核ミサイルの発射ボタンを携えて来ているとはいえ、北朝鮮の9000発と言われるロケット砲の射程距離内にある韓国のソウルに行くべきではないし、天候で行き損ねたヘリコプターでのDMZ(非武装地帯)訪問も計画しなかったであろう[2]。
今回のトランプ氏の訪日スケジュールを見てみると、初日の午前に横田基地へ到着後、埼玉県川越市内にあるゴルフ場(霞ケ関カンツリー倶楽部[3])に直行し、その後に東京都内へ移動することになっていた。埼玉でのゴルフを念頭に置くと、陸路での移動は時間を要し、セキュリティ面でも問題があることから専用ヘリを利用することになった模様である。しかし、そのヘリコプターについても、本当かどうか定かではないが、「安全上の問題から搭乗は30分まで」という制約があるとされ、それゆえに、今回の日本訪問では羽田空港ではなく、埼玉のゴルフ場に近い場所にある横田基地が日本への到着地として選ばれたようである。事実、ヘリコプターで横田基地からゴルフ場までは約10分、ゴルフ場から米国大使館近くの米軍専用ヘリポートまでが約20分と、制限内の所要時間で移動できる計算である(https://response.jp/article/2017/11/06/302126.html)。まさに、ゴルフ優先の訪日スケジュールである。
ここで読者諸兄に考えてほしい。横田基地も六本木の米軍専用ヘリポートも、日米地位協定(正式名は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」)はあるが事実上の治外法権地域である。表玄関である羽田空港ではなく、裏口ともいえる治外法権の米軍基地にアメリカ大統領が直接来るということは、日本という国家の観点からみれば、日本という国家に対する敬意(respect)は、まったくないと言えよう。普通に考えるに、主権国家としての日本の威信は大きく傷つけられたと言えよう。
その一方で、次の記事にあるように、中国に対しては、イヴァンカ氏の娘を登場させ、「8日に中国を訪問したトランプ米大統領は北京の故宮で習近平国家主席に、孫娘のアラベラちゃん(6)が中国語の曲を歌うなどした動画をタブレット端末で披露した。」というある意味で中国に敬意(敵意はないという風に解釈することもできるが)を示す対応をしている。日本と中国を比べても、国際政治の分野において、その力の差は歴然なのでいたしかたないが、日本に対する裏庭的対応とは大きな違いである。
トランプ氏にとっては、日本の国家主権に対する敬意よりも、ゴルフが優先なのである。そのゴルフの為に、マリーン・ワンと呼ばれる大統領専用大型ヘリを、わざわざ米国から大型輸送機で横田基地に搬入している。アメリカ国民の税金を使ってご苦労なことである。いや、ゴルフ好きのトランプ氏であるので、名門霞ケ関カンツリー倶楽部でのゴルフが今回の訪日の第一目的であってもおかしくはないかもしれない。まあ、おそらく日本を属国(昔から、51番目の州と言う人もいるが)と考え、日本という国への敬意などないであろう皇帝気分のトランプ氏の面目躍如ともいえるのではあるが。
安倍首相は、今回のゴルフ会談を祖父の故岸信介元総理大臣によるアイゼンハワー元大統領のエピソード(「大統領になると嫌なやつともテーブルを囲まねばならないが、ゴルフは好きなやつとしかできない」)を引き合いに、「二度のゴルフはよほど好きな人としかできない」とトランプ氏との蜜月にご満悦であるが、まさか、トランプ氏のみならず、この二者の関係が対等であると思っている読者はおるまい。先進国の首脳で、トランプ氏を積極的に評価しているのは、安倍首相以外にはまずおるまい。アメリカとは特別な関係にあるイギリスのメイ首相ですら怪しいものである。であるとするならば、自尊心の強いトランプ氏としては、すり寄る、知的レベルの近いゴルフ好きの安倍首相と一緒にいるのは楽しいのであろう。トランプ氏にとっての安倍首相との関係は飼い主とペットの関係であろうか。馬鹿と言われている飼い主が従順であほと思われるペット(トランペット号)をかわいがるのは当然であろう。それをペットが勘違いをするという構図であろうか。
今回の安倍氏の一連の行為で不思議に思うことがある。安倍氏は、自他ともに認める保守本流の右派伝統主義者(選択的夫婦別姓すらも認めない)で、強烈な国家(国体)主義者である。国体の為には、退位のご意向の強かった今上陛下のご意志をもないがしろにする発言をした生粋の国体主義者である。その安倍氏が、ここまで、積極的に日本はアメリカの属国であるがごとく振る舞い、トランプ氏一家にへつらい、トランプ氏の日本と言う国家の威信を傷つける行為を率先して容認することが理解できない。安倍氏の言う、世界に冠たるすごい独立国「美しい国、日本」はどこにいったのであろうか。国際社会で話題に上らなくなり、沈みゆく国、日本であるが故に、なおのこと「美しい国」である日本の国家としての威信が重要であるはずであり、国体主義者でばりばりの右派保守主義者で、ナショナリズムを煽る安倍首相が、トランプ親子におもねり、世界に日本がアメリカの属国であることを示すという国家の威信に傷をつけて平気でいられるのが理解できない。安倍氏は、日本を公式訪問するアメリカ大統領をボスと思いゴルフ場で出迎えることを意に介さない、それでいて国を代表する内閣総理大臣であるので、実は、総理大臣という地位に興味があるだけで、真正の国体主義者でも愛国主義者でもない、実は単なる権力好きの一政治家であると言うことであろうか。
安倍氏が、自分が言い出した教育無償化や待機児童対策の2兆円規模の政策パッケージの財源として、経済界に3000億円程度の拠出を求めたことは、戦前の(東條内閣時代の)大政翼賛会をほうふつとさせる。まさに、経済活動のグローバル化を無視した暗黙の国家統制であり、「一億総活躍」という「総力戦」を掲げる安倍氏が対外的な評価に興味のない、国内だけを向いた国家社会主義者の長(おさ)の気分にあると言えなくはないかもしれない。
日本と言う国家の威信を捨てた、今回のトランプ氏との過度な蜜月演出は、実は、外交関係でギクシャクする韓国に対して大きく効いたのではないであろうか。何事も日本と同じか先でないと気の済まない韓国であるので、娘も来ない、トランプ氏の滞在スケジュールも一日短いということに劣勢を感じざるを得なかったはずである。それに加えて、この蜜月演出には、晩さん会で奇策を講じはしたが、敗北感を強く感じたであろう。しかし、その代償として、世界の冷笑をかったもの事実ではないだろうか。今後、G7は、G6+1でよいとの冗談もわからなくはない。
しかし、筆者がもっと驚くのは、国民も今回の件を一向に気にしていないようであることである。国家主義者ではない筆者でも感じるのであるから、普通の国民であれば国家の威信を傷つけられた(失礼である)と怒る気がするのであるが、一向にそのような話は聞かない。
今回のトランプ氏のアジア諸国訪問に対する日本のメディアの報道を見るに、イヴァンカ氏のファッション、シンポジウムに参加した女性の賛美のインタビュー、ゴルフ、トランプ氏と安倍氏の距離の近さ、トランプ氏親子と安倍首相の会食のメニュー、トランプ氏の孫の中国語の歌と、夫人のチャイナドレスの話題(独島エビもあったが)に終始しており、政治とは関係なく、いかにアメリカ大統領のトランプ氏(家族を絡めて)と「親密であるか」のみが重要な論点で、そうであれば「すべて良し」と言うフレーミング(枠組み)であった。これをマスコミの意図か官邸の指示かは置くとして、日本国民もこぞって、「トランプ氏と仲が良ければ国威などどうでもよい」ということなのであろうか。
それとも、日本の人々にとって、国家の威信を語る政治などは、もはや、重要ではないのかもしれない。かつてのように社会関係を政治関係が覆いつくしコントロールする時代であれば、政治への反対の意思表示は、退出であるオプトアウトであるが、社会関係と政治関係が対応せず、情報の占有権を失った政治の力が急速に落ちる中では、国民にとっての政治は、意味のある時に参加するオプトインになっているのかもしれない。確かに、財政規律を著しく欠いて、シルバー民主主義蟻地獄に陥り、アクセルとブレーキを一緒に踏む政策を繰り返し、前進しない自動運転国家日本(いま、突如、両院の国会議員の全員がいなくなったらどうなるであろうか。霞が関が残れば、おそらく総選挙をして新たな国会議員が選ばれ、総理大臣を指名して、何もなかったように国家は運営されるのではないか)であるので、よほど政治家に何か大きな変化を期待するか危機感がなければ、国民は政治にオプトインしないのかもしれない。一向に回復しない投票率の低さは、これを表してはいないだろうか。
考えるに、東京オリンピックの宣伝とはいえ、総理大臣がブラジルまでいって、世界に誇るマリオのコスチュームを着る国家である。想像してほしい。トランプ氏、メルケル首相、マクロン大統領が同じことをやるであろうか。トランプ氏であれば、ミッキーであろうが(ディズニーが嫌がるであろうが)、実際はせいぜい、支持者の受けを狙ったベースボールキャップ止まりである。キャラクターはありえないと思う。それを考えると、日本には、総理大臣の権威や威信などそもそもあるまい。権威がないということは、エリートもエスタブリッシュメントもおらず、皆が同じレベルという意味であり、それはそれで日本国民にとってはよい社会であるのかもしれないが。
今回のトランプ氏の東アジア諸国訪問の示したものは、日本とアメリカの主従関係の明示化と再確認・強化、そして、より大きなメッセージは、今後の国際政治のステージは、アメリカと中国のジョイント・ヘゲモニーの模索に舵を切ったということと日本の出る幕はないというであろう。
[1] 安倍氏が、イベントの席上で表明した5千万ドル(約57億円)の寄付の話であるが、イヴァンカ氏の財団ではなく、イヴァンカ氏が設立に関わった、女性起業家を支援する世界銀行内に設置されている「女性起業家資金イニシアティブ」(We-Fi)基金への拠出であり寄付ではない。途上国の女性起業家や女性が運営する中小企業を支援するのが目的である。ここに日本政府が拠出するという話は、外務省から今年7月のサミットで公表されている。 世界銀行は、プレスリリースで「本ファシリティの構想に貢献し、女性の起業という課題を強く支持してきたイヴァンカ・トランプ米国大統領補佐官は、本ファシリティの運営管理または資金調達には関与しない」とのべており、イヴァンカ氏が基金の立ち上げに携わったことは事実だが、それは個人的なものではなく、イヴァンカ氏は管理や資金調達にも関わっていない。この意味で、マスコミが言っているようにイヴァンカ氏個人の財団への寄付ではなく、すでに決定された政府の既定路線である。しかし、イヴァンカ氏への強い歓待というメッセージでの文脈でこの金額の拠出を安倍氏が利用したのは事実であろう。
[2] ソウルを訪問し、DMZ訪問も計画していたということは、最高指導者である金正恩氏が動かないという確信があったのかもしれない。事実、北朝鮮ウォッチャーの予測では、しばらく沈黙を保ってきた金氏が今回のトランプ氏のアジア訪問、特に日本と韓国訪問に合わせて、ミサイル発射などの威嚇にでると言われていたが、それとは裏腹に、毎度おなじみの朝鮮国営放送はがなり立てているが、金氏は沈黙を保っている。やはり、中国の本気の制裁と恫喝は、そうとうに効いているのであろうか。
[3] 2020年東京五輪のゴルフ会場となっている霞ヶ関カンツリー倶楽部は、女性が正会員になれない(家族会員、週日会員などは可)という規則があることで、IOCからクレームがつきゴルフ会場になれない可能性が浮上したため、今年の3月20日に臨時理事会で、女性が正会員になれないというこの規則を見直し、女性への門戸開放へ細則を改定することを決定したといういわくつきのゴルフ場である。