異端的論考24:風雲急を告げるトランプ劇場 ~ 夏休みを夏休みとしないエンターテイナー大統領 後編

次回のトランプ劇場の演目は…。
Michael B. Thomas via Getty Images

前編中編で見てきたように、トランプ氏は、ある意味で、実直に自分に投票してくれた支持層に向かって、実効性は問わず、彼らに受け容れられる(直截的な経済的メリットが期待できる)公約を行い、彼らに支持されるであろう(心理的満足感を与える)言動を繰り返しているわけである。これには、Alternative fact(代替的真実)という新語(ケリーアン・コンウェイ大統領顧問がメディアで最初に使い、それ以後、政権擁護のために多用される)を使い、事実を歪曲する詭弁を弄することも含まれる。これまでは、ほとんどの公約が実現しない中でも、このやり方で、トランプ大統領支持者の支持熱は冷めなかった。

しかし、多くのトランプ支持者が、理念ではなく、「アメリカ第一(America First)」というメッセージがもたらす直截的な利益を念頭にトランプ氏に投票したであろう今回の選挙であるので、ここまで、公約の実行が進まず、直截的な利益が空手形に終わるとなると、今後もトランプ氏を支持した3つのグループの間で、これまでの「トランプ大統領の政策が実現しないほど、自分たち(支持層)は虐げられていることを確信し、逆にトランプ大統領支持が強化される構図」がいつまで機能するかは大いに危ぶまれるところであった。

これを現実にしかねないのが、今回のシャーロッツビルでの事件とそれに絡んだバノン主席戦略官・上級顧問の政権離脱である。メディアは概ね解任と言うが、解任か辞任かの判断は、なかなか難しい。事件発生後の数日の間に、トランプ大統領の発言が二転三転し、結果、喧嘩両成敗的発言で、事件に対する白人至上主義者容認を否定しなかった最初の発言にもどった背景には明らかにバノン氏の影響があろう。しかし、この容認発言が、トランプ大統領が想定する以上の批判を巻き起こすこととなった。ここで、多様性を排除する白人至上主義を問題視する理念の問題に世論が向かうことになる。

まずは、マコーリフ州知事が、事件直後に会見を行い「今日シャーロッツビルに入ってきた白人至上主義者やナチスに伝えたい。我々のメッセージは単純で簡単だ。『帰れ』。この偉大な州はお前たちを歓迎しない。恥を知れ。お前たちは愛国者のふりをするが、お前たちは愛国者とは程遠い」」(http://www.bbc.com/japanese/40914856)と非常に強い調子で今回の集会参加者を非難し、多様性を否定する人種差別主義に真っ向から反対する立場にあることを鮮明に打ち出した。知事は、民主党でクリントン陣営の選挙対策本部長を務めたリベラルな政治家ではあるが、今回、アメリカ社会の成り立ちの理念を確認する強いメッセージを発した。

その後、オバマ前大統領(「肌の色や出自や信仰の違う他人を、憎むように生まれついた人間などいない」という人種差別の排除運動に尽力した故ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領の発言を引用したTwitterは、史上最多の300万以上の「いいね」を記録した。この反響を見て、トランプ大統領が白人至上主義者への非難を明確化し、最初のコメントを修正した二度目のコメントを出した可能性がある)、ヒラリー・クリントン、バーニー・サンダース、ジョー・バイデンといった民主党陣営のみならず、共和党陣営からもジョン・マケイン、ジェブ・ブッシュ、マルコ・ルビオ、ブッシュ元大統領親子など、今アメリカで影響力をもつ政治家は、党派を超えてほぼすべて何らかの形で事件に対する批判的姿勢を表明している。

これは、実業界にも飛び火する。トランプ大統領が就任後に実業界とのパイプを強めるために設置した「製造業評議会」と「戦略・政策フォーラム」の二つの諮問委員会のメンバーである企業幹部の委員の多くが辞任したため、事実上解体し、トランプ大統領もTwitterで、「両方の諮問委員会を終わらせることにした」と認めざるを得なくなった(これに先立って、「戦略・政策フォーラム」はその解散を発表している)。

「製造業評議会」からは、最初のトランプ大統領の白人至上主義者容認のコメントを受けて、14日までに、医薬品大手メルクのフレージャーCEO(最高経営責任者)、スポーツ用品大手アンダーアーマーのプランクCEO、半導体大手インテルのクルザニッチCEOの3氏が辞任、15日には、製造業者や製鉄業トップで構成する米製造業同盟のポール会長と米労働総同盟・産別組合会議のトルムカ会長が辞任、16日には、3M、キャンベル・スープ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ユナイテッド・テクノロジーズのトップらも相次いで辞任を表明した。人種差別や社会的少数者(マイノリティー)に不寛容といった印象と関連付けられてしまうことは、米国では企業経営上の大きなリスクとなるので当然の選択であろうが、多様性を重視するのが当然の現在の企業経営理念において、トランプ大統領の発言は到底容認できるものではないであろう。

国内製造業の再興を最重要政策に掲げるトランプ政権にとって、支持者の雇用に関わる企業経営者らと友好な関係を保持することは重要であるので、支持者へのメッセージの観点で、これは痛手であろう。米ワシントンポスト紙は「トランプ政権の発足以来、経営者は、消費者や株主の反発を招かずにホワイトハウスとの関わりを保つことに腐心している」と指摘しているが、所詮、トランプ大統領と是々非々の大人の付き合いをすることは無理であったということであろう。

これらアメリカ社会の理念に関わる非難の流れは、トランプ大統領の望むところではなかったはずである。

バノン氏の話にもどるが、バノン氏は、終始一貫した強烈なオルト・ライト論者であり、それゆえに政権内での彼の扱いは難しく、影の大統領と言われたが、主席補佐官ではなく、彼のために主席戦略官というポジションをあえて新設した経緯がある(うがった見方をすれば、いつでもバノン氏をトカゲの尻尾切にできるポジションを作ったともいえよう。結果そうなったわけであるが)。

アメリカの覇権を維持するためには今、中国を叩く必要があり、そうしなければ25年から30年後には中国が覇権を握ると考えるバノン氏にとって、中国の為替操作国認定は必須であったと思われるが、北朝鮮問題で、中国の協力を必要とするトランプ政権が、この認定を見送ったことに対して、バノン氏の不満は大きかったのではないか。

政権内のバランスの問題であるが、政権発足後に、トランプ氏がバノン氏をNSC(国家安全保障会議)の常任メンバーに加えたことは、きわめて異例な措置だと注目されたものの、4月初めにNSCから外された背景には、バノン氏はトランプ陣営の選挙対策責任者として、「アメリカ第一(これは直截的な経済的利益・メリット)」のメッセージ展開で勝利を収めた功労者であるが、先鋭的な右派思想を有し、右派的理念が強すぎるがゆえに、バノン氏の政権内での取り扱いは難しく、単純に割り切ることができない国家安全保障の問題に関与させ続けることは難しかったことがあるのだと言えよう。

また、ロシアゲート絡みで辞任した、大統領の選挙時の軍事顧問であったフリン補佐官(国家安全保障問題担当)の後任についた陸軍出身のマクマスター補佐官(右派強硬派であったフリン氏に比べると現実主義で中立的)の政権内での影響力の拡大もあろう。バノン氏の政権内での立場は、政権内の国際協調・リベラル派/中立派との確執で、政権発足時よりも徐々に弱まってきたのかもしれないが、劣位になったわけではなく、大統領への強い影響力は維持していたと思われる。

しかし、シャーロッツビル事件での対応をめぐって、バノン氏の進言を聞いて、結果、右派(オルト・ライト)と左派(オルト・レフト:これはトランプ大統領の造語)双方に問題があるとして白人至上主義容認を否定しなかったと取られる見解を示した大統領であるが、その後、大統領支持の声は聞こえず、非難の声の急速な拡大に驚き、話が違うとバノン氏を切ったのではないか。いかにも典型的なボス的行動である。トランプ氏は、リーダーではなく、イエスマンと仲間内で成り立つ典型的なボスである。テレビドラマにもなったイギリスの高級百貨店の創業者であるハリー・ゴードン・セルフリッジの言(https://media.licdn.com/mpr/mpr/shrinknp_400_400/p/1/005/07a/05b/270f5d5.jpg)にあるボス像に、トランプ大統領は、近くはないであろうか。

・部下を追い立てる(Drives employees)

・権威に頼る (Depends on authority)

・恐怖を吹き込む (Inspires fear)

・「私は」という (Says, "I")

・失敗を非難する (Places blame for the breakdown)

・やり方を知っているが教えない (Knows how it is done)

・人を使い捨てる (Uses people)

・成功を自分のものとする (Takes credit)

・命令する (Commands)

・「やれ」と命じる (Says, "Go")

5月初旬のFBI(米連邦捜査局)のジェームズ・コミー長官をロシア政府との癒着問題などで自分の言いなりにならないので突然解任したのはボスならではである。

トランプ大統領は、その場その場のディールで、破産を繰りかえし、その都度蘇った不動産の帝王(ボス)であり、大企業の経営者(リーダー)ではないのであろう。目先の利益を取りに行くという一貫性のないその場その場のディールでは政治はできないであろう。事実、夏休み前にお友達(仲間内)のスカラムッチ氏(政治経験はない)を広報部長に任命し、プリーバス主席補佐官(共和党との重要なパイプ)とスパイサー報道官・報道部長(元レーガン政権の報道部長・報道官を務めた有能な報道官)を失い、スカラムッチ氏も10日で解任という、理解に苦しむ決定をおこなっている。

夏休み中はおとなしくなっていたが、7月下旬から、最も忠実な同士であるセッションズ司法長官を、Twitterで攻撃し、解任をちらつかせている。今回のシャーロッツビルの事件で逮捕された極右の犯人に対する対応でもセッションズ長官は、立場上トランプ大統領とは立ち位置を微妙に異にしているので、解任の動きが再燃する可能性はあろう。強い反対を押し切って、司法長官に就任させたセッションズ氏を解任しようとするのは、仲間を撃つ行為であり、理解に苦しむところである。トランプ支持層である保守派の信任の厚いセッションズ長官の解任は、いずれにせよ非常に大きなマイナス要因である。これが、リーダーとしてのアメリカ大統領のとる思慮的意思決定とは思えない。

以上のように、オバマ政権で加速した民主党の理念先行についていけず、利益(直截的メリット)にシフトした保守的有権者票によって当選したトランプ大統領であるが、その利益、すなわち公約がほぼ全滅状態のなか(見えないので)、シャーロッツビルの惨劇を引き金に、アメリカ社会の成り立ちに関わる理念が問われることとなり、小さな政府と保守的価値を指向するグループ②と過激な白人至上主義を掲げるグループ③は、トランプ大統領との距離をとることになるであろう。

期せずして、理念ではなく利益で支持者をまとめたトランプ大統領が、理念によって支持層が分裂していく兆しがあるのは皮肉である。どこまで、支持層内での分裂が進むかは定かではないが、トランプ氏が最後まで頼れる支持層は、グループ①のヒルビリーと呼ばれる白人労働者であろう。事実、彼らを意識するトランプ大統領は、夏休み明けの25日に不法移民と疑われる人に対する人種差別的な取り締まりをやめるよう命じた州判事の命令を無視した侮辱罪で有罪宣告を受けていたアリゾナ州のアルパイオ元保安官に恩赦を与えると発表した。

ひょっとすると、彼らは、自分たちを、滅亡が迫る虐げられた人類最後の砦「Zion(映画マトリックス リローデッドに出てくる)」の民(置いてきぼりになり、忘れ去られる、かつてのアメリカを支えた白人労働者)と位置づけ、トランプ氏を、自分たちを滅ぼそうとするアーキテクト(彼らにとっては、グローバリズムと自由主義)に立ち向かう救世主NEO(キアヌ・リーブスに申し訳ないが)的存在と捉えてはいないであろうか。彼らのトランプ氏への熱狂的な支持をみているとふとこのようなことが頭に浮かんでくる。

政権発足半年で、フリン補佐官(国家安全保障担当)、スパイサー報道官、プリーバス主席補佐官、そして、バノン主席官・上級顧問が次々に離任し、発足時の政権幹部で残るのは大統領と副大統領のみというのは、かなり異常な状況であろう。

現実的に、バノン氏が去ったあとのトランプ政権をみてみると、プリーバス主席補佐官の後任に海兵出身の国家安全保障長官のケリー氏を任命した。ホワイトハウスにおける規律(大統領へのアクセス)を厳格化する方針のようである。ケリー氏のほかに、マクマスター補佐官(国家安全保障問題担当)、マティス国防長官というケリー氏同様に中立的な軍出身者(彼らは北朝鮮への軍事攻撃は現実的ではないとしている)がキーパーソンとなっているので、これまでのような情緒的に暴走するトランプ大統領を抑制することは可能であるかもしれない。

しかし、軍出身で気骨があるだけに、筋の通らないトランプ大統領に対して、「Yes Sir」と言えず、大統領と衝突し、これまでの前任者同様に解任される可能性も否定はできない。そうなると、更なる迷走である。また、クシュナー氏がロシアゲートの関連で、政権から去るとなると混乱はいっそうひどくなるのではないか。また、共和党との溝も深まるのではないか。政権の支持率は、底堅いとはいえ、低下することはあっても上昇することを望むのは難しい状況の中で、来年の中間選挙をにらむ共和党は、現状では、トランプ大統領との距離を考えざるを得ないであろう。三権分立が明確で、チェック アンド バランスの働くアメリカ政治において、今のトランプ大統領の状況では、施策の完遂(公約の実行)を望むのはほとんど難しいのではないか。

であるとするならば、トランプ政権とは、グループ①のみが支持層として残るなか、国内政策の実効性はないが、軍事関係で多少火傷をしそうなソープオペラ(2004年から2012年まで放送され、トランプ氏が「君はクビだ! (You're Fired!) 」と宣告することで人気を博した人気テレビシリーズであった「アプレンティス(Apprentice)」の現実版ともいえる)を上演する政権となるのではないか。

アメリカのタイム誌が2016年の顔として、トランプ氏を選び、そのキャプションを「President of the DIVIDED States of America」としたように、トランプ大統領が単純に白人男性中心(正確には、男性優位の白人優位論者)の支持層(最新の調査によると共和党支持者の62%がシャーロッツビルでの白人至上主義を巡る衝突でトランプ大統領が白人至上主義者容認を否定しなかったことを容認している。全体で容認しているのは28%である)だけに向けた動きをする限り、分裂はいっそう進み、トランプ大統領はアメリカ社会分断の象徴になるのではないか。アメリカにとって失われた4年とならないことを祈りたい。

今回のアメリカでの潮流の変化をみるに、マクロには、6月の英国総選挙での与党保守党の敗北とその後のEUとのBrexit交渉の混迷、フランスでの親EUで開明派の新鋭マクロン氏による極右ポピュリストと言われる反EUのルペン氏を圧倒しての大統領選挙勝利とその後の国民会議選挙でのマクロン派(en Marche)の勝利が起こったことで、トランプ氏の大統領就任で大いに勢いづいていた「先進国で起きている変化ついていけず、おいてきぼりになっている人々」が身体反応的に声を上げたことによるポピュリズムが引き起こした反グローバリズムの流れの潮目が変わりつつあるのではないかと筆者は感じていたが、今回のシャーロッツビルの惨劇を引き金にトランプ政権が引き起こした大きな混乱は、アメリカでも潮目の変化を示すものであるのではないであろか。

次回のトランプ劇場の演目は、9月末までに新年度の政府会計の予算措置が行えないと政府機関の業務が停止することになることであろう。

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