「美し国づくり景観大賞」が指し示す、これからの景観行政の可能性

江戸川区を散策した時に出会った光景を、私自身も印象深く記憶している。

2015年6月30日、「美し国づくり景観大賞」(主催 特定非営利活動法人美し国づくり協会)が発表された。地域の個性を活かした景観づくり・地域創生を積極的に行う団体に贈られるこの賞の、栄えある第1回を受賞したのは東京都江戸川区だった。

江戸川区は日本で初めて親水公園(1973年)誕生させた自治体で、親水公園・緑道等を23路線まで増やし、都会の中に「水辺風景」を再生させてきた。

同NPO理事長・進士五十八氏より表彰状を受ける江戸川区長・多田正見氏と、江戸川区の親水緑道

江戸川区を散策した時に出会った光景を、私自身も印象深く記憶している。住宅街の中に流れるせせらぎ。キラキラ輝く水面、覆い被さる緑。小学生の男の子たちが水辺にはりついて「狩猟」している。獲物のカニをつまんで嬉しそうに見せてくれる。水と緑のルートは、子どもたちの遊び場として生きていた。

水と緑のルートは、子どもたちの遊び場として生きていた

そうした景観整備と同時に、区民が自主的に参加するまちづくり「アダプト制度」を後押しし、清掃活動や「景観まちづくりワークショップ」「えどがわ百景実行委員会」などの活動を進めてきた江戸川区。そうした水と緑と花の景観まちづくりを持続的に盛り上げてきた実践が高く評価された。

「景観と言うと電線・柱の地中化、看板規制や色彩基準の設定といったことに目が向きがちです。しかし本来はもっと奥が深い」と同NPO理事長・進士五十八東京農業大学名誉教授は言う。

「自然や緑の景観を増やし、その土台の上にいきいきとした区民の生活が見えること。歩き、食べ、眺め、自然や歴史や文化を楽しむ姿がまちの中に見てとれることこそ、最先端の景観行政の成果ではないでしょうか」

たしかに、一般的に「景観作り」と聞くと建物の高さ制限や広告看板の規制といったことを連想する人は多いだろう。そうした対処は無難なまちを作ることにはつながる。しかし、それだけで「イキイキとした個性的なまち」が生まれるとは言えない。「ここで暮らしたいと感じ、外から訪ねた人はまた足を運びたいと思うまちにすることこそ、景観というテーマの本当の意味なのです」と進士名誉教授は強調する。

江戸川・荒川という大きな川に挟まれ、東京湾に面した江戸川区は三方を水に囲まれた低平地で水害に苦しめられてきた歴史がある。浸水対策として下水道100%を達成した際に、下水化した川の上に「水に親しむ場」として「古川親水公園」を作ったのが始まりだった。「親水公園」とは、いわば水を逆手にとって心地よい暮らしの源にしていく試みだったのだ。過酷な災害を克服する対策が、「心地よい景観作り」につながってきた点が何よりも興味深い。

江戸川・荒川という大きな川に挟まれ東京湾に面した江戸川区の特性について話す江戸川区長・多田正見氏

治水・災害対策と景観作りを同時に進める技

 実はこうした発想は、世界文化遺産に登録され景勝地として有名な中国・杭州の「西湖十景」にも見て取れる。高名な詩人、白楽天や蘇東坡が行政官として赴任した際、洪水対策として湖の周辺に護岸の石組を作った。治水対策・交通対策と景観作りを同時に進める「文化的景観」の事例だ。

 あるいは、京都の桂離宮にも水害対策の堤、氾濫水の勢いを弱めるための水害防備林や氾濫時にフィルターの作用を兼ねた笹垣などが見て取れる。

桂川に隣接する桂離宮。水との関係が切り離せない。大小5つの島があり、多くの入江と複雑な汀線をもつ。

日本は災害列島と言われるが、災害対策や復興事業を、景観作りと重ねていく手法に学ぶ点は多い。

今回の賞で「特別賞」を受賞したのが、「景観配慮型防護柵設置による東北6県全域における道路景観の改善」(国交省東北地方整備局と東北6県1市)。道路脇の白いガードレール設置を、「景観デザイン」を考慮して景色に馴染む新しい防護柵に変えた。復興道路・三陸沿岸道路にもこの防護柵が設置された。

 もう一つの特別賞は、「コウノトリと共に生きる地域景観の保全」(コウノトリ野生復帰推進連絡協議会)に贈られた。多様な生物が生息できる環境の保全が、景観作りにつながるという事例だ。

受賞者によるシンポジウムも開催

「子育て」環境と「景観」整備はつながっている

 話は変わるが、東京23区の中で合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの数。人口維持には2.07が必要)が最も高い区はどこか、ご存じだろうか? 1位の出生率は1.45(平成25年)、この数字はなんと23区の平均値を3割近く上回る。しかも、平成5年以降の20年間ほどトップの座はずっと同じ区だ。

 その区とは、やはり江戸川区。いったいなぜ、一位を維持できているのだろう?

「都心へのアクセスといった利便性、23区一を誇る公園面積、多くの水辺と緑豊かな自然といった環境が、子育てには何よりと...。また、子どもは地域で育てるものという温かい思いが根付いています。保育ママ、すくすくスクール、中学生の職場体験など......地域の子育て力と教育力は本区のかけがえのない財産です」と江戸川区長・多田正見氏はその背景を語る。(江戸川区ウエブサイト)

 「法律にはなじまない」という議論を超えて2004年に生まれた景観法。10年以上が経過し、景観計画・行政に市民が参加する機会は増えている。目標はハードの整備に留まらない。本当に楽しくいきいきと暮らす場を実現すること。その成果が、人を招き入れ暮らしが根付き子を産み育てることにつながっていく。年に6千人もの赤ちゃんが生まれている江戸川区。その高い出生率の向こう側に、「いきいきとした景観作り」の意味が見えてこないだろうか。

 「景観作り」と「子育て」。一見関係なさそうに見える二つの要素だが、そこに見えざる深い関係を発見できそうだ。

(出典「不動産経済FAX-LINE No.1031」)

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