皆さんは「緩和ケア病棟」という言葉を聞いて、何を連想しますか?
「死を意味する場所」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。でも実際は、緩和ケア病棟は「死ぬ場所」ではなく、「生きる場所」です。
WHO(世界保健機関)は緩和ケアをこのように定義しています。
緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、 心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって、 苦しみを予防し、和らげることで、クオリティ・オブ・ライフを改善するアプローチである(日本ホスピス緩和ケア協会HPより)
クオリティ・オブ・ライフとは、「生活の質」という意味です。
緩和ケアとは簡単に言えば、がん等の生命を脅かす病気に直面する患者さんとそのご家族に行われる、ケアそのものを指します。そして、そのようなケアを提供する場所が緩和ケア病棟です。
先月、埼玉石心会病院の緩和ケア病棟にお邪魔しました。
病棟はサンルームのようなデザインで、太陽の光が差し込み、窓からは狭山市が見渡せます。
ナースステーションの前には台所やダイニングルームがあり、とても居心地の良い空間。デザインや雰囲気など、私が以前音楽療法士として働いていた、オハイオ州のホスピスの病棟とよく似ていました。
ダイニングルームにキーボードがあったので何曲か弾いていると、車椅子に座った患者さんが2人部屋から出てきました。40代後半の女性と、50代の男性でした。
患者さんたちがもっと音楽を聴きたいということだったので、ギターの伴奏で「エーデルワイス」を唄うと、二人とも笑顔になりました。
その後、二人がこの病棟でどのように過ごしているのか聞きました。
女性は、長年の闘病生活の末、この病棟にたどり着いたそうです。
「私は、ここでやさしいスタッフに囲まれて、日々を過ごしています」と彼女は微笑み、
「...ここに居れて幸せです」と涙ぐみました。
男性はとても顔色もよく、気分も落ち着いているようでした。
「家族もよく面会に来てくれますしね。それが楽しみなんです」
この病棟では面会時間に制限はなく、ご家族は24時間訪問することができます。患者さんとご家族が自由に時間を過ごせるというのは、とても大切なことだと思います。
お天気のいい日は、患者さんの部屋から富士山が見えるそうです。
二人ともそれがとても楽しみということでしたので、最後一緒に「富士山」の歌を唄いました。
私は歌詞を思い出せなかったのですが、二人の口からはすらすらと歌詞が出てきました。
「この歌を聴いたのは、小学校以来だと思います。でも、不思議ですね。歌詞はちゃんと覚えてるんですね」と、男性が笑顔で言いました。
二人とも末期がんを患いながらも、一日一日を大切に過ごしているのだと感じました。それを可能にしているのは、緩和ケア病棟のスタッフの皆さんや患者さんのご家族なのでしょう。
埼玉石心会病院の緩和ケア病棟にはベッドが8床ありますが、待っている人が大勢いるそうです。そして、待っている間に亡くなる患者さんもいます。国内のどこの緩和ケア病棟もホスピスも、同じ状況です。
日本にはまだまだ終末期医療が受けられる施設が足りず、ケアを受けたくても受けられない人が大勢います。埼玉石心会病院の緩和ケア病棟を見学して、このような病棟がもっと増えてほしいと思いました。
緩和ケアを受けている患者さんの多くは、死と向かい合って生きています。でも、末期の病気を告知されたからといって、必ずしもすぐに人生が終わるわけではありません。人は死ぬ瞬間まで生きているのです。だからこそ、終末期医療の焦点は「死ぬこと」ではなく、「生きること」なのです。
(「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)
著書: 『ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽』(ポプラ社)
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