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2015年11月13日 00時40分 JST | 更新 2015年11月13日 01時41分 JST

国産旅客機、激動の80年史 中島AT-2からMRJまで

GHQによる航空機の開発禁止令で欧米に差をつけられた日本の航空産業、MRJで復活できるのか。

Wikimedia/Kenji Ando

半世紀ぶりの国産旅客機「MRJ」が11月11日、県営名古屋空港から初飛行した

日本の航空機産業の歴史は古く、初の本格的な国産旅客機「中島AT-2」が登場したのは、戦前の1936年までさかのぼる。当時の日本は、「零式艦上戦闘機」(ゼロ戦)などの軍用機が開発された航空大国だった。「三菱MC-20」(1940年初飛行)は、国内や満州国などで広く使われるなど「空の旅」が実現し始めていたが、1941年から太平洋戦争に突入。1945年の敗戦に伴って、GHQは日本の航空機開発を禁止した。7年後に解禁されたものの欧米との差は広がり、官民一体の組織による戦後初の国産旅客機「YS11」が1962年に初飛行するも、73年には生産終了している。

それから約50年。長いブランクを経て登場したMRJが、国産ジェットとして世界に羽ばたくのか期待される。国産旅客機の激動の歴史を、年表で振りかえってみよう。

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