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2015年12月18日 23時56分 JST | 更新 2017年08月21日 01時31分 JST

仕事と育児で精いっぱい。そんなワーママが「私」を楽しむには? 甲野綾子さんに聞く

仕事、育児、そして自分がやりたいことと社会貢献。それらのバランスを保ちながら、自分の人生を豊かにしていくためのコツとは?

「仕事と育児を両立させるだけで、毎日が精いっぱい」。それが多くのワーキングマザーの実感だろう。やりたいこと、キャリアアップのための勉強、ましてや社会貢献やボランティアに割く時間なんて、とてもじゃないが今は無理。ここ数年の口癖は「子育てが落ちついてから」。

一方で、メディアに登場するワーママたちは、育児も仕事もバリバリこなすパワフルなママばかり。華麗にキャリアチェンジする人もいれば、起業する人もいる。自らの人材価値を上げること、育児と両立させること。仕事がデキる優秀なワーママほど、これら2つを至上命題にしている。

国際NGOに勤務する甲野綾子(こうの・あやこ)さんは、そのどちらのタイプでもない。3歳と1歳の姉妹を育てる彼女は、ごく普通のワーキングマザーだ。だがプライベートでは別のNGOを運営し、さらにはそのかたわら、他団体のボランティアや社会貢献にも積極的に関わっている。多忙なワーママの身でありながら、仕事とは別の「自分の軸」を持っているのだ。

仕事、育児、そして自分がやりたいことと社会貢献。それらのバランスを保ちながら、自分の人生を豊かにしていくためのコツとは何だろう? 軽やかだが密度の濃いライフワークの成り立ちについて話を聞いた。

■家はわりといつも散らかっています(笑)

――現在のお仕事について教えてください。

東京・飯田橋に事務所を構える「ハンガー・フリー・ワールド(HFW)」という国際協力NGOの正職員として働いています。以前は広報担当でしたが、育休復帰の翌年に会員・寄付者/総務担当に異動となりました。会員の皆さんに送るお礼カードやおたよりの作成、アンケートの分析など、支援者の方々とどうやって繋がりを保ち続けていくか、ということがおもな業務です。

――家族構成は?

保育園に通う3歳の長女と1歳の次女、鍼灸マッサージ治療院を営む夫の4人です。といっても夫の両親との二世帯住宅なのですが、一緒に住むことが決まったときに義母が気を遣って「できるだけ関わらないようにしましょう」って言ってくれて(笑)。1階と2階にそれぞれのキッチンがあるので食事も別々、義理の両親もボランティアや地域の会合などで忙しい人たちなので息子夫婦の生活に口を出してくることはほとんどないんです。でも、困ったときには手助けしてくれています。

朝の園への送りは夫婦2人で、主人の鍼灸院の最終受付が19時なので夕方のお迎えは私が担当しています。長女が結構やんちゃというか自己主張が強いタイプなので、17時半に園にお迎えに行っても家にたどり着くのが19時過ぎなんてこともしょっちゅう。そこから夕食を作って食べさせてお風呂に入れて、次女は21時、長女と私は22時に就寝します。

――仕事は家に持ち帰らないようにしているのでしょうか。

持ち帰りません。私が家でPCに向かっていると長女がどうしてもYouTubeを見たがるので。「YouTubeはお休みの明るいとき(日中)だけ、平日の夜暗くなってからは見ない」と一応約束しているのですが、以前に夜遅くまでずーっと見過ぎてなかなか止められなかったことがあって。それ以来、家でPCは開かないようにしています。

長女を出産したときは産後3カ月で復帰したんです。そのときはまだ広報担当だったので、どうしても片付かない仕事は家に持ち帰って、寝かしつけてから記事を書いたり、深夜にアフリカ出張中の職員とスカイプでやり取りしたり......。もちろん無理すればやれないことはなかったんですけど、やっぱり寝不足が続くと体調を崩してしまうんですね。

今は22時に子供と一緒に寝て、朝7時に起きる生活を続けています。次女の授乳があるので夜中に3回くらい起こされますけど、ほぼ寝ながらあげているのでトータル8時間は毎日眠っています。

――夫婦での家事の分担はどうされていますか。

洗濯は主人、料理は私、掃除はそのとき手が空いているほうが。でもわりといつも部屋は散らかっているかも(笑)。どうやって家事を分担しようとか話し合ったことはなくて、お互い好きな方を選んだら自然にこういう形になりました。

子供ができる前は、2人ともあんまり家事をしないタイプだったんですよ。お互い深夜帰宅や休日出勤も多くて結構ハードに働いていたので、家に帰っても疲れ切っていて。私も好きな料理だけして、あとは気が向いたら最低限の洗濯や掃除をする、くらいで。

でも子供が保育園に通うようになると、毎日の洗濯物の量がすごく増えますよね? しかも長女のときは園の方針で布おむつだったので、毎日ウンチがついた布おむつカバーが3つくらい返ってくる(笑)。それを全部、手洗いしてから洗濯機にかけるのも主人が自らやってくれていました。彼は唯一、料理をすることだけが苦手なんですけど、それ以外の家事・育児は全部抵抗なくこなせる人。

彼がそういう風に育ったのはお義母さんの影響も大きいのかもしれません。小学校教師をしていた義母は今73歳なんですけど、彼女が子供を産んだときは育休、時短制度なんてまだなかったから、産後10週で復帰して保育園や近所の人なんかを頼って、時には三重保育しながら仕事をしていたそうなんです。子供が熱を出したときは、小学校の宿直室に寝かせてもらったこともあったとか(笑)。

そういう苦労をしながら定年退職まで勤め上げた人なので、女性が働くこと自体をすごく応援してくれる。義母の存在はすごく心強いですね。

■生きづらいのはその人のせいじゃなく、環境や運

――子育てをしながら働くかたわら、プライベートでは別のNGOも運営、さらにいくつかのNPOの会員やボランティア活動もしているそうですね。

ミャンマーの子供支援を行う「SOSIA(ソシア)」というNGOの代表理事を務めています。これは大学4年生(2002年)のときに自分で起ち上げた団体なので、これまでずっと続けてきた支援を、産休育休といった私の都合で打ち切るわけにはいかないと思って。そうはいっても、さすがに産後2ヵ月くらいは完全に休ませてもらって仲間にフォローしてもらいました。メンバーも出産や介護などで忙しくなってきている世代なので、お互い助け合って無理のないよう続けています。

最近は、産後ケアNPOマドレボニータの双子介助ボランティアにも参加しました。出産をきっかけに国内の産後、子供の問題にも関心が広がっています。

マドレボニータの産後クラスに双子介助ボランティアとしても参加

――昔から「やりたいことが常にいっぱいある」積極的なタイプだった?

それが、別にそういうタイプでもなかったんですよ。小学校・中学校はあまり学校に馴染めなくて。私、背が高くて体も大きいし、ちょっと人とテンポが違っていたみたいで、ズレを感じることが多かったんです。友達はいたけど、クラスとか学校単位ではあまり楽しいと思えなかった。

それが高校に入ったら、人生がいきなり楽しくなって。公立だったんですけど、校風もわりと自由で私服だったし、先生や友達にも恵まれた。吹奏楽部に入ったことで、みんなでひとつの目標に向かうことの楽しさややりがいも知ることができた。それまで感じていた息苦しさが消えて、すごいフリーダムというか、水を得た魚のようにすべてが楽しくなったんです。

その経験から「生きづらさ」って、当人の問題というよりもその人がいる場所、置かれた環境に負うところが大きいのでは、と気付いたんです。つまりは単純に、組合せの問題ですよね。いいと思える場所や人に巡り会えれば人生は豊かになる。うまく周りと繋がることができたら、「わー! 楽しい!」と思えるようになるんだ、って。

――うまく周りと繋がることができれば、生きやすくなる?

うん、そうですね。......ちょっと暗い話になってしまうんですけど、今までに周囲の知人が3人、自殺で亡くなっているんです。一番最初が中学生のとき、次が高校生のときで、社会人になってからも1人。どの人も頻繁に会う間柄ではなかったので、彼らがなぜ自殺を選んだのか、その原因は今もわかりません。ただ、こんなに物質的に恵まれた日本で生きているのに、自ら死を選ぶほど追いつめられてしまう人たちがいることがすごくショックで。その後、日本では年間3万人を越える方が自殺で命を落としていると知りました。

気が合う仲間、自分らしくいられる場所、自分の力を発揮できる社会やコミュニティ。何かのきっかけでそういうものと「繋がる」ことができていたら、死を選ばずにいた人もいるのかもしれない。そう考えたら、小中学生のときに息苦しい時期があった自分の姿が重なって。「繋がる」ことで人生が変わった私の経験を、他の人もしてほしい、誰もが生き生きと暮らせるようになってほしいと思うようになったんです。

■「繋がる」場所を作りたい

――亜細亜大学に進学して、国際協力やボランティアについて学ぶようになった動機もそのあたりにあるのでしょうか。

そうですね。モチベーションの根っこは多分そこだと思います。ミャンマー支援のNGOを起ち上げたのも、現地に行って現場で活動するよりも、日本の小学生にミャンマーの文化を伝えて、それが刺激になって支援の輪や新たな動きが広がっていく。「繋がる」ことで新しい可能性が生まれていくのが、私にはすごく面白く感じられた。

SOSIAで支援しているミャンマーの子供が、支援者に送ったお礼の絵手紙

今の勤務先に入職した動機も、「繋げる」という広報の仕事に魅力を感じたからなんです。今は広報から会員・寄付者担当に移りましたけど、HFWを信じて支えてくださっている方たちに、現場とより強く「繋がり」を感じてもらうためにはどうコミュニケーションを取っていくべきか、現場のメッセージをどんな風に伝えるのが効果的なのか、試行錯誤しながらその方法を見つけていくのが今の私の仕事。そこにやりがいを感じているし、それってまさに自分がずっとやりたいと思っていたことでもあるんですね。

いつか、仕事とは別で、コミュニティ・カフェみたいなことをやってみたいんです。自分が店長になって何かを提供することが目的じゃなくて、近所の公民館を借りて週末だけとか、平日夜だけとか営業するような。そこにいろんな人が集まって来て他愛ない話をしたり、ちょっと行き場所がないような人でもホッとできたり、地域に溶け込むきっかけになったり、そういう「繋がる」場所を作ってみたい。

勤め人や母親・妻である自分とは別に、一人の人間として本当にやりたいこと、やりがいを感じられることを細々とでも続けていく。それが自分らしく生きていくために必要なことだと思うし、そのことで気持ちに余裕ができて、子供とも、より深く向き合うことができる。

それに子供に愛情を注ぐことは、いずれその子が成長したときに将来のパートナーや子供へ愛情を注ぐこと、周りの人を大切にすることにもきっと繋がるはずですから。そう考えると、仕事もボランティアも子育ても、すべては繋がっているのかもしれませんね。

(取材・文 阿部花恵)

甲野綾子(こうの・あやこ)

1979年、東京都生まれ。亜細亜大学在学中にミャンマーの子供支援NGO「SOSIA(ソシア)」を設立、現在も代表理事としてプライベートの時間で活動を続けている。2007年、国際NGOハンガー・フリー・ワールドに入職。在職中の2009年に結婚。2012年に長女を、2014年に次女を出産。

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