私たちの住まうこの日本は「里山の国」だ。
日本の国土の約4割は、山林や水田、畑や草原などに囲まれた“里山”と呼ばれる地域である。多くの日本人が「ふるさと」という言葉から連想するのは、こうした里山の風景だろう。豊かな自然と生態系を保持している里山に、これまでの日本の産業、経済の発展は支えられてきた。
しかし、昨今は都市部への人口集中に拍車がかかり、農村部の過疎化が進んでいる。それにともなって、管理者の不在による土地の荒廃など、里山を取り巻く状況は厳しくなる一方だ。日本の原風景は今、大きな危機に直面している。
この社会的課題にアプローチするべく、“イノベーション創出を可能とする「世代・分野・文化を超えた共創教育」”を実践する金沢工業大学(以下、KIT)は、地元の里山・白山麓を舞台にハッカソンを開催した。
ハッカソンとは?
“hack(ハック)”と“marathon(マラソン)”をかけ合わせた造語。新しいサービスやプログラムを短期集中でチームごとに考案し、そのアイデアや技術を競い合う。
日本の原風景、里山を“新時代の都市”ととらえるアイデア
KITは、2014年から社会の未来を担うイノベーターを養成するべく、産学連携による「KITハッカソン」を開催してきた。今回、2016年8~9月にかけて行なわれた「KITハッカソンvol.5」のテーマは「子供たちが豊かに成長する次世代の里山都市を創造せよ!」。
KITが今、このテーマを取り扱うのには大きな理由がある。昨年、KIT及び金沢工業高等専門学校を運営する「学校法人金沢工業大学」は、白山の大自然に囲まれた旧「かんぽの郷 白山尾口」を白山市から譲り受け、現在その敷地に「白山キャンパス」を設立するための準備を進めている(2018年3月完成予定)。現存する宿泊棟は研究施設として利用するほか、高専1、2年生向けに全寮制で、全ての授業を英語で行う校舎も建設する計画だ。
新たなキャンパスの建設を目前に控え、KITは今年の6月に「新時代里山都市を創造する白山キャンパス構想」を発表した。豊かな自然に包まれる白山に、子どもから大人までイノベーティブに成長できる“里山都市”を形成するため、自治体や企業との連携を強化していく方針だ。「日本の里山をどうアップデートしていくか」は、今後KITがこの地に腰を据え、総力を挙げて取り組んでいく課題である。
山里における、子供たちの豊かな成長を目指して
今回のKITハッカソンに先立ち、集中的にアイデアを出し合うイベント「アイデアソン」が8月に催された。
「アイデアソン」では、白山市の現状に関する講習の後、「子供たちが豊かに成長するために役立つもの」「次世代の里山都市の形成に必要な要素」とは何なのか、グループに分かれてディスカッションが重ねられた。参加者はKITの学生や教員だけでなく、他大学の学生、社会人にまで広がり、100人以上が集まって議論を盛り上げた。
アイデアソンで発表された企画をさらにブラッシュアップし、現実的に形にするための「ハッカソン」は、9月15日から3日間にわたって行われた。2日目からは会場を未完成の白山キャンパスに移し、参加者たちは泊り込みで開発に没頭。
会場内にはパーツショップが設置され、各種センサー、小型コンピューターやモーターなど100点以上のパーツが用意された。会場の設営は、KITの建築系プロジェクト「Toiro」の学生が担当。旧かんぽの郷に残された座卓や座椅子を加工して、見事なクリエイティブ空間を作り上げていた。
最終プレゼンには、全10チームが参加。広大な地の利を生かした「白山に魔法をかけるドローン・プログラミング」や、ゆるキャラとARの技術をかけ合わせた「白山GO!!」、山の中で旗を取り合うゲーム「IoT秘密基地」など、バラエティあふれるプロダクトやサービスが披露された。
若者と里山の接点を作る“宝探しゲーム”
審査の結果、最優秀賞に選ばれたのはチーム「堅豆腐(かたどうふ)」が発表した『ヤマる?』。GPS機能を利用することで、山登りをしながら宝探しができるAndroidアプリだ。この発案者であり、チームでは主にプレゼンを担当した佐藤克則さんは、企画の背景を次のように説明した。
「全国各地に存在する里山と同様に、白山でも若者の流出と、山林の荒廃が問題になっています。今回、白山キャンパスに高専の寮が新設されることで、100名弱の学生たちがこの地で暮らすことになる。彼らが楽しみながら自然と触れ合う機会を作り、この地に愛着を持ってもらうことが、“里山都市”の未来につながると考えました」(ビジネス・ブレークスルー大学経営学部2年・佐藤克則さん)
『ヤマる?』では、まず宝を隠す側が、山の中にQRコード付きの木片(=宝)を置き、その位置情報をアプリに登録する。探す側は、近隣のお店で買い物をしたり、地域の活動に参加したりすることで、宝の位置情報を得る。それを見ながら山の中を散策し、木片を見つけてQRコードを読み取ると、宝を獲得したことになる。
ルールはシンプルだが、一定のコースに隠された宝をすべて見つけたら景品を贈呈したり、宝自体に収集したくなるような情報的価値を持たせたり、工夫次第でゲーム性が大きく広がるのが魅力だ。あえて自然に還る木片を素材として選んだことも、高く評価された。
チームの中で開発を担った石塚大貴さんは、「個人のバックグラウンドを生かせたことが、評価につながったのでは」と審査の結果を振り返った。
「このアプリのアイデアは、山登りが好きな佐藤くんの一言から生まれたんです。『山登りの魅力は、一度やったらきっと気付けるもの』という言葉には説得力があって、そのきっかけ作りを考えた結果、『ヤマる?』が生まれました。課題を “自分ごと”として考えられたことで、質の良いアウトプットを生み出せた気がしています。今後も、何か問題解決に当たるときには、まず“自分ごと”として捉えることを大切にしようと思いました」(金沢工業大学工学部情報工学科4年・石塚大貴さん)
チームの中では唯一の社会人だった雄谷峰志(おおや・たかし)さんは、「学生からエネルギーをもらえた」と笑顔を見せながら、感想を話してくれた。
「参加している学生たちは、みな技術力やアイデアのセンスには長けていました。一方で、納期に合わせてプロジェクト全体の段取りを考えたり、魅せるプレゼンを練ったりする点においては、経験不足からの拙さが垣間見えます。でも、そこは実務経験のある社会人が少しサポートしてあげるだけで、グッと成長するんだということを、今回のハッカソンを通して肌で感じましたね」(株式会社タスク営業本部・雄谷峰志さん)
チーム「堅豆腐」は、はるばる群馬からやってきた経営学を学ぶ他大学の学生と、KITで情報工学を学ぶ学生、地元のシステム開発企業の会社員の3名で構成されていた。バックグラウンドの異なる人々が世代・分野を超えて一つの場所に集い、目的意識を共有してものづくりをする様からは、新たなイノベーション創出の場としての可能性が感じられた。
クリエイティブを高みに引き上げる“非分野主義”
今回のKITハッカソンでは、全チームのプレゼン終了後に基調講演が設けられた。そこで登壇したのは、国内外でさまざまなメディアアートのプロジェクトを手がけるライゾマティクス代表取締役・齋藤精一氏。同氏は、今回のハッカソンの様子や、産学連携を掲げた「白山キャンパス構想」を評価しつつ、次のように語った。
「日本の大学は、世界に誇ることができる高い技術力を持っています。これからの時代は、『その技術を使って何をするのか』がポイントになる。素晴らしい資源を埋もれさせないためにも、アカデミックの世界をエンターテインメントやアート、ビジネスにつなげていく“非分野主義”的な思考力が必要です。分野の異なるアイデアやリソースが重なり合う場所に、今までなかった着想が生まれます。
こうしたハッカソンの取り組みをはじめ、KITには異分野の人と学ぶチャンスがあふれていますね。皆さんにはぜひ、ここにある施設・先生・機会を使い倒して、次世代のクリエイティブを牽引する存在になってほしいなと思います」(ライゾマティクス代表取締役・齋藤精一氏)
企画全体のコーディネートを担当した情報工学科教授の中沢実氏も、盛況のうちに幕を閉じた「KITハッカソンvol.5」に、確かな手応えを感じている。
「前回に引き続き、学生たちのアイデアに“実装力”の高さを感じましたね。今回はアイデアソンとハッカソンの間に、未経験者にゼロからプログラミングを教える勉強会や、IBMが開発した意思決定支援システムである『ワトソン』のAPI講習など、幅広く勉強会を開催しました。そこで学んだことを生かしている発表も、いくつか見受けられていて。今後彼らがどのように成長して、どんな発想でこの白山キャンパスを盛り上げてくれるのか、大いに期待しています」(KIT情報工学科教授・中沢実氏)
新時代に向けて動き始めた、KITの「白山キャンパス構想」。過疎化や高齢化など、先行きの暗い話題の多い里山で、KITは新しい都市を創出しようとしている。この前例のない挑戦が成功すれば、都市一極集中の傾向にある日本に、大きく、そして豊かな変革をもたらすだろう。
(執筆:西山武志 / 撮影:西田香織)
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