フランス大統領選にも大きな影響、ロシア発のフェイクニュースに苦慮するEU各国

EUはフェイクニュースを深刻な脅威と考えている。

ドイツの首都ベルリンで「ロシア系ドイツ人国際会議」のメンバーたちがデモを行った。

2016年1月23日、移民たちが13歳のロシア系ドイツ人の少女を誘拐し、レイプしたと報じられた後、ドイツで数百人の人々がデモを行った。デモ参加者が掲げたプラカードには、「リサ(少女の名前)、私たちはあなたと共にある」と書かれていた。

抗議デモは実際に起きたが、この話は嘘だった。

『リサ・F』と特定された少女は、後になって自分の主張を撤回した。ドイツの警察当局は今も捜査しているが、ヨーロッパ中にこのニュースが広まったきっかけは、ロシアの国営テレビ局による報道だった。ロシアやドイツの報道機関の中には、「当局がこの事件を捜査しないのは、ドイツの移民政策の印象が悪くなるからだ」といった主張を加えたところもあった。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相ですら、この事件は「もみ消されつつある」と述べた

リサの事件は、ロシアによる偽情報(フェイクニュース)拡散キャンペーンの極端な例だと、専門家はみている。ロシアから発信されるフェイクニュースは、欧州連合(EU)の政治に悪影響を与え、有権者の間に不信の種をまこうとしている。ヨーロッパ各国の政府は懸念を強め、対処しようとしている。

「ロシア人たちは、少なくとも10年間、恐らくはそれ以前からフェイクニュースを拡散させてきました。ヨーロッパ各国はようやく気づき始めたところです」と、アメリカのシンクタンク「アトランティック・カウンシル」の情報防衛担当上級フェロー、ベン・ニモ氏は指摘した。「ロシア政府は、かなり前から始めています」

フランス、ドイツ、イギリスなどで選挙を控える今、フェイクニュースにより有権者に影響を与える危険性が高まっている。欧州連合(EU)は、フェイクニュース防止策を拡充させている。2016年11月23日、欧州議会は、ロシアが仕掛ける「フェイクニュースとプロパガンダの闘い」に対抗手段を取るよう、EUと加盟諸国に要請する決議を採択した。ロシアのウラジミール・プーチン大統領は、自分たちへの反対意見を黙らせようとするものだと、EUを非難した

EUはフェイクニュースを深刻な脅威と考えている。1月にEUは、2015年に設立したロシアのフェイクニュースに対処する11人の作業部会「イースト・ストラトコム」への予算を拡大させた。「イースト・ストラトコム」は、ロシアの偽情報に対処し、情報の歪みを明確にすることを目指している。フェイクニュースに関する報告を毎週発行し、どのように虚偽の報道が蔓延するのか、そしてどのようにファクトチェックをきかせるか、といったバイラルスタイルの動画を制作している。

欧州議会はロシアが仕掛ける「偽情報とプロパガンダの闘い」にさらに多くの対抗手段を取るように、EUと加盟諸国に要請している。しかし、ヨーロッパ諸国が反対意見を黙らせようとしている、とロシアのウラジミール・プーチン大統領は批判した。SERGEI KARPUKHIN / REUTERS

たとえイースト・ストラトコムの報告書が偽情報を明らかにし、ジャーナリストにとって有益なリソースになるとしても、この極めて少人数の作業部会では、相手の規模と比較すれば、多勢に無勢だと専門家たちは考えている。作業部会は予算の中立が求められることから、活動に制約がある。

「悲惨なくらい予算不足なのです」と、ニモ氏は語った。「ロシアではフェイクニュース拡散のため数千人を抱えているのに、この作業部会は厳しい予算で運営されている。この勝負は一方的であり、雲泥の差があるのです」

ロシア政府は、国営メディアに少なくとも年間10億ドル(約1100億円)の予算をかけているとEUは推測している。ロシアの放送局「RT」だけでも、年間3億2000万ドル(約347億円)の予算を投入しているという。ロシア政府を擁護する投稿でSNSを埋め尽くすために、ネットで挑発的投稿を量産する「インターネット・トロール」(ネット荒らし)に資金提供する秘密戦略を続行しているという。

「ロシア政府内部の仕組みはまったく不透明なのですが、私たちの見立てでは、あらゆる領域に及ぶ偽情報をつくるよう、政府から指示されているのです」と、ニモ氏は指摘した。

「彼らは多数の人間を動員する能力があるわけではありませんが、怒っている少数の人間を動員し、怒りを増幅させる能力に照準を当てているようです。やっていることは、非常に危険なものです」

ロシア政府の首脳と組織的なメディアの偽情報戦略とは直接何の関係もないが、ロシアの国営メディアは、ろくに資格もない多くの「専門家」と内容の薄いネタを使っては、ロシア政府に批判的な人々を絶えず非難しようとしている、と専門家は分析している。RTの番組に頻繁に呼ばれているゲストが、イギリスで資格を剥奪された弁護士だったことも明らかになっている。この弁護士はかつて、「主席判事が自分を誘拐した」というウソを番組で主張していた。

フェイクニュースや根拠のない噂が絶え間なく流入し、イースト・ストラトコムやその他の偽情報対策チームの仕事は、モグラ叩きの状態となっている。「NATOが過激派組織IS(「イスラム国」)に武器を売った」という主張がフェイクニュースだと証明されても、すぐに別の記事が現れ、「ウクライナの兵士がゾンビのような殺人マシンとなるために、向精神薬を服用している」といったニュースが流れてくる。

こうした記事の多くは、明らかにバカバカしいものなのだが、著名なヨーロッパのメディアに取り上げられれば、ヨーロッパ各国の政治家たちは、ロシアの報道機関が捏造した扇動的な主張に対処せざるを得ない。

エマニュエル・マクロン氏は、ロシアメディアの標的になっている。CHRISTIAN HARTMANN / REUTERS

フランス大統領選の有力候補エマニュエル・マクロン氏は2月、「同性愛者との不倫疑惑」を否定しなければならなくなった。ロシアのメディア「スプートニク」は、富裕層の同性愛者団体が陰でマクロン氏の糸を引いているという、あるフランスの保守系議員の発言を報じていた。

マクロン氏の対立候補となる共和党のフランソワ・フィヨン氏と、極右政党「国民戦線」党首マリーヌ・ル・ペン氏は、2人ともロシアを擁護する候補者と考えられている。

「スプートニク」フランス語版の別の記事では、メディアとマクロン氏との関係を標的にし、「ジャーナリストたちはモスクワの集会でマクロン氏支持のTシャツを身に着けていた」と主張した。この記事と共に掲載された写真には、そのTシャツを着ている人々の集団が写っていた。実際には、この画像はモスクワにいるマクロン氏支持者のもので、記者の画像ではなかった。

マクロン氏の党「アン・マルシェ!(前進)」事務局長リチャード・フェラン氏は、スプートニクと旧称「ロシア・トゥデイ」として知られるRTが、マクロン氏の選挙運動にダメージを与えるためフェイクニュースを蔓延させていると主張している。「ロシア発のサイバー攻撃は、党のコンピューターを頻繁に標的にしている」と、フェラン氏は付け加えた。ロシアはこうした主張を「馬鹿げている」と反論している。

多くのEU諸国が情報戦争に対処しているのに対し、フェイクニュースに対処する準備がもっと整っていると考えている国がすでにいくつかある。例えばフィンランドでは、スプートニクの読者数が少ないために、フィンランド国内の事務所が閉鎖に追い込まれた。フィンランド政府は、偽情報の対処法に長けている。エストニアも、NATO軍の演習が行われた時に氾濫するフェイクニュースへの対処に十分準備が整っているという。

「こうした国々がロシアの国営メディアが流す偽情報に対処する方法から、ニュースメディアと読者が学べるものがある」と、ニモ氏は言う。リトアニアでは2月、「ドイツ語を話す男性がドイツ軍の兵舎の近くで10代女性をレイプした」と主張するメールが警察と議会議長に届いた。

リトアニア当局はリサの事件とは異なり、その主張を調査し、公式にフェイクニュースと証明した。検察はこうしたメールの情報源の調査を開示し、「EU諸国以外の国から来たものだと考えている」と指摘している。

ハフィントンポストUS版より翻訳・加筆しました。

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