2年間の「天職探し」。未経験でもカフェのバリスタになれた「コーヒーが好き」の執念

「本当に好きであれば、どんなに大変な苦労をしても…」
Kazuhiko Kuze

経験や知識がものを言う、コーヒーのバリスタ。そんな世界で、未経験ながら、わずか3年でバリスタのリーダーになった人がいます。

コーヒーショップ「ブルーボトルコーヒー」六本木カフェのリードバリスタをつとめる垣内祥太さん。もともとは、ホテルで結婚式場の料理を作るコックを5年ほどやっていましたが、京都で飲んだ1杯のカプチーノをきっかけに、「天職」を見つけました。

いつも行く店のいつものスタッフ。話を聞けば、色々な物語があるようです。

Kazuhiko Kuze

2年間の「天職探し」

もともとはホテルで結婚式場の料理を作るコックを5年ほどやっていました。

でも、厨房に入ってひたすら料理を作っていたので、お客さんの顔が見えなかったんです。

「この料理は、お客さんが本当に美味しいと思ってくれているのか」と、疑問に感じるようになりました。

自分が投げたボールが返ってこないもどかしさがありましたね。結果、コックの仕事を諦めました。

その後は2年ほど、自分のやりたい仕事ってなんだろうと、「天職探し」を続けました。

ある時、京都のコーヒー専門店「ウニール」のヘッドバリスタ山本知子さんが淹れたカプチーノを飲んで、コーヒーの概念が覆されたんです。

その当時、コーヒーに関する知識はほとんどありませんでした。缶コーヒーとか、カフェラテとかカフェオレがある...くらいしかわかりませんでしたから。コーヒーはそのまま飲むと苦いから砂糖やミルクを入れているんだ、程度の認識でした。

でも、山本さんのカプチーノは、濃厚なミルクとフルーティーなコーヒーの香りが印象的でした。

もともと凝り性で、何事も極めてやろうという、ある種の職人気質みたいなものを持っていたので、コーヒーの研究に没頭し始めました。そこからですね。バリスタになりたいと思うようになったのは。

バリスタとは、コーヒーについての専門知識と技術を持って、お客様の顔を見ながらサービスする仕事。これが、自分が求めていた理想の仕事だったと気づいたんです。

自分にとっての仕事とは、誰かに喜んでもらうものをつくること。それが私の仕事に対する根本的な考え方なのですが、バリスタは、それが実現できるのではないか、と思ったのです。

強い気持ちだけではダメなのか...

でも、バリスタ未経験の人間を雇ってくれるところはなかなかありませんでした。当時住んでいた大阪で、いろんなコーヒーショップに応募したのですが、未経験では採用できないと断られてばかりでした。「他の店で経験を積んでからまた改めて来てほしい」と言われたこともあります。

バリスタになりたい強い気持ちだけではダメなのか......と思いはじめていた頃、雑誌でアメリカの「ブルーボトルコーヒー」が日本に来る、ということを知りました。

その時は、アメリカで人気のお洒落なコーヒーショップ、くらいのイメージしかなかったのですが、転職サイトでブルーボトルコーヒーの採用ページを見ると、「バリスタ未経験でも可」だとわかったんです。

「現時点でのコーヒーやサービスの経験は問いません。大切なのは、あなたがどんな人かということです」

この言葉に、自分の背中を押してもらったように感じました。

Kazuhiko Kuze

最初は味の違いが、分からなかった

とはいえ、未経験だったから苦労したこともあります。

例えば、コーヒーのテイスト。料理の味付けはわかっていたものの、コーヒーの甘さとか酸味といったテイストの違いがわかりませんでした。コーヒーの繊細なテイストの違いが、これまでやっていた仕事とギャップがあったので、慣れるのは大変でした。

コミュニケーションにも最初は戸惑いました。

ブルーボトルコーヒーのバリスタは、お客様とのコミュニケーション力が問われます。コックの時には、厨房の中にいた3〜4人だけでやりとりすればよかったのですが、お客様、スタッフ、上司など、多くの人とのコミュニケーションをとる必要に迫られたのです。

テイスティングは、極めるのが好きな私が熱中できることでしたし、苦手だったコミュニケーションも、いろんな人と会話を重ねていって慣れていきました。

休憩時や、すれ違っただけでも、「最近どんなことしているの」「あのコーヒー美味しかったよね」などと話しかけ、相手と共通する話題を出して会話のキャッチボールをするようになりました。

初めてお店に来るお客様に対しても、コーヒーの感想を聞いたり、何気ない天気の話をしたり、いろんな形でコミュニケーションを取ります。そのお客様がどういう気持でお店に来たのかを知り、お客様の背景を知れば、より親近感が強まるからです。

最初はどうやって話しかけていいかわかりませんでしたけど...。いきなり「コーヒーおいしいですか?」と聞くのも変ですし。マニュアルもありませんでしたから、とにかく実戦で会話力を鍛えていきました。

コミュニケーションをマニュアル化してしまうと、形ばかりの言葉しか口から出てきませんし、相手の話に反応できなくなるんです。できるだけ自然に、相手の気持ちを読み取って話すことがとても大事だと思っています。

Kazuhiko Kuze

好きであれば、辛さもなくなる

仕事の苦労は、経験を積み重ねていくうちになくなりました。コーヒーのテイスティングも、コミュニケーションも、やっていくうちに好きになっていったからです。好きになれば、苦労や辛さもなくなるのでしょう。

バリスタになるためにいちばん大切なのは、コーヒーが好きかどうか。

本当に好きであれば、どんなに大変な苦労をしても、コーヒーのために頑張れる。自分が好きなコーヒーを誰かに飲んでもらうことに喜びを感じられるか。

未経験だった私が3年でリードバリスタになれたのも、そうしたパッションがすべての困難を打ち破ったからだと思っています。

私がバリスタをやっていて一番大切なのは、お客様が口にする最初の一口目。お客様がコーヒーをカウンターで受け取ると、席に持っていく前にその場で飲むこともあるのですが、飲んだ瞬間、お客様が「美味しい」と思うと、それが表情に出ます。その瞬間、自分が美味しいコーヒーを提供できたと確信できるのです。

そのお客様にとっては、美味しいコーヒーを味わう時間が、今まで体験したことのないようなものになるかもしれない。

1杯のカプチーノで私の人生がアタラシイ時間に突入したように、美味しいコーヒーを味わう瞬間瞬間が、その人にとってのアタラシイ時間になるようにと願いを込めながら、私はお客様にコーヒーを提供しています。

HuffPost Japan

ハフポスト日本版は、5月21日〜5月25日の5日間、午後5時から午後7時まで、垣内祥太さんがつとめる「ブルーボトルコーヒー六本木カフェ」で、コーヒーなど4種類のドリンクを無料でご提供します(毎日先着100名の限定)。

ハフポスト日本版が始めたシリーズ「 #アタラシイ時間 」の企画のひとつで、コーヒーを飲みながら「時間の過ごし方」について考えていただけたら嬉しいです。

お店の人に「アタラシイ時間で来ました」と一言いっていただければ、ご提供します。また、TwitterやInstagramでハッシュタグ「#アタラシイ時間」を使って、みなさんの意見や写真も投稿してください。

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