Twitterの140字で言い争う人たちへ。日本の「短歌」から学ぶべき“言葉のマナー”がある。

【カリスマホストの裏読書術 #11】俵万智『サラダ記念日』
HuffPost Japan

Twitterでは、よく言い争いが起きる。

たった140字なのに、色々な解釈が生まれ、誰かを怒らせたり、誤解させたりする。

「言葉って本来は、いい加減なもの。十人十色の解釈があって当たり前。あまり厳密に考えず、もう少しゆるく付き合っていくべきです」。

そう語るのは歌舞伎町のカリスマホスト、手塚マキさん。お店に来たお客さんに楽しんでもらうため、「言葉の力」を磨いてきた。最近のホストはTwitterやInstagramなどSNSで発信する文章が、人気に直結するし、お客さんとのLINEのやり取りも、一言一句考えて送る。

ホスト歴20年の経験があるからこそ分かる、その難しさ。Twitterが世の中に出てくる、ずっとずっと前からある「短歌」を題材に、手塚さんに「言葉との付き合い方」について語ってもらった。

HuffPost Japan

サラダ記念日で「シャンパン記念日」を思い出す

今回の書評では、俵万智さんの歌集「サラダ記念日(河出文庫)」をとりあげます。30年以上前の1987年に刊行されたときは、大きな反響を呼んだそうですね。

たとえば次のような歌。

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの

小難しい言い回しがなく、「カンチューハイ(缶酎ハイ)」という日常的な言葉を使った31文字は、若者を含めてたくさんの人の心を掴みました。近寄りがたい「短歌」が一気に身近なものになり、単行本や文庫あわせて300万部近くの売り上げを記録しました。

歌集「サラダ記念日」200万部突破謝恩「サラダ大賞」発表パーティーの会場に詰めかけた人たちにサラダのサービスをする著者、俵万智さん(1988年3月24日撮影=東京・千代田区のパレスホテル)
歌集「サラダ記念日」200万部突破謝恩「サラダ大賞」発表パーティーの会場に詰めかけた人たちにサラダのサービスをする著者、俵万智さん(1988年3月24日撮影=東京・千代田区のパレスホテル)
時事通信社

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

こちらが本のタイトルにもなった代表作ですね。恋人との何気ない日常の思い出がうまく切り取られている。

僕の友人に聞いてみると、この歌で「ゲイのカップルが食卓を囲む漫画を思い出した」という人もいましたし、「これって母親と息子の話なんじゃない?」という人もいました。

ちなみに職業柄でしょうか、僕は20代バリバリ現役ホストをしていた頃の、甘酸っぱい気持ちを思い出しました。

ホストはお客様との間に起きる小さな出来事を大事にします。「今日は君と初めてあった日だよね」「今日は初めてシャンパンを入れてくれたシャンパン記念日だね」。

俵さんがホストを想定していたとは思えませんが、「記念日」と聞くと、ホストとお客さんの間を行き交う優しいセリフを想像してしまう(笑)。

短いからこそ、解釈は無限?

みんなが知っている簡単な言葉で、たった31文字でストレートに表現している俵さんの歌でさえも、こんなにたくさんの解釈がある。状況や気分によって、感じ方は千差万別です。

スパゲティの最後の一本食べようとしているあなた見ている私

僕の友人は冷めきった嫌味な中年夫婦を想像したみたいです。「さっさと食えよ」という妻の冷たい視線でしょうか。男性と女性の家事分担にまで話が及びました。

一方、僕は最初に読んだ時、ドキドキしました。おそらく初デートであろう、青春の緊張感。目の前に座っている人は、最後に残ってしまった1本のスパゲティの食べ方に悩んでいる。1本だけ丁寧に食べるのは難しい。目を背けてあげるのが優しさなのか。つい想像してしまいます。

Girlydrop

何してる?ねぇ今何を思ってる?問いだけがある恋は亡骸

ヤバいです、これ。売れないホストのむなしさの歌ですよ。LINEをお客さんに送っても既読にすらならずに、消えていく。フラれるのに慣れるのが仕事なんですけど。切なくなります。

土を投げる「迷惑な女性」問題

話は変わりますが、先日、自宅でテレビを見ていた時に、近隣住民に迷惑行為をしている女性のニュースが報じられていました。

自宅の下を通りがかる人たちに、ベランダから土を投げつけるというのです。

その時、コメンテーターが「あの土、柔らかそうでしたね」と言ったんです。番組はそのまま流れていってしまったけど、僕はその発言がめちゃくちゃ面白いなと思いました。

「土が柔らかかったということは、ベランダでちゃんと手入れをしている植物の鉢の土なのかな?そんな大事な土を投げるなんてよっぽど怒っていたんだな」。

僕の中に少しだけ、女性への関心が生まれてきました。

普通に考えれば、近所づきあいの難しさを浮き彫りにするニュースだと思うのですが、土の柔らかさに気持ちがいってしまう僕もいる。そして「土を投げる女性」の人生を想像してしまう。

Kaori Nishida

もっと優しい世界へ

人間って脳内でいつもこんな風に、連想ゲームをしているものなんだと思います。

だからたった140字のTwitterでも、「あーだ」「こーだ」と色々な議論が起きてしまうんでしょうね。

100人がツイートを読めば、100通りの読み方と同時に、100通りに枝分かれした連想の世界が広がっている。

そういう前提に立てば、もう少しゆるく、軽やかに言葉と接するべきだと思いますよね。

そもそも「言葉遊び」はチーム戦。たった31文字でさえも...。

そもそも短歌って、誰か一人のアーティストが生み出すものではなく、歌をつくる人、批評をする人、読みあげる人など、グループで魅力を磨き上げていく芸術なんだと思います。

小林恭二さんの「短歌パラダイス」(岩波新書)という本に詳しいですが、短歌の優劣を競う伝統的な遊び「歌合」では、解釈の違いを複数の人で楽しみながら、ひとつの短歌を複合的な芸術に仕上げていく。

太古の昔から日本人は、たった31文字ですら、1人ではなく、複数で解釈を「完成」させてきたんです。言葉に、唯一の正しい意味なんて、本当はないことが分かっていたのでしょう。

もちろん時にはニュースや災害情報を伝え、正確性が大切にもなるTwitterと、芸術作品の短歌は単純に比べられません。でも、本来Twitterは「つぶやき」のはず。もう少し距離感を持って、つきあえたらな、と感じています。

自分の気持ちと、他人の考えが同じはずはない。そういう前提に立って、言葉の豊かさと、いい加減さに寛容であって欲しいなと思います。気楽に、面白がるくらいのスタンスで。

最後に好きな一首を。

会うまでの時間たっぷり浴びたくて各駅停車で新宿に行く。

もう心がワサワサして居ても立っても居られない!そんな時間を体感したいから電車にのります!行き先は新宿!——言葉って、うまく付き合っていけば、気持ちをアゲてくれる。そのパワーも魅力なんです。

Kaori Nishida

"本好き"のカリスマホストとして知られる手塚マキさん。新宿・歌舞伎町に書店「歌舞伎町ブックセンター」をオープンしました。

Twitterのハッシュタグ「 #ホストと読みたい本 」で、みなさんのオススメの本を募集します。集まったタイトルの一部は、手塚マキさんが経営する「歌舞伎町ブックセンター」に並ぶ予定です。

連載「カリスマホストの裏読書術」は原則、2週間に1回、日曜日に公開していきます。

過去の連載は下にまとめています。ぜひ読んでみてください。

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