サイボウズ式:自己分析をしても、本当の自分なんてみつからない──小説家・平野啓一郎さん

「就活で第一志望の会社や業界にいけなかったとしても、まったく思い詰めなくていいんですよ」
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サイボウズ式

就職活動中、自己分析や面接を重ねるたびに感じる疑問。

本当の私って、どんな人? 今の言葉、本当に私の本心だっけ──?

友人と一緒にいる時の自分と、面接官と対面した時の自分のギャップに違和感を覚え、「本当の自分」の気持ちがわからなくなってしまう人も少なくないのではないでしょうか?

就活生が「本当の自分」がわからず悩む一方で、「たったひとつの"本当の自分"なんて存在しない」と述べるのが、小説家の平野啓一郎さん。著書の『私とは何か──「個人」から「分人」へ』では、人間の顔はいくつもあって、そのすべてが「本当の自分」だと述べています。

自分が何人もいるのなら、会社にどんな自分をアピールしたらいいのでしょう? 疑問に思ったサイボウズ式インターン生の眞木が聞きました。

「『本当の自分』なんて存在しない」ってどういうこと?

眞木:就活で自己分析をしていたとき、私は「アルバイトをしているときの自分」と「留学をしていたときの自分」が全然違うことに気づきました。

平野:なるほど。

眞木:たとえば「考えたらすぐに行動するタイプか?」という質問に対する答えも、アルバイトをしていたときの自分ならイエスだったし、留学したときの自分だったらノーだったと思うんです。

「私には一貫性がない」「本当の自分がわからない」と悩んでいました。そんな時、平野さんの「本当の自分なんて存在しない」という言葉を知って安心したんです。

平野:そうですね。僕は、たったひとつの「本当の自分」なんて存在しないと考えているんです。逆に、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」なんです。

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平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)さん。小説家。1998年に『日蝕』でデビューし、多くの著作を発表。最新作は『マチネの終わりに』。著書『私とは何か――「個人」から「分人」へ』では、小説を書くうちに蓄積された「分人主義」という考え方をまとめる。執筆活動だけでなくTwitter@hiranok)やNews Picks等のSNSでも意見を発信している。
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眞木:詳しく教えてください。

平野:核となる「本当の自分」、つまり自我はひとつで、自己分析ではそれを見つけなければいけない、と思っていませんか?

眞木:はい、思ってます。違うんですか?

平野:実は違うんです。これを説明するためには「分人」という概念を説明する必要があります。

分人というのは、個人よりも一回り小さな単位で、人間は、これらの分人の集合体なんです。

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平野さんによると、左図のような核となる「本当の自分」は存在せず、実際には右図のように、それぞれの「自分」は独立している。いくつもある「自分」のひとつひとつを「分人」と呼び、「分人」は対面している人に応じて現れるという。
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眞木:「分人」とは「キャラ」のようなものでしょうか?

平野:少し違います。「キャラ」という言葉は、中心的な自我が、意識的に社会的なペルソナを演じ分けているというニュアンスがありますが、「分人」は双方向的で、自然発生的なものです。

たとえば、家族といる時の自分と、恋人といる時の自分はキャラを作っているわけではないですよね。でも、完全に同じ自分でもないと思います。

眞木:たしかに......。

平野:家族向けの分人と、恋人向けの分人を持っていると考えるとわかりやすいです。私たちは相手次第で、さまざまな分人が自然と生まれるんです。

だから、「たった一つの本当の自分」がわからないと悩むのは当然なんです。

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自己分析すべきは「生きていて心地よい分人」

平野:「本当の自分は」とか「私とは何か」とか考えるひとつのきっかけが就活だと思います。就活では「自分がどうやって生きていくか」を決めますが、これは職業選択の自由がなかった時代にはありませんでした。

当時は生まれがその人の人生を決めていました。武士に生まれたら武士、貴族に生まれたら貴族、みたいに。

眞木:そうなのですね。

平野:現代は、社会経験がほとんどない10代のうちに、自分のアイデンティティを見定める必要がありますよね。大学3年生で就活を始めないといけない、というのも酷な話だと思いますよ。

眞木:正直、難しいです......。どうすれば自分の生きて行く道を決められるのでしょうか?

平野:対人関係や環境ごとに、いろいろな自分がいるわけです。自分がどの分人を生きているときが心地よいのかを相対的に考えて、自己分析や面接ではその分人を分析したり説明したりしたらいいんじゃないかな。

僕は人間が幸福に過ごす秘訣は、「自分が好きだと思える分人」を生きる時間をできるだけ長くすることだと思っているんです。

眞木:逆に言うと、自分にとってストレスな分人を生きる時間を減らすと幸せにつながる、ということでしょうか。

平野:はい。環境が変われば、分人の構成比率を変えることができますからね。

眞木:分人の構成比率......?

会社を選ぶ時に大事なのは、自分を好きでいられる環境

平野:つまり、自分が抱えている分人の中で、どういう分人が最も大きくなるか、ということです。

誰と過ごす時間を多く持つべきか、誰と一緒にいる時の自分の分人の割合を増やしたいのか、考えてみてください。

眞木:理想的な構成比率になると、どんな効果がありますか?

平野:対人関係のストレスが軽減されるんです。つまり、自分が好きな分人を長く生きることができるようになる。

分人の構成比率は努力では変えづらいですが、環境、つまり付き合う人間を変えれば簡単に変化します。だから、心地よい分人の構成比率で働ける仕事や職場を選ぶことが大事なんです。

眞木:就活を始める以前に、自分がどんな人と一緒にいると心地よいのか、自分が好きな分人はどれなのか知っておくのは大事ですね。

平野:そのために、アルバイトをするのは個人的におすすめです。僕は学生時代、3年間バーテンダーのバイトをしていました。普通に暮らしているとまず接点がない、いろいろな人たちと接してきたおかげで、得意なタイプ、不得意なタイプがわかりましたし、自分のいろいろな分人を知ることができました。

面接で「採用したい」と思わせる方法は意外とシンプル

眞木:内にこもってひとりで自分を見つめるよりも、人と関わっている時の自分を知る方が、納得感のある自己分析ができそうです。ただ、それでも難しいと感じるのは面接の場面です。

初対面の面接官に対し、すぐに相手に気に入られる分人を生むことができたら、面接もうまくいくのかもしれないのですが......。

平野:面接官と一口に言っても、きちんとした人もいれば、変わった人もいますから難しいところです。

でも、僕の付き合いのある出版社で編集者たちは、「明日から一緒に仕事できそうな相手かどうか」を見ていると言ってました。

眞木:意外と感覚的なものなんですね。

平野:面接の場で接しているだけだと、仕事しやすそうな人物かどうか、という感覚でしか判断しようがないですからね。

眞木:そういえば、就活を始めたばかりの頃は、面接では「会社と私」が対峙するイメージがありましたが、対峙しているのは「面接官と私」なんだなと次第に思うようになりました。

平野:そうです。面接の場でも、面接官と「私」の分人同士が対峙しているだけなんです。

だから面接を受けるなら、コミュニケーションしやすそうだったり、爽やかさや人当たりの良さ、柔軟性を感じさせながらも、説得力のある意見を言えたり......。「私と仕事するのは楽しいですよ」という雰囲気の分人であり得る必要はあるでしょうね。

眞木:それ、かなり難易度高いです......。

平野:まあ、難しく考えず、面接官自身がその学生と面接しているときの自分の分人を心地よく感じられたら、好印象を残せたことになるんじゃないかな。

眞木:なるほど! 自分を気に入ってもらおうと思うのではなく、面接官に自分といる環境を好きになってもらえればいいんですね。

当り障りのないことしか言わなかったり、我が道を貫きすぎたり、みたいな振る舞いだと「一緒に仕事しづらそうだな」と思われそう。それは、なんとなくわかります。

平野:面接を受ける分人は、社会に出て仕事をする分人。だから面接という場で、プライベートな自分を相手に理解させようとするのは、ちょっと違いますよね。

眞木:たしかに。面接中に真面目だね、と言われることが多くて「本当は違うのに......」と悩んでいたのですが、面接官との間に生まれた分人も私の一部なんですね。

平野:面接は、自分が社会の中でどう生きていくつもりなのか、見せる場だとも思います。どうか採用してくださいとお願いする感じではなく、この人を採用したいと思わせる必要があるんじゃないかと。

眞木:採用したいと思われたいがために、面接官と向き合っているなかで、よくないとは思いつつも、面接官の話に合わせてしまうことがありました。

平野:別にいいんじゃないですか? そもそもコミュニケーション上手と言われる人は基本的に聞き上手。相手を気持ちよく喋らせるんです。

眞木:え? いいんですか?

平野:面接官が何を言わんとしているのか、ゆっくりていねいにうなづきながら聞くと、悪い印象にはならないでしょう(笑)。

面接官の意見にうなづいてから、「わかります。自分はこう考えていましたが......」と肯定した上で具体的な自分の話を始めればいいと思うんです。だって、そういう人とじゃないと、仕事が出来ないでしょう?

眞木:自分を主張するだけでなく、まずは相手の話を聞くことからですね。

ひとつの会社、ひとつの仕事に絞れなくてもいい

平野:質問に即答したり、意見を主張したりする以上に、相手の言葉をよく聞いて、受け止めて、考えるのが大事かなと思います。人は話を聞いてもらえると、相手に好印象を持つ生き物ですし。面接というコミュニケーションにおいても、一方的ではなく、テニスのラリーみたいにやりとりを続けるのを目指してみてはどうでしょう。

眞木:「質問に簡潔に答えるべし」というのが就活の掟だと聞いていたので、その発想はなかったです。

平野:あと、僕が学生さんたちに伝えたいのは、終身雇用の時代ではなくなったり、副業が認められるようになったりしている今、本当の自分をひとつだけ見定めて、ひとつの会社、ひとつの仕事で自己実現を図るのは実質的に不可能だということです。

眞木:転職をするのも一般的ですしね。

平野:そうそう。だからもし就活で第一志望の会社や業界にいけなかったとしても、まったく思い詰めなくていいんですよ。

ひとまず興味のある分野に就職して、目の前の仕事に取り組みながら、他にも興味のあることを余裕のある範囲でやってみればいい。そっちの方がより面白くて収入にもつながるのであれば、そっちの道へ進んでいけばいいわけですし。

眞木::就活をしていたころの悩みが解決しました! 本日は本当にありがとうございました!

執筆・池田園子/撮影・瀧本幹也(1枚目)、栃久保誠(3枚目)/企画編集・柳下桃子、眞木唯衣

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」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。 本記事は、2018年1月31日のサイボウズ式掲載記事
より転載しました。