「クリエイティビティと相反するイメージの『NO』ですが、実はNOにこそヒントがあります」
そう話すのは「1日1発明」を習慣にしているという高橋鴻介さん。
これまで、触覚を使って遊ぶユニバーサルゲーム「LINKAGE(リンケージ)」や、視覚障害のある人が使っている点字の上に文字を重ねて、目が見える人も読めるようにした「Braille Neue(ブレイルノイエ)」などを通して、社会にある「壁」を溶かすアイデアを形にしてきた若き発明家だ。
発明と聞くと、特定の分野に特化した研究者や技術者が臨む「スゴいこと」を想像しがちだが、高橋さんは「誰でも発明家になれます」と言う。
11月30日、ハフポスト日本版は、連続ワークショップ企画「未来を作る×ピントとミカタ」を日建設計イノベーションデザインセンターとのコラボで開催。参加者の「発明体験」を追った。
JAXAの扉を叩いた学生時代から「発明家」になるまで
電気の街・秋葉原で育った高橋さんは、幼い頃から電子部品に囲まれて過ごし、ものづくりやロボット、SFなどに興味を持つようになったという。ものづくりへの情熱はもちろん、そのフットワークの軽さに参加者は驚かされた。
「大学の卒論のテーマには『食糧生産のための宇宙船』を設定しました。JAXAにプレゼンをしに行って『全然ダメだね』って言われたこともありますね(笑)」
他にも、他人と体の機能をシェアできる忍者型ロボット「NIN_NIN(ニンニン)」や、言語を介さずに色々なスポーツができる「ARゆるスポーツ」などを発明してきた高橋さん。ユニークで多様な発明の中心には「異なる人々をつなぐ、接点を生み出す」という共通項がある。
「互いの『違い』を面白がれたらいいなって思うんです。発明を通して壁を溶かすことが、僕のしたいことなんだと思います」
発明のヒントは、「弱い発明」をシェアしつづけること
司会を務めたハフポスト日本版の中田真弥記者が「アイデアの着想はどこから得るのでしょうか?1日1発明を考えるのは自分には難しそうだなと感じます」と質問すると、高橋さんは「弱い発明」をどんどんアウトプットすることが大切だと語った。
「きっかけは弱くていいかなと思うんです。同じようなルーティーンの中にいても、電車で自分の体の置き場所をいつもと変えるとか、日常に小さな変化をつけるんです。僕はアイデアが次々に浮かんでくるタイプではないからこそ、数を打つようにしています」
また、高橋さんはきちんとしたアイデアが形になっていなくても、誰かにシェアすることも大切だと話す。
「誰かに言われて『これってオリジナルの視点だったんだ』と気づくことも結構あるんです」
中田記者が「なんだか私も発明できる気がしてきました!」とコメントすると、高橋さんは「もちろんできますよ」と笑みを浮かべ、参加者と共に発明の一歩を踏み出すワークショップについて説明した。
良い発明家・起業家は、「普通の出来事にイラつく」
ワークショップでは、高橋さんが考案したNO“NO”法というアイデア発想法を実践することに。まずは身の回りにある「NOを探す」ことから始まった。
高橋さんは「『NOを探す』というのは、暮らしのなかで『嫌だな』と思うことを見つけることです」と説明した。「NO」は人を惹きつける魅力や社会を変える可能性も秘めているという。
例えば、徳島県の大塚国際美術館では、一般的な美術館では御法度の「手触れ」をOKにすることで、塗り重ねられた絵の具の厚みや筆遣いも確かめられると話題になり、年間42万人が来館する人気の美術館となった。
「僕の好きな言葉に『良い発明家・起業家は、普通の出来事にイラつく』というものがあります。例えば、今では信じられないかもしれませんが、昔は雨が降るたびに車を降りてフロントガラスを拭いていたといいます。昔の人にとっては『普通』のことを『めんどくさいな』と思った人がいたからこそ、車のワイパーが発明されたそうです」
会社、昔通っていた学校、住んでいる地域、家族、趣味…どんな場面のことでもいい。イラッとした、いらないなと思う、何であるんだ?と思う「NO」を、参加者は5つ考えてみた。
「〇〇ならではのアイデア」にNO!個性豊かなオリジナルなNOの数々
参加者は、15分のシンキングタイムを経て、それぞれに探した「NO」をオンライン投票サービス「Slido」に匿名で投稿した。
はじめは自信なさげな表情の参加者たちだったが、1つ、また1つとユニークな「NO」が追加されていくにつれて、その表情は明るくなっていった。
「ベルマークにNO!集計の手間がかかるのに寄付額は小さくて効率が悪い!」
「出勤時の重い荷物にNO!重い荷物持っての電車移動はキツい」
「改札口にNO!混雑するし面倒すぎ」
身近なことに対するNOの声に、参加者は共感するように深く頷いたり、ハッとした表情を浮かべたりした。
また「Win-WinにNO!そう言ってくる人が大体の確率でWinしてる!」という意見には、会場から笑い声も上がり、気づけば会場はクリエイティブで遊び心のある雰囲気を帯びていた。
Z世代の参加者からは「『Z世代ならでは』のアイデアにNO!ならではじゃないとダメ?」と一石を投じる声が寄せられ、「未来の可能性を秘めた世代」という肩書きがかえって個人の可能性を狭めているデメリットに光が当たる場面もあった。
後半では、前半で寄せられた「NO」をひっくり返し、どんな発明ができるかを考えた。
高橋さん曰く、例えば和洋で一見反対に見える「抹茶」と「ラテ」や、「たらこ」と「スパゲッティ」のように、相反する文化やイメージをぶつけることがアイデアの突破口になることもあるという。
「例えば、静かなイメージのある映画館で、大声OKだったら面白そうですよね」(高橋さん)
参加者からは、ユニークな「発明のヒント」が続々と投稿された。
「手ぶらOKの会社、就活、海外旅行もいいかも?」
「切符なくてOKの駅。エキュートの売上が上がりそう!」
「飲み物の持ち込みOKのレストラン。料理に合う飲み物を自分で考えたい!お客さんに考えてもらうことでお店の学びにもなるかも?」
ほんの30分前まで「発明って誰にでもできるの?」と首を傾げていた参加者が、次々と楽しそうにアイデアを出し合う様子を見て、隅から見ていた筆者も、つい「こんなのはどう?」と参加したくなってしまった。
中でも参加者から共感を集めたのが「笑顔OKのお葬式」だ。投稿した参加者は「せっかく子どもや親族、友人たちが集まる機会で、思い出話が弾むことだってあるだろうに、笑顔を見せてはいけない雰囲気がありますよね。私は笑顔で見送って欲しいなと思うんです」と語り、会場のあちこちから「うんうん」と同意する声が聞こえた。
発見あり、笑いありのワークショップ。Slidoにはアイデアがどんどんと追加され、時間が足りなくなるほどの盛り上がりとなった。
最後に高橋さんは、「自分の弱いオリジナリティ」に気づくことが同イベントの裏テーマだったと説明し、「どうせ他の人も同じアイデアを思いつくでしょう?と封じ込めないでください」と語りかけた。
イベント後、いつもと同じ景色のはずの帰り道が、いつもよりも色鮮やかに見えた気がした。この景色のなかにも、きっと「弱い発明」の種が隠れているはずだ。