画像集)戦後72年をへて明かされた356通の手紙

生き残ったもの、戦没者、遺族、若者......。手紙がつむいだ過去・現在・未来
Open Image Modal
Kazuhiro Sekine

沖縄戦で部下が死んだことを一刻も早く遺族に知らせるため、伊東孝一さん(97)=横浜市金沢区=は戦後直後、約500人の遺族に手紙を書いた。

その返事として遺族から送られてきた356通の手紙を、伊東さんは大切に保管してきた。「墓場まで持っていく」。手紙を持ちづけることは、伊東さんにとって「贖罪」を意味していた。

伊東さん、戦没者、遺族......。それぞれの思いを写真で振り返る。

Open Image Modal
沖縄戦の壮絶な状況を語る伊東孝一さん=横浜市金沢区
伊東孝一
Open Image Modal
伊東さんの戦死した部下たちの遺族。伊東さんの話に聞き入った=横浜市金沢区
Kazuhiro Sekine
Open Image Modal
伊東さんの話を聞く学生ら(右)。伊東さんから手紙を託され、遺族のもとに手渡す活動を続けている=横浜市金沢区
Kazuhiro Sekine
Open Image Modal
札幌市に住む北山みどりさん。兄は伊東さんの部下で、沖縄戦で亡くなった。母が伊東さんに書いた手紙を学生らから受け取り、当時の様子を語った=札幌市中央区
Kazuhiro Sekine
Open Image Modal
北山さんの話に涙を流す神奈川大4年の根本里美さん=札幌市中央区
Kazuhiro Sekine
Open Image Modal
北山さんが戦死した兄から受け取った手紙。当時、兄は満州にいたが、その後沖縄に転戦し、戦死した
Kazuhiro Sekine
Open Image Modal
北山さんの父が伊東さんに送った手紙。息子を失いながらも、気丈に生きていく決心が書かれていた。戦後70年あまりをへて、娘である北山さんの手元にとどいた=札幌市中央区
Kazuhiro Sekine
Open Image Modal
北山さんに手紙を手渡した学生たちは、沖縄で遺骨収集にも取り組んでいる。そこで見つかった兵士らの認識票を北山さんにも見せた=札幌市中央区
Kazuhiro Sekine
Open Image Modal
手紙を渡し終わり、北山さんに別れを告げる学生ら。学生らの目には涙があふれた=札幌市中央区
Kazuhiro Sekine