世界王者のパイロット・室屋義秀が語る、航空産業の未来。「海外の真似じゃなく、地道な人づくりを」

レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップで、2017年にアジア初の王者となった室屋義秀さん。東日本大震災での被災を乗り越え、“操縦技術世界一”を目指す男が考える、航空産業の未来とは──。
Open Image Modal
2019年7月14日に行われたハンガリーでのレース
Joerg Mitter / Red Bull Content Pool

最高時速370km、最大重力加速度12G──。

想像しがたい過酷な環境下で、一流の飛行技術を持つパイロットたちがスピードと技術を競う世界大会、レッドブル・エアレース・ワールド・チャンピオンシップ

「空のF1」とも称される同大会だが、2019年9月7・8日に千葉で行われる試合を最後に幕を下ろす。

2017年、この大会で“アジア初”の年間王者となったのが、パイロットの室屋義秀さんだ。

パイロットとして主に海外などでのレースに参戦しながら、今年から航空産業の啓蒙を目的とした新たなプロジェクトを始め、未来を担う人材の育成に力を注いでいる。

長らく参戦してきた舞台の終わりを前に、いま何を思うのか。自身の考える航空産業の未来についても聞くため、筆者は室屋さんが拠点とする福島の飛行場へと向かった。

Open Image Modal
室屋さんが拠点としている飛行場・ふくしまスカイパーク
HARUKA OGASAWARA

目指すのは、「操縦技術世界一」だという室屋さん。

20歳の頃にアメリカで飛行機の操縦免許を取得して以来、国内各地でエアショー活動を行いながら、エアロバティックス(曲技飛行)の技術を磨いてきた。

レッドブル・エアレースには2009年に初参戦。日本人として、かつアジア地域から初めての参加だった。

2010年の第7戦から13年シーズンにかけてレースは休止となったが、14年のレース復活から再度参戦し、2016年の千葉大会で自身初優勝。2017年には日本人・アジア初となる年間総合優勝に輝いた。

「こんな時だからこそ行ってこい」その一言に“使命”を帯びた

世界一に輝く過程で忘れてはならないのが、2011年の東日本大震災だ。

震災を契機に、自身が空を飛ぶことの意味が1つ新たに加わったという。

当時を思い出すと、2010年9月にレッドブル・エアレースがいったん休止となって、目標を何に定めようかと考えている中で、2011年に入って、エアロバティックス(曲技飛行)の世界選手権に参戦しようということで準備を進めていた矢先に、東日本大震災がありました。

この拠点(ふくしまスカイパーク)も滑走路に亀裂が入るなどして被災したこともあって、世界選手権への参戦も断念せざるを得なかった。

まず、何よりも復興。生活基盤を整えないといけない状況でしたから。

「大変、どうしようかなぁ」と思うところは正直ありましたけど、ギブアップしなかったのは、「こんな時だからこそ、(レース)行ってこい」と、地元の方が背中を押してくれたからです。そのおかげでリスタートが出来た。

「操縦技術世界一」という目標は飛び始めた当初から変わったわけじゃないので、レースに出る意味自体は、震災があったからといって変わっていない。

でも、あの震災が契機となって、地元との繋がりをより一層感じるようになったし、復興支援についても、地元の人たちへの恩返しをしたいという思いは強くなりました。

レースへの出場で頻繁に海外で活動する中で感じるのは、やはり福島に対しての風評被害や原子力災害について、かなり誤解されている面がいまだに多いということ。

「フクシマ」という名前を出すと、海外の人に「おっ」と引かれることもまだあったりして…。

もちろん場所によっては、放射線量がまだ高いところもなくはないですけれど、非常に限られた場所になってきている。

そういうことを正しく伝えることは、震災復興に向けて自分にも出来る活動だろうなということで、そのような使命を勝手に帯びたところはありますね。

Open Image Modal
自身のレース機を前にレッドブル・エアレース最終戦への意気込みを語るパイロットの室屋義秀さん
HARUKA OGASAWARA

「海外の真似をしても解決出来ない」肌で感じた、航空文化における日本と海外の差

地元・福島へ思いを馳せながら、世界を舞台に戦う室屋さん。

海外でのレースに参戦する中で、日本と、アメリカのようないわゆる“航空先進国”と言われる国との航空文化の差を肌で感じてきたという。

文化の差でいえば、まず、航空機の数とかインフラの規模が全く違いますからね。

小型機で言えば、日本だと600機から700機くらいしかないけど、アメリカなどの海外だと40万機くらいありますから...(笑)

それに比べると日本は、まだまだ少ない。飛行機を身近に感じられるところがまだまだ足りていないんです。

海外は飛行場も充実しているので、一般の人でも操縦ライセンスを持っていて、移動手段の1つとして飛行機を利用する人が結構多いですから。

だから当然、それに付随した雇用なども自然に生まれるわけで。

これを今、日本が現状を変えようとして海外の真似をしても、いろんな困難があって、きっと10年でも解決できないレベルだと思いますから…。

まずは出来るところから、産業全体を盛り上げる必要があると思います。

Open Image Modal
目指すのは「操縦技術世界一」。その目標は飛び始めた頃から変わっていないという
Red Bull Air Race World Championship, 2018, Stop 6 - Wiener Neustadt

新たな人材育成プロジェクト「空ラボ」を始めたワケ

パイロットとしてレースに参戦する一方、室屋さんは2000年に自身が設立した株式会社パスファインダーの代表取締役を務めている。

そこで新たに始まった取り組みが、航空をテーマとした「空ラボ」という体験型のプロジェクトだ。未来の人材育成を目的として、2019年5月から始まった同プロジェクトで、室屋さんは特別講師を務めている。

この取り組みを行う背景の1つにあるのが、航空産業の人材不足。

日本と世界の航空文化の違いを目の当たりにしてきた中、人材の育成こそが、航空ビジネスの未来を明るくすることに繋がると、室屋さんは信じている。

航空産業における人材不足は、日本だけでなく世界全体で深刻な状況になりつつある。

ボーイング社の発表した「2018年パイロットと技術者予測」によれば、世界の航空機の総数が2037年には現在の2倍となり、その影響で、今後20年間に新たに79万人のパイロットが必要になる。

このような状況の中、未来を担う人材を育てることで将来の人材不足を解消したいという思いが、「空ラボ」を始めた1つの理由だと室屋さんは語る。

パイロット不足が叫ばれていますが、今の日本はそれに限らず、整備士や運航管理などの職種に至るまで、様々な職種で仕事に従事する人口が足りていないんです。

ただ、自分はあくまで一人のパイロットですから、空港を作ったりは出来ない。

でも、エアショーやエアレースを通じて、航空産業にまず興味を持ってもらえるように「入り口」を作ることはできる。

だから、エアショーを各地で開いているんです。

それを見ることで、「飛行機って、こんなこともできるんだ」とか、「こんな飛行機もあるんだ」ということを知ってもらえればいいなと思っています。

そういうきっかけを提供できたら、今の時代、あとはインターネットがあるので自分で調べたり出来ますから。

そこから「パイロットになりたい」とか「整備士になりたい」とか、職業選択の幅も広げられるかなと思っています。

だからこそ、地道な人づくり、人材育成が重要だし、それに対して自分に貢献できることは何か、常に考えていますね。

「空ラボ」のプログラムは、もちろん“航空”をテーマに設定しているが、そこで教えるのは、決して航空の専門的な知識や体験だけではない。

特徴の1つが、子供たちに目標を設定させ、仲間と議論をさせる自主性を特に大切にしていること。

目標に向けてどのようにアプローチすれば達成できるのか、そのためにどうすべきなのか、“自ら考える力”を養うことが狙いだという。

「その力は、きっと航空業界に就職しなくとも、最終的に社会を生き抜く上で役に立つはずなので」と室屋さんは話す。

Open Image Modal
「空ラボ」中学1・2年のコース。仲間と議論をさせる自主性を特に大切にしている
株式会社パスファインダー

9月7・8日に最後となるレッドブル・エアレースの試合が行われる千葉の空は、2016年に初優勝を飾り、自身が「最も思い出にある」と表現する場所。

未来を担う子供たちに、その勇姿を見せる時がきた──。

Open Image Modal
福島県と共に開催したスカイスポーツ教室での一枚
株式会社パスファインダー

【関連記事】