山中伸弥教授 記念講演サマリー

山中先生の講演は、お父様とのエピソードから始まりました。
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畑恵

京都大学 iPS研究所所長の山中伸弥教授を講師にお迎えし、綱町三井倶楽部で開催された「ビジョン・デザイン・セミナー」。

この政策研究会を主催させていただいてから、もう24年の月日が経つわけですが、議員バッジの有る無しにかかわらず、ここまで支え続けて下さった皆様に、あらためて心から御礼申し上げます。

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畑恵

当日の会場は山中先生が登壇されるとあって、これまでにない熱気と緊張感に包まれていました。

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畑恵

また、長年発起人を務めて下さっている、前ユネスコ事務局長の松浦晃一郎氏、東洋大学理事長の福川伸次氏、登山家の今井通子氏、漫画家の里中満智子氏をはじめ、各界を代表される皆さんがご出席され、錦上華を添えて下さいました。

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畑恵

山中先生の講演は、お父様とのエピソードから始まりました。

工場の経営者だった山中先生のお父様は、輸血の際に肝炎に感染され、57歳の若さでこの世を去ります。

工場を継がなくていいから医者になって欲しいというお父様の願い通り医師になった山中先生ですが、肝硬変を患う父を救えなかったことに限界を感じ、発明や発見によってより多くの人を救える可能性がある研究者へと転身します。

その後、米国に留学。留学先のグラッドストーン研究所では、所長のロバート・マーレ博士から、研究者として成功するための秘訣「VW」を伝授されます。

「VW」とは、マーレー博士の愛車フォルクスワーゲンではなく、「Vision & Work hard」、つまりビジョンを掲げて懸命に努力することを意味しています。

山中先生のビジョンは、自分の父親のように「病気に苦しむ患者さんを一人でも多く救う」こと。

だからこそ、たとえiPS細胞の樹立によりノーベル賞を受賞しても、それは一つの通過点に過ぎず、その研究成果を一日も早く実用化して患者さんの病を治すというゴールに向かい、山中先生は今日も走り続けているわけです。

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畑恵

iPS細胞の樹立に至るまでの道のりも、決して平坦ではありませんでした。

留学先の米国から日本に戻ると、実験用のネズミの世話に追われるなど米国に比して劣悪な日本の研究環境に悩まされ「鬱(うつ)」を発症、また医師に戻ろうかという直前まで追い込まれます。

それでも、奈良先端科学技術大学院大学で研究室を持つことができたことをきっかけに、この先何十年かかっても解明できないかもしれないけれど、それだけにとても大きな夢と可能性のあるiPS細胞の研究に、若き研究者や技術者とともに取り組みます。

やがて、人間の体細胞にたった4つの遺伝子を導入するだけで細胞が初期化(リプログラミング)し、様々な組織や臓器に分化することを発見。

こうして作製された細胞を多能性幹細胞(iPS細胞)と名付け、ノーベル生理学・医学賞を受賞します。

iPS細胞は、新たな臓器や組織を移植する再生医療を飛躍的に発展させることはもちろん、病気の原因解明や新たな薬の開発などにも画期的な可能性を開きました。

実は、こうしたiPS研究を発展させ、実際に患者さんを救う上で欠かせないのが、移植後に免疫の拒絶反応を起こしにくいスーパードナーからiPS細胞を作成し保存しておく「iPS細胞ストック」というプロジェクト。

山中先生が所長を務める京都大学iPS研究所では、iPSに関する基礎・応用・実用化研究を進めると同時に、iPS細胞のストック事業に取り組んでおり、企業が販売するとなれば1株1億円にもなると言われるiPS細胞を、現在10万円で各研究所や大学に提供しています。

国からの助成を受けているからこそ可能であるこのiPS細胞ストック事業ですが、近年ではiPS研究の急速な進展とともに細胞の供給が需要に追いつかない状況です。

ただ、細胞の供給を企業に任せてしまったら、原価コストだけでも1株3000万円かかるiPS細胞の販売価格は1億円を下らないとも言われ、結局これでは高額な医療費を払える人しかiPS研究の恩恵に浴せなくなってしまいます。

それではいけないと、山中先生は国内外のマラソン大会に出場し、講演会を精力的に行うなどして寄付を募り、iPS研究所を支えているわけです。

今回のセミナーでも来場者に寄付を呼びかけたところ、既に数千万円もの寄付がiPS研究所へ寄せられていると聞いています。

セミナーでの山中先生のお話しはYouTubeでご覧になれますので、是非直接お聞きになって、iPS研究にご支援を宜しくお願いいたします!