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2018年11月15日 11時43分 JST | 更新 2018年11月15日 11時43分 JST

長崎の原爆で被爆した故・谷口稜曄さんを描いた『ナガサキの郵便配達』復刊。核兵器廃絶を訴え続けた「赤い背中の少年」の物語。

背中一面に大やけどを負った谷口さんは、入院中に撮影された赤い背中の写真とともに、国内外で核兵器廃絶を訴え続けた。

ニューヨークの国連本部で、被爆半年後の自分の写真を掲げながら演説する谷口稜曄さん=2010年、朝日新聞社撮影

 長崎で被爆し、「赤い背中の少年」の写真で知られる故・谷口稜曄さんらを描いたノンフィクション小説『ナガサキの郵便配達』の日本語版が、今年夏の長崎原爆の日(8月9日)に出版された。英国人作家の故ピーター・タウンゼントさんの著書で、約30年前にも一度出版されていたが、当時は英語版よりもかなり短いフランス語版からの翻訳。完全な形での邦訳は今回が初めてとなる。「ナガサキの郵便配達制作プロジェクト」代表の齋藤芳弘さん(72)は「この小説を平和の教科書として日本中の高校生に配りたい」といい、クラウドファンディングで支援を募っている。

 谷口さんは16歳の時、自転車で郵便配達中、長崎に落とされた原爆の爆心地から約1.8キロの路上で被爆した。背中一面に大やけどを負い、1年9カ月はうつぶせのままだった。退院できたのは被爆から3年7カ月後。入院中に撮影された赤い背中の写真とともに、国内外で核兵器廃絶を訴え続けた。2017年8月、88歳で亡くなった。


【動画】谷口さんが生前に残した「最後のメッセージ」(長崎原爆被災者協議会のYouTubeチャンネルより)

 ピーター・タウンゼントさんは英空軍のパイロットや英王室の侍従を務めた後、作家・ジャーナリストに転じ、1984年に『ナガサキの郵便配達』を出版した。作品では、谷口さんの半生を中心に、長崎で被爆した人々が生死の淵を彷徨う姿、そして戦後にどのような人生を歩んでいったかを克明に描いている。翌85年にフランス語版を元に日本語の翻訳版が出版され、高校の国語教科書に掲載されたこともあったが、いつしか絶版になっていた。

 グラフィックデザイナーで出版の経験もある齋藤さんに、相談があったのは4年前。齋藤さんは85年の翻訳版を手に入れて読み、「唯一の被爆国の国民と言いながら、原爆のことについて何も知らなかった」とショックを受けた。同時に、谷口さんの生き方に深い感動を覚え、本人に会いに行った。

「死ぬ寸前までいったのに、そういう経験をされた方とは思えない。澄んだ目をきらきらと輝かせながら話す姿は、老人なのに少年のような人でした。この人のためなら、何でもしてあげたいという気持ちになりました」

 詳しく聞いてみると、谷口さんはただ復刊するのではなく、原書の英語版から新たに翻訳した上での出版を望んでいた。フランス語版やそれを元にした日本語版は、英語版よりも9章分短く、谷口さん以外の被爆者の記述が大幅に削られていた。「原爆の後遺症に悩んでいる人はいっぱいいるのに、フランス語版を元にした以前の日本語版には自分のことしか出ていないということを気にしていたようでした」と齋藤さんは振り返る。

 出版を約束したが、翻訳を依頼した作家の作業がなかなか進まず、プロジェクトは難航した。昨年夏、出版のめどが立たないまま、谷口さんが亡くなってしまい、齋藤さんは深く後悔した。「これ以上は待てない。一刻も早く再版を果たし、天国の谷口さんに届けなくては」

 齋藤さんは依頼していた作家に断りを入れるとともに、中里重恭・元清泉女子大学教授が私的に作っていた日本語訳を元に、出版準備を進めた。中里氏は以前、古本屋で英語版の原書を偶然手にして感動し、学生に読ませるために直訳を作っていた。齋藤さんらの出版計画を知り、かねてから協力を申し出てくれていたという。

会見で話すイザベル・タウンゼントさん(左)と齋藤芳弘さん=2018年8月、東京都千代田区

 今年夏の出版を前に、ピーターさんの長女で女優のイザベル・タウンゼントさんも来日。東京都内で会見し、谷口さんの思い出を語った。イザベルさんも85年に谷口さんに会ったことがあり、ピーターさんが「背中を娘たちに見せてくれないか」と頼むと、谷口さんはシャツを脱いで見せてくれたという。イザベルさんは「皮膚が紙のようでした。原爆で体がいかに傷ついてしまうのかを知り、とても衝撃を受けました」と当時を振り返った。(2018年8月4日朝日新聞夕刊より)。

 『ナガサキの郵便配達』には、谷口さんが治療の痛みに耐えられず、「僕を殺して」と医師に懇願したり、やけどの痕がひどかったために結婚を断られたりする場面なども描かれている。傷痕にショックを受けた我が子に向けて谷口さんが語りかけるシーンは、谷口さんのメッセージが凝縮されたシーンだ。

僕らは、原子爆弾がどんなにひどく僕らの体を傷つけ焼き焦がしたか、他の人みんなに知ってもらうために、話を聞いてもらいたい。それは僕らだけが、原子爆弾にやられることがどんなに恐ろしいかをみんなに話すことができるからなのさ」(谷口さんの言葉。『ナガサキの郵便配達』第25章より引用)

僕らの町の標語は『平和を長崎から』だけど、『長崎からの祈り―僕らの町が原子爆弾攻撃を受けた最後の町でありますように』とかにした方がいいと思う」(同上)

新たに翻訳・出版された「ナガサキの郵便配達」

 齋藤さんは『ナガサキの郵便配達』を「平和の教科書」として、若い人たちに読み継いでいってほしいと考えている。その第一歩として11月初め、長崎県内にある20の高校に約3200冊を寄贈した。今後、他の高校にも拡大していく考えで、クラウドファンディングで支援を募っている。

「広島は原爆ドームという世界に発信できるシンボルがある。長崎にとっては『赤い背中の少年』で、生涯をかけて核兵器廃絶を訴えた谷口さんがシンボルだった。谷口さんは亡くなってしまったが、この本を1人でも多くの人に読んでいってもらうことで、長崎のことを伝え続けていきたい」

 クラウドファンディングによる支援受付は11月28日まで。詳細は、https://a-port.asahi.com/projects/the-postman-Nagasaki/ (伊勢剛)