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8月9日は「長崎原爆の日」。広島に続き、長崎市内で人類史上2発目の原子爆弾が投下され、1945年だけで7万人以上が亡くなった。77年目のこの日、多くの著名人が平和への願いをつづった。
長崎に米軍の原爆が投下されてから77年。8月9日、爆心地近くにある長崎市の平和公園で平和祈念式典が開かれました。
長崎に原爆が投下されてから77年。7万人以上が犠牲になった長崎への原爆投下について、写真で振り返ります。
国連のグテーレス事務総長も初めて参列。「核兵器保有国が核戦争の可能性を認めることは断じて許容できない」となどと訴えました。
広島で被爆した実在の少女と軍医を描いた漫画『あの日、ヒロシマで』。広島出身の作者が被爆者の体験を描くようになったのは、「わしも原爆に遭っとるんで」という祖母のひと言が始まりだった。
中沢啓治さんが語った壮絶な被爆体験。『はだしのゲン』は「一族の恨み」を晴らすための戦いだった。
10月24日、貧血による不整脈のため、広島市内の病院で死去した。通夜・葬儀は25、26日に家族のみで営まれたという。
地元は大会組織委員会に支払いを求めたが、受け入れられなかった。
7万人以上が犠牲になったと言われる、長崎市への原爆投下。凄惨な記録を振り返ります。
菅首相は「非核三原則を堅持しつつ」と日本の立場を説明する場面で、核軍縮の進め方をめぐる各国の立場の違いへと話を変えてしまい、意味が通らなくなった。