医学生が実習で訪れた千葉県内のクリニック。患者数が10万人を超えていることに驚いた学生たちが、その理由を探りレポートにまとめました。そこで明らかになった秘密とは?
当院は大学に近いこともあり、医学部・看護学部・薬学部の学生や研修医の実習先になっています。公衆衛生学の地域医療の実習で当院を訪れた千葉大学医学部の6年生が、当院の患者数が10万人を超えていることに関心を示しました。
「短い期間ですが、なぜこのクリニックの患者数が多いのか探ってみたいと思います。それを実習レポートにまとめたいと思いますが、よろしいでしょうか?」と彼らは言いました。
彼らが暴き出した(笑)「当院の秘密」とは、以下に述べるようなものでした。学生たちが書いたレポートの文章を引用(カギ括弧で記載)しながらご紹介します。
《秘密1》医療はチームワークである
「スタッフ同士のチームワークの良さが、多い日は一日あたり400名を超える診療を可能にしている」
仕事の流れをみんなが理解しているので、いちいち相談しなくとも、自然に業務分担が行われていることを指摘していました。そのために、どこにもボトルネックが生ぜず、診療がスムーズに流れると分析しており、チームワークの良さが院長の負担を大幅に軽減していることが述べられていました。
さらに、「患者さんもチームの一員というコンセプトが徹底している」ことに関しては、慢性疾患から急性疾患までの、いくつかの実例を挙げて論証していました。
彼らは血圧手帳を取り上げていましたが、当院では患者さんに、自宅で、寒くないところで、リラックスしている状態で測定した血圧を記録して、診察時に持参してもらいます。血圧の治療内容は夏と冬で異なりますから、われわれがその判断を下すのに、この手帳はとても役に立ちます。なによりも、患者さんご自身に、自分も治療に参加しているという自覚をお持ちいただけるようになります。
急性疾患では、かぜ薬を服用するかどうか、あるいは喘息の吸入薬を1日2回にするか1回にするかといった判断を、すべて患者さんに任せることに、医学生は驚いたようです。
《秘密2》絶えざるイノベーション
「稲毛サティクリニック独自の診療システムをさまざまなところで目にした」
「常にもっと良い方法があるのではないかと、向上心を持ちつづけること」
レポートには予防注射の打ち方から胃のレントゲンの撮り方にいたるまで、わずか二日で良く観察できたものだ!と驚くような事例が挙げられていました。
予防注射は小さな子どもにとって、白いお化けが鉛筆ほどの太さの針をもって迫ってくるようなものです。あろうことか、ただ一人の味方であるはずのお母さんは、後ろから自分を羽交い絞めにして、お化けに差し出します。この裏切り者~! これが子どもの心の傷として残らないはずがありません。
当院では子どもの向きを逆にして、お母さんにしがみつかせます。そしてお母さんに子どもをギュッと抱きしめてもらいます。この姿勢で注射を打つと子どもはあまり痛がりません。お母さんが白いお化けから"命がけで"自分を守ってくれた!という安心感があるのでしょうね。
レントゲンは、撮影よりも透視のほうがはるかに多くの放射線を浴びることになります。胃がん検診で大量被曝をさせるわけにはいきませんので、当院の透視の曝射時間は1分足らずです。位置決めのために透視をしつづけるようなことは絶対にしません。
《秘密3》とりあえず家庭医
「自分の手におえないケースでも、患者さんよりはるかに多くの情報を持っている医療機関が、その患者さんにとってもっとも幸せな道を示してあげる、これを"ベストウェイの選択"と言って、家庭医のもっとも大切な使命である」
「その使命を果たすために、土曜日も日曜日も外来診療を行っていること」
私が患者さんに、「なにか困ったことがあったらとりあえず家庭医を受診しましょう」と言っているのを聞いて表題に挙げたそうです。数は追い求めるものではなく、後からついてくるものであることにも気づいてくれたようです。
《秘密4》正々堂々
「稲毛サティクリニックでは、何か検査をすると、結果をかならず患者さんに手渡していました」
「診断の誤りや、薬の間違いなどのミスがあると、正直に患者さんに謝罪していました」
自分たちでは当たり前のことが、外からは目新しく見えるようです。当院ではレントゲンなども求めに応じて快く貸し出しています。レントゲンのフィルムは2年間の保存義務があるので返していただかなければなりませんが、肺炎や気胸などの患者さんには、夜間の急変時に比較できるように、こちらからお願いして手元に置いてもらうこともあります。
ミスについては、隠せば不信感が芽生えます。医療は信頼の上に初めて成り立つものだと思います。当院は開業以来20年以上にわたり訴訟案件ゼロをつづけています。
《秘密5》患者離れの良さ
「院長先生が病診連携のみならず、診診連携に力を入れていることを強く感じました。『ボクは中くらいの名医だけど、あの先生はすごい名医だから』と地図を渡す姿が印象的でした」
これだけ高度に医学が細分化し、日々進歩していくと、個人がいくら努力しても、そのすべてをフォローすることはもはや不可能です。もちろん日々の診療で経験値は上がりますが、医療は経験則だけで対処できるような、安易なものではありません。
医療はチームワークであるというのは、ひとつの医療機関だけの事象ではありません。これからの時代、病診連携・診診連携・多職種連携・他職種連携......連携の輪はどんどん広がっていきます。ネットワークとしてつながることを億劫がっていては、自分自身がどんどんガラパゴス化してしまいます。
《秘密6》笑い声の多い外来
「院長先生の『ノロウィルスはとてもうつりやすいので、なるべく嫌な人のそばにいてください』とか、『おいしいトローチと、まずいうがい薬と、どっちがいいですか?』などが記憶に残っています」
「入れ歯を外すと、『おばあちゃん、そんなにいっぱい歯を抜いて、ちっとも痛がらないから偉いね』と孫がほめてくれる」とか、孫の相手に疲れると、いきなりガバッと入れ歯を外すおじいさんが、しらっと「こわがってしばらく近寄ってきません」などと言うのを聞くと、プロの芸人の作られた笑いよりも、患者さんとの自然のやり取りのほうがよほど面白いというのが私の実感です。それにしても笑い声は一気に場の雰囲気を和ませてくれます。
《秘密7》わかりやすさが最優先
当院では患者さんの立場に立った医療を行なっているという自負があります。それを端的にあらわしているのが、「わかりやすさが最優先」というコンセプトです。
たとえば、慢性副鼻腔炎などという難しい病名よりも、みんなが使いなれている「蓄膿症」と言ったほうがわかりやすいし、気道の過敏性がどうのこうのと説明するよりも、「エヘン虫が13匹います!」と言ったほうが直観的に理解されやすいですよね。
インフルエンザなどの高熱がつづく場合の水分補給の必要性は、「しおれている花をシャキッとさせるためには、十分に水をやらなければいけません」と説明し、ノロウィルスなどによる感染性胃腸炎のときに食事を控えなければならないのは、食べ物そのものが胃腸の粘膜を刺激するからではなく、消化液の分泌をおさえるためであり、要するに「やけどしたところに塩酸をぶっかけないため」であることを理解してもらいます。
あらゆるシーンで比喩やたとえ話を総動員して、ときには教科書的な正確さをねじ曲げてでも患者さんのわかりやすさを最優先する、これが町医者の医療であるとスタッフ一同認識しています。
《秘密8》口コミの力
駅の看板にしても電柱広告にしても、どうしてあのように医療機関の宣伝ばかり多いのでしょう? 私は個人的にあの風景に違和感を覚えるもので、開業以来一度も電話帳以外の広告を出したことがありません。本当はそれも出したくなかったのですが、受付のスタッフが患者さんからの問い合わせに対し、診療時間やクリニックの場所の説明をするだけの時間が取れないとのことで、10年以上粘ったすえ、当院の案内を載せるためにしぶしぶ了承しました。
最近目にした調査によれば、医療機関の受診動機の80%は口コミだそうです。当院は図らずも、口コミの思いがけないパワーを証明したことになります。いま振り返ってみると、当初は接触感染対策であったオリジナルの小冊子も、格好の口コミネタになったのかもしれません。
《秘密9》一生懸命
今まで多くの見学者においでいただきましたが、皆さん一様に口にされるのが、スタッフの一生懸命さです。なかでも、見学の医療関係者にもっとも驚かれるのが、事務の仕事の早さです。いくら受診者数が多いといっても、それぞれの医師や看護師は、受診した患者さん全員と接触するわけではありません。唯一すべての患者さんに対応するのが事務です。
当院はいまだに紙カルテですから、その日のメイン入力の当番のスタッフは、カルテの内容をレセコンに打ち込まなければなりません。受診者が半日で200名を超えるような日の入力は超絶技巧のピアノ演奏のようです。見学者に、レセコンの子機が3台あるのに、なぜメイン入力が一人だけなのかとよく質問されます。スタッフによれば、これが一番やりやすい体制なのだそうです。受付兼あたま書き入力1名、会計1名、カルテ出し1名、メイン入力1名で、メイン入力は「楽しい!」とのことです。それにしても、一人分のカルテ内容を1分以内で入力するというのはまさに神技ですね。しかもそれが3時間以上休みなしにつづくわけだし......。
もちろんほかの部署のスタッフもみんな一生懸命です。私も年を取ってきましたので、自分がほめられるよりも、スタッフがほめられることのほうが何倍もうれしく思えます。先生のところの人たちは、皆さん一生懸命だから、見ていて気持ちがいい、とよく言われます。ありがたいことです。
《秘密10》突きぬけた優しさ
医療の世界に入って来る人たちには、共通の心根の優しさというものがあります。面白いことに、共通の優しさプラスαの「α」の部分がそれぞれの医療機関によって異なります。
私もこの業界が長いもので、こうした辺りは肌で感じることができます。類が友を呼んだり、朱に交わって赤くなったりして、そこの医療機関なりの独自の優しさがはぐくまれていくのでしょう。もちろんウチのスタッフも、優しくて思いやりがあって相手の立場に立った心配りのできる素晴らしい女性ばかりです。さらに彼女たちは、私がいままでどの医療機関でも感じたことのないような、何とも言えない心地よい雰囲気を醸し出しています。私は長らくそれを「突きぬけた優しさ」と呼んでいましたが、最近ようやく、ウチのスタッフが職種の壁を超えて等しく有しているのは「慈しみの心」なのではないかと思いはじめました。
昔から苦労は人をつくると言います。大変な状況をみんなで力を合わせて乗り越え、達成感を共有しつづけていると、自然と相手をいたわり気づかいながら仕事をするチームになるのでしょう。当院では一緒に修羅場をくぐり抜けているうちに、みんなで観音さまの境地に至ってしまったのかも(笑)。当院の患者さんがフェイスブックで、当院のスタッフと話をしただけで治ったような気になると投稿しているのを、偶然読んだことがあります。
ちなみに、今まで私が勤めたことのあるどの医療機関においても、文句ばかり言っている人は、例外なく楽をしている人でした。文句を言っている暇があるなら仕事をしろ!というフレーズは、まったく正しいと思います。でも、考えようによっては、そういう人は、仲間と達成感を共有したことのないかわいそうな人なのですね。
《秘密11》最少で最大
当院の基本方針は、「最少検査で最大情報・最少処方で最大効果・最少時間で最大満足」です。これは都市部の一次救急に長年たずさわっているうちに、なかば必然的に生まれてきた方針です。これこそが当院の最大の秘密かもしれません。
最少検査や最少処方というのは、国レベルの医療費抑制を念頭に置いているのではなく、ただ目の前の患者さんの負担を軽くしてあげたいという気持ちのあらわれです。それに対して最少時間で最大満足というのは、混みあう時期には患者さん一人に割ける時間は短くならざるを得ませんので、その与えられた条件の中で最大限の努力をして、満足してお帰りいただくという意味です。
当院のスタッフが、その時の状況によって臨機応変にポイントを絞って説明するのを見ると、彼女たちはただ漫然と仕事をしてきたわけではないのだなと感じます。
《秘密12》自己実現
私は新しいスタッフが入るたびに、毎回同じことを言います。それは、「仕事というのは、自分の人生の、もっとも輝いてもっとも大事な時期の、かけがえのない貴重な時間を、いやおうなしに注ぎ込まなければならないものだから、楽しくやらなければもったいないと思います。仕事を通して人間的に成長していけるといいですね」というものです。
仕事の場が自己実現の場になるというのは、とても幸せなことです。それはまた、私自身を振り返ったときの実感でもあります。
さて、12の秘密なるものをお読みになって、皆さまはどのようにお感じになりましたか? そう、特別なことは何ひとつありません。当たりまえのことをコツコツと積み重ねていけば、カルテの番号は10万を超えるのです。ポイントは愚直にそれを行ないつづけることができるかどうかということです。
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