24時間365日対応でチーム医療の中心としての役割を担う在宅医療を行っていく上で、医師の負担は大きく、その運営方法が課題となっています。
そのような中、東京都板橋区にあるやまと診療所では、米国のPA制度を取り入れたシステムづくりを図っています。PA(=Physician Assistant)とは、国家資格を持つ専門職で、医師監督のもと、自らの判断で診療を行うことができます。米国では少人数の医師でも効率よく医療を提供できるようにするために、PA制度を採用しています。院長の安井佑先生が育成されているPAの意義や役割、それがもたらす効果などを伺ってきました。
―先生が在宅医療を行う上で感じる課題は何ですか?
在宅医療で患者さんを診ていく上で必要な多くのことに、いかにシステムとして効率よく取り組んでいくかということです。在宅医療では、診療を行うのはもちろんですが、それ以上に患者さん本人やその家族との関わり方が重要になってきます。実際に在宅で多くの患者さんを診ていると、厳密に専門的な「医療」の果たす役割は2割程度だと感じます。残りの8割というのは、その人の抱える病気をどう受け入れ、どのように生きていくかなどという、患者さんの生活に寄り添うことです。
本人や家族に寄り添ってじっくり話をするためには、彼ら、彼女らが生きてきた歴史や性格というものを理解する必要があります。しかしそれを在宅医だけが全て担おうとするのは時間的にも無理な話です。
そこで患者さんの生活に寄り添うプロフェッショナルを育成したいと考えました。プロフェッショナルを育成して役割分担をすることで、医師は専門性の高い診療に集中することができます。また、患者さんも専門の人にしっかり話を聞いてもらえるという安心感を得られるので、最終的には患者さんのためになると考えています。
このような人材を育成するために、米国のPA制度を参考としました。学生時代、米国の病院に勤務した際に、医師の専門性を最大限に発揮させるPAの存在とその働き方を目の当たりにし、日本の医療にも取り入れるべきだと感じていました。そのため在宅医療で必要な、「患者さんに寄り添うプロフェッショナル」を育成するために、このPAという概念を取り入れて教育体制をつくっていったのです。
―在宅医療におけるPAとはどのような存在でしょうか。
一言で言うのは難しいのですが、患者さんの歴史を把握して、現在の病状を踏まえ、今後どう生きていくかという指針を立てるお手伝いができるようになれる存在です。基本的に資格要件はなく、医療・介護未経験者の方でも、命の現場に対して興味関心がある人や、より深く患者さんと関わっていきたいという人であればPAになることができます。現在、当診療所ではPAとしての専門性をつけられるよう育成しています。
独居の方や老々介護の方たちも多い中で、患者さんとその家族たちがいかにその人たちらしく生きていけるかを考えサポートしていくためには、病院の医師や看護師やソーシャルワーカー、地域包括ケアセンターの人たちなどといった医療福祉関連の人たちや地域の人たちと、いかにうまく連携していけるかが必須となります。これらの人たちと連携するための調整コストというものがどうしてもかかってくるので、その連携をスムーズに行うために間に入れる存在として、PAを育成しています。
―他の在宅診療所のアシスタントスタッフと違う点はありますか。
組織論・効率論に基づいて、先ほどお話した役割を果たせるようになるための教育システムを構築しているところです。他の診療所でも、アシスタントスタッフが車の運転やカルテ入力などの診療の補佐的業務を担うことで、業務の効率化を図っています。しかし、それは暗黙知であったり、経験ベースとなっていたりするところが多いため、その人の力量により結果に偏りが出る可能性があります。そうするとシステムとするには難しいため、私たちの診療所では4段階の育成ステップを設け、OJTとOFFJTにてプログラム化した教育を行っています。
―PAを育成するにあたっての課題はありますか。
PAの概念というのが日本にはないので、患者さんや関連事業所の方々など、世の中に対して分かりやすく理解してもらうために、どう発信していくかということを課題としています。30分くらい話せばきちんと理解してもらえて「それは素晴らしいですね」と皆さんおっしゃってくださるのですが、PAという言葉も、いまのところアメリカの制度のものをそのまま引っ張ってきているので分かりにくいですよね。患者さんに対しても「あなたの暮らしの相談に乗る担当です」ということを分かりやすく伝えられるような、誰にとっても分かりやすいような言葉にしていきたいと思っています。
―PAを育成していくことについての今後の展望をお聞かせください。
地域での連携について、地域内での連絡のパイプが細かく張り巡らされているような状態をつくることが必要なので、PAがあらゆる職種や窓口の人たちと関わりを持っていくことで、診療所が地域とより密接につながっていくことを目指しています。
また、在宅医療のことや最期まで家で過ごせるということを地域住民に対してアプローチしていく必要がありますが、そこにPAが関わっていけるようにしたいと思っています。人が亡くなっていく過程に付き添い、最終的に一緒に涙するような看取りというものを職場として経験したことを、地域の人や子どもたちに伝えていく。医師でもなく看護師でもない人間がそれらを伝えていくことに、恐らく意味があるのではないかと思うんです。
(聞き手/ 左舘 梨江)
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【医師プロフィール】 安井 佑 形成外科・在宅医療
医療社団法人 焔(ほむら)やまと診療所院長。2005年東京大学医学部卒業。千葉県旭中央病院で初期研修後、NPO法人ジャパンハートに所属し、1年半ミャンマーにて臨床医療に携わる。杏林大学病院、東京西徳洲会病院を経て、2013年東京都板橋区高島平にやまと診療所を開院し、在宅医療に取り組んでいる。