医師は地域デザイナーになれる
人口が密集地と過疎地に二分されている熊本県天草市。2016年11月、過疎地である宮地岳地区に在宅医療を中心としたクリニック「在宅とつながるクリニック天草」を開業した倉本剛史先生。倉本先生は在宅医療を提供するとともに、地域デザインにも注力しています。現在行っている取り組みについて伺いました。
興味のなかった地域医療に携わっているわけ
―2016年秋、天草市に「在宅とつながるクリニック天草」を開業するまでの経緯を教えていただけますか?
私は長崎県出身で医学部卒業後も長崎市内で勤務し、呼吸器における感染症の勉強をしていました。今でこそ「在宅医療を志して天草市に」と言っていますが、当時は地域医療には全く興味がなかったんです。
転機になったのは、天草市北西に隣接している苓北町のクリニックに、3年程度勤務することが決まったこと。そこで初めて「へき地医療ってこんなに大変なんだ」と、医師不足の実態を肌で感じたのです。長崎市では「医療は受けられるのが当たり前」「医師がいて当たり前」という感覚だったからこそ、衝撃は大きかったですね。
―深刻な医師不足を受けて、地域医療に取り組もうと思ったのですか?
私は結局そのクリニックに10年程勤務していましたが、あまり医師不足解消という使命感に燃えていたという感覚ではありません。勤務年数が経つほど地域住民の方との交流が深まるんですよね。特に私の場合は農業・漁業の関係者やマルシェを作って地域の農産物を売っていこうとしている人など、医療関係者以外の方とのつながりが増えていきました。
そのような方々の活動に足を運んでいるうちに、「医療界で言われている地域包括ケアは、医療・介護・福祉関係者だけで進めても意味がない。それぞれの地域には、地域活性化のために色んな取り組みをして頑張っている人たちがいる。そういう人たちも入れていかないとが入らないと完成しない」と考え、医療も含めた地域づくりに取り組みたいと思うようになりました。
そんな折に、天草市中心地と反対側、西の端にあった診療所の医師が急逝したことにより、無医地区ができてしまいました。無医地区に住む方々は、健康のことを気軽に相談できない―。そう思って、まずは有志でNPO法人を立ち上げ、訪問看護ステーションを始めることにしました。
そしてより幅広く活動を進めていくため、また、天草の過疎地域に今後より必要になってくるであろう在宅医療を普及させるため、2016年秋に独立し「在宅とつながるクリニック天草」を開業しました。
地域づくりで取り組んでいること
―地域づくりに関して、具体的に始めたことはどのようなことですか?
最近始めたことの1つに、「健康まちづくり会議」というものがあります。大人だけでなく地域の子どもたちにも参加してもらい、この地域をどうしていきたいか議論することが目的です。子どもにもアイデアを出してもらい、それを大人も一緒に真面目に考えていくのです。
在宅とつながるクリニックがある宮地岳という地域は人口550人、そのうち小学生の子どもは7人です。当然この地区の小学校は廃校になりました。そのため、7人の小学生たちは他地区の小学校に通い、中学校も高校も他地区へ行くことになります。そして大学もさらに遠くの地域へ行くことになると、宮地岳への愛着がないまま帰ってくるきっかけがなくなってしまいます。
健康まちづくり会議で、自分たちの街をどうしていきたいかアイデアを出し、それを大人も一緒に真面目に議論してくれる経験を積んでもらうことで、子どもたちに自分が生まれ育った街をどうしていったらいいかという気持ちが芽生えるのではないかと考えています。そして別の遠くの地域に勉強のために行っていても、生まれ育った地域のことを考え、願わくは外で学んできたことをこの地域に還元できる大人になってくれればと思っています。
またお年寄りからも、「最近は子どもたちとの交流がめっきり少なくなったから、だれがどこの子どもか分からなくなった」と聞いていました。健康まちづくり会議を開くことで、1つでも交流の場が増え、世代を超えた地域のつながりができ、地域活性化につながればと考えています。
―他にはどのような取り組みをされていきたのですか?
宮地岳地区の近くに下田温泉という温泉街があります。下田温泉街の街歩きツアーをヘルスツーリズムとしてデザインさせてもらいました。ガイドに理学療法士が就き、街歩きの行程の中に、「天草宝島体操」という体操を盛り込みました。天草宝島体操は、天草郡市医師会や天草市長、広域支援センター、保険所などが共同で開発・作成した、ロコモティブ・シンドロームやメタボリックシンドローム予防の体操です。また管理栄養士の方に、800kcalのランチを考案してもらい、街歩きの昼食はそのランチが提供されます。
また、下田温泉街にある公営施設前の花壇に手入れが行き届いていなかったので、老人会と子ども会にお願いをして、花植えをしてもらいました。ここでも、お年寄りの方と子どもたちの交流の機会が生まれました。
2016年の熊本地震の影響で中断されていることもありますが、小さなことでも少しずつ進めていくことが、地域活性化につながっていくと考えています。
在宅医療と地域デザインに取り組む理由
―天草市で、在宅医療と地域づくりの両方を進めている原動力は何ですか?
天草市や隣町の苓北町のあるこの地域は、もともと在宅医療があまり普及していません。天草市は熊本県内で最も面積が広く、県内第3位の人口を有している大きな市ですが、人口密集地と過疎地が二分されていて、医療機関も人口の偏りに合わせた形で開設されています。そして、密集地の医療機関は休む間もなく外来診療を行っているので、在宅診療に行ける人的余裕がありません。ですから動けなくなった患者さんは、施設へ入所することが主流となっています。
ところが過疎地に住む方にとっては、施設は遠く、よりご家族の負担も増えます。また過疎地ほど療養・介護のベッド数が少ないため今後ますます必須になるとの思いから、まずは天草市内でも過疎地域で在宅医療を推し進めています。
また10年近くこの地域の方々と接してきて、地域活性化のために取り組んでいる方はたくさんいることが分かりました。その方々が個別に取り組みを続けるのではなく、協力していくことでより大きな動きになります。だからこそ、その地域に暮らすさまざまな人を巻き込んでいく仕組みが必要不可欠と思い、「つなぐ」という名前のNPO法人で地域デザインにも取り組んでいます。
10年前に天草に移り住み過疎化や医療・福祉の課題を目の当たりにしたから、それに対して悲壮感や使命感がとりわけ強い、というわけではありません。昔から、うまくいなかいことをうまくいくためにどうしたらいいかを考えるのが好きなので、それが自由にできることで非常にやりがいを感じながら続けてこられています。これが、ある意味原動力の1つなのかなと思います。
また、私がこの活動を大きく進めるきっかけとなった「コミュニティー・ヘルスケア・リーダーシップ(CHL)」という、医療者が地域づくりを進めていくリーダーとなるための研修会で次のような言葉を言われたことがあります。
「一活動家が地域に入って実際に皆さんと交流して認めてもらい、何かをなそうとするのは、ものすごい労力が必要。一方、医師は地域にすぐに入っていける"権威"がある。それは上手に活用していいものではないのか」
CHL主催者の一人で社会活動家の方の言葉ですが、それを聞いて、医師が地域に出ていきできることは無限にあると思いました。
ですから今後も、一人の医師として、また、地域デザイナーとして、色々なことを考え仕掛けていきながら、この地域の活性化のためにできることを続けていきたいですね。
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●医師プロフィール
倉本 剛史
在宅とつながるクリニック天草院長 / 特定非営利活動法人つなぐ理事長
長崎大学医学部卒業。2007年より熊本県苓北町にある苓北クリニックに勤務、2010年院長就任。2014年に特定非営利活動法人つなぐ を設立、2016年11月に独立、在宅とつながるクリニックを立ち上げ、現在に至る。