外資系製薬会社ノバルティス ファーマ株式会社代表取締役社長・綱場一成さんが、第2子の誕生に合わせて2018年2月から育休を取得すると発表しました。
サイボウズ式ではさっそく綱場さんをお迎えし、先輩パパとして経験豊富なファザーリング・ジャパン代表理事・安藤哲也さんと、父親歴7年で3度の育休を取得したサイボウズ代表取締役社長・青野慶久の経営者3人で、イクメンならぬ"イクボス"による鼎談を行いました。
経営者が育休をするメリットや夫婦の育児分担の悩み、家事やPTAをどのように仕事と結び付けてこなしていくかなど、当事者だからこそわかるテーマで盛り上がりました。
寝顔しか見られない父親は嫌だ。「チーム育児」でお互いにできることを分担せよ
青野:綱場さん、2月から育休を取るとのことですが、普段の働き方はどうされていますか?
綱場:週3日はビジネスディナーがありますので、2日は早めに帰るようにしています。
といっても19時半くらいになりますが。ディナーの日も、子どもが寝る前には帰っていますね。
安藤:寝顔しか見られないお父さんにはなりたくないですもんね。
綱場:そうなんです。寝るところはちゃんと見届けたい。それと、朝は保育園への送りを担当しています。
綱場:ところで、イクボスの先輩にお聞きしたいのですが、朝夕の時間は、どの家庭でもあんなに大騒ぎになるんですか? 想像以上にハードだったので......。
青野:おそらく(笑)。僕も保育園の送り担当をしていますが、もう毎日がバトルですよ。
青野:あと、昨年11月に妻が病気で入院しまして。10日間、7歳、5歳、2歳のワンオペにプラスして看病。この時期は本当にきつかったですね。
安藤:それは大変だ。
青野:とどめに一番下の子が結膜炎になって、保育園で預かってくれなくなり......。仕方ないので、会社に連れてきて、社員にかわりばんこで見てもらうことで、なんとか乗り切りました。
綱場:うちも昨年は夏場から、手足口病やアデノウイルスなんかで、ずーっと風邪をひきっぱなしで。病院にもよく連れて行きました。
安藤:子育て中の悩みに、病気はつきものですね。最近は、小児科にパパが増えていてよいな、と思いました。パパがしっかり育児にかかわっていけば、子どもが病気のときでもママは朝から出勤できる。
本気で社会が女性活躍を目指すなら、必要なことですよね。
綱場:病児保育といえば、以前サイボウズさんが作られたムービー(※)に、子どもが病気になるシーンがあったじゃないですか。
青野:2014年に公開した動画ですね。
綱場:昨日久しぶりに見直して、はっとして反省したんです。
子育てを「プランニング」と「オペレーション」で考えたときに、「プランニングはすべて妻がやっている!」って。
青野:プランニング、ですか。
綱場:大げさかもしれませんが、例えば病児保育では誰がお迎えに行くかとか、考える部分をやっていなかった。
「半分はやろう」としている部分は、あくまでも「オペレーション」の部分だと気がついて。それも出張が多いので、4割できているかどうかも怪しく......。
安藤:別にそれほど気にしなくていいと思いますよ。家族は同じ船の乗組員。エンジンの整備なり食べ物の準備なり各自が得意なことをやればいい。
綱場:なるほど。
安藤:会社経営と同じで、家族も家族というチームの事だけしっかり考えてやる。プランニングも得意な方に任せていいんじゃないですか。
綱場:確かにこれまでの体制に私も妻も特に不満はなかったんですよ。そうか、「チーム育児」で分けてできればいいんですね。
安藤:1人で子育てをすると、どうしても今日や明日のことだけを考える顕微鏡的な視野になりがちですから。
夫婦でうまく分担して、一方は望遠鏡的な視野を持てるとすごくバランスがよくなりますよ。
「仕事か子育てか」対立軸で考えるとアンバランス。人生は「寄せ鍋型ワークライフバランス」でうまくいく
綱場:僕も妻も、子どもは何人でも欲しい。でも、自分の時間がなくなるのか不安です。日々の運動や趣味の時間は取りづらくなるのかな、と。
安藤:多少セーブするにしても、趣味は封印しないほうがいいですよ。子どもの有無にかかわらずストレス解消は必要ですし。僕はバンド活動をやめませんでしたよ。
綱場:夫婦で何か工夫されたんですか?
安藤:自分が子育てにかかわらない時間をもらうときは、必ず別日には、妻にも自由に過ごしてもらっていました。
2人とも息抜きせずに「育児、すごく頑張ってます!」って力を入れすぎていると、疲れちゃいますよ。
綱場:なるほど。青野さんも趣味は続けていますか?
青野:時間がかかってしまうので野球はやめてしまったけど、PTA仲間に誘われて小学校の体育館でバスケットをしています。
1~2時間でさっと帰れて、子どもを連れていけるので。取捨選択で続けられれば、自分のストレス解消はできますね。
安藤:「趣味か子育てか」「仕事か子育てか」みたいに、対立軸でバランスをとろうとすると、必ずアンバランスになる。子育てに限らず、人生は「寄せ鍋型ワークライフバランス」がいいんです。
寄せ鍋はいろんな具材が入ることで味が出るでしょう。仕事に育児、趣味、地域の活動やPTA活動なんかもたくさん入れたほうが人生はおいしくなりますよ。
綱場:PTAですか。まだ先のことだと思って、全然考えていなかったですね。
青野:ちなみに僕も安藤さんの勧めでPTAに入りましたよ。
安藤:お金出してMBAの勉強するぐらいなら、PTA会長のほうが無料でよっぽど勉強になりますよね。
青野:まだ下っ端ですけど、確かにおもしろいです。
安藤:PTAの役員はほとんど女性ですが、専業主婦もいれば、働くママもパートタイマーからフルタイムまでさまざま。
会長になると、その異なるライフスタイルの方々をまとめる必要があって、想像以上に大変なんです。
会社とは違った角度からマネジメント能力が鍛えられるので「PTA会長を経験したら、会社は楽勝です!」って、みんな名マネジャーになります。
綱場:なるほど。うちも子どもが大きくなったら、挑戦しようかな。
家事が苦手なすべての人に知ってほしい。「家事は頭が空っぽになる最高のクリエイティブタイムだ」
安藤:「子どもが増えるほど時間制約は確実に増える。すべてに全力投球はできないから、すべて七掛けくらいでそこそこ楽しめばいい」というのが僕の持論です。
仕事も、今までと全部同じようにやるのは難しい。全体の質は高める必要があるけれど、求める完成度は少し下げる。
できないでイライラしちゃったり笑顔になれなかったりすると、子どもにも絶対に伝わりますから。青野さんも1人目のときは、そうだったでしょう?
青野:24時間フルで仕事モードでしたね。家事や育児の時間は「仕事ができるのに」って考えていました。
綱場:いま、自分はまさにそんな感じかもしれません。
安藤:でも子どもが1人増えても1+1=2ではなくて減っていくものです。
経験値もあるし、上の子もだんだん手伝ってくれるようになるから負担は減りますよ。
青野:1人目は精神的にきついんですよね。初めてで何も分からないから。2人目になると精神的に余裕はできるけど、今度は肉体的にきつい。空き時間もまったくない。
それが3人目になると、いい意味で「あきらめ」になるんですよ。もう無理って(笑)。
安藤:すべてを完ぺきにはできないし、力の抜き方を覚えてくるんですよね。
青野:時間の使い方が変わりましたね。そういえば安藤さんに教えてもらった「家事は最高のブレーンワークタイム」のアイデアは本当に最高でした。
綱場:なんですか、それ?
安藤:パソコンの前だと作業に集中するし、情報があれこれ入ってくるからあまり考え事には向かないんですよ。
でも家事の時間は、手は動かしても頭は空っぽ。そんなときは、すごくいいアイデアが浮かぶんですよ。
ファザーリング・ジャパンで軌道に乗っている事業のほとんどは、この家事タイムにアイデアが浮かんでいますから。
青野:僕の場合、洗濯物を干す時間がすごく苦痛でした。それが今ではこの10分が、集中して何かを考えるのにちょうどいい。
今では洗濯物があったら干したくて干したくて。妻にやらせたくないんですよ(笑)。
育休よりも時短パパ?「働き方のエコシステム」で大介護時代に備える
青野:男性の育休もいいですが、これからは「時短パパ」も流行らせたいんですよ。僕の場合、育休取得よりも時短勤務のほうが、妻はすごく助かったみたいで。
安藤:確かに女性たちからは、よく聞きますね。
青野:それに社内で社長が一番早く16時には帰るから、そのあとに続く、ママ・パパ社員はすごく帰りやすくなって働きやすくなる。
それまでにあった「早く帰るときの気まずさ」が、にじみ出る雰囲気がなくなりました。
安藤:女性たちだけでなく、育休を取る男性やイクボスが増えることも多様性のひとつ。
経営者が率先すると、やっぱり社内の雰囲気はガラッと変わりますからね。社内で仕事の回り方も変わったんじゃないですか?
青野:変わりましたね。重要な会議はすべて16時までに終わるから時短勤務の人も参加ができる。
それに、会社にいない時間が増えると 「仕事の情報共有」が当たり前の文化になる。すると自分が苦手なタスクをほかの人がやってくれる 。
逆説的ですが、会社にいない時間が増えるほうが、補完関係が強くなって、トータルで見ると効率が上がってるんですよ。
安藤:組織全体で「働き方のエコシステム」ができあがってくるんですよね。これから来る大介護時代の備えにもなりますね。
綱場:遅くまで働く日があっても、普段は時短で帰るとかメリハリをつければできますよね。面白そうだなぁ......僕も週2回、16時に帰ろうかな。
安藤:いいですね。育休に続く、すばらしいニュースになりますよ。それに、子育て中は、子育てをしていると、仕事中に急いで歩いているだけでもさまざまな気づきを得られるんです。
子どもの歩調と合わせて歩くと、はじめて見えてくる街の風景ってあるじゃないですか。「沈丁花(ちんちょうげ)のいい香りがするな」とか。
綱場:まだまだその余裕はないですね。子どもを送りに行くときも、ベビーカーに乗せたら最速でいかに早く着けるかばっかり気にしてます。
青野:僕もそうでした(笑)。
安藤:髪を振り乱して走るのは、新米パパも新米ママも同じ。親も子どもといっしょにゆっくり成長していけばいい。焦らなくていい。仕事じゃないんだから。
仕事なら新幹線はのぞみで行くけど、子育てはこだまで行きましょうよ。各駅停車でお弁当買ったり、途中で温泉入ったり、何でもいいからゆっくり楽しめばいい 。
まあ、僕もこの境地に行くまで3~4年はかかりましたけどね(笑)。
青野:僕も最近になってようやく「ああ、あのとき安藤さんが言ってたのはこれだったのか......」と思う瞬間がありました。
急ぐことをあきらめて子どものスピードに合わせようとしたら、一気に気持ちの疲弊感がなくなって、今この瞬間が楽しめるようになった。カリカリしていたらもったいない。
男性だけが稼ぐ時代なら「仕事と育児の分業」も正解だった
安藤:青野さんが第一子の育休を取得された2010年は、厚生労働省のイクメンプロジェクトができた年です。男性でも育休取得が当たり前になる、そんな新時代の幕開けを予感させましたね。
青野:そうでした。文京区の成澤(廣修)区長が、日本の自治体の長として初めての「男性育休」がニュースになって。ただその後の7年間、企業はあまり続かなかったですね。
綱場:ノバルティスでも、ここ3年以上、国外含めて役員クラス以上で、誰も育休を取得していませんでした。そもそも子どもが生まれるタイミングの役員クラス以上があまりいなかったようですが。
今回、わたしが社長に就任しているタイミングで子どもが生まれるのは、すごく貴重なことかもしれませんね。
育休取得が高くない、と言われている製薬業界でも私に続いてくれる人がいるとうれしく思います。
安藤:青野さんは、経営者が子育てにしっかりかかわるメリットは何だと思いますか?
青野:育児や家事の経験から学んだことが、すごく仕事に生きますよね。以前の僕はただのコンピューターおたくでしかないんですよ。ソフトウェア業界のことなら分かるけど、他は何も分からない。
それが今では、保育や医療、教育、自治体のことが分かるようになった。週に1回スーパーで買い出しして料理もしますから、小売業もある程度分かるようになる。
安藤:親になると子どもを通して社会を見るようになるので、すごく大きな視野で見られるようになりますからね。
青野:知識が広がれば、さまざまな業界の人と話しができるようになって、さらに知識が広がりますね。
目先の仕事が1時間できなくても、そうやって知識が広がっていくことで、十分取り返せる。
以前より社会全体を見通した意思決定ができるようになりました。むしろ今は積極的に、今しか学べないことを学ぼうと思っています。
安藤:僕ね、子どもは地域へのパスポートだと思うんですよ。子どものおかげで地域にネットワークができる。
僕の場合、どんなに子育てにコミットしようとしても、年間100日は出張で家にいない。
3.11のとき、横浜で帰宅難民になってしまったきには、地域のパパ友がサポートしてくれてすごく心強かった。
青野:仕事とはまったく違うつながりができますからね。
安藤:出産と母乳を出すこと以外は、男性だって何でもできる。でも、家事も育児も義務としてやると楽しくない。せっかくなら、もっと楽しみたいじゃないですか。
青野:「上司の理解が得られない」と聞くのは本当に残念で。
安藤:男性だけが稼ぎ手だった時代は、仕事と育児を分業したほうが時代にマッチしてた。当時はそれも正解だった。
けれども、これからは共働きが当たり前の時代。チーム育児で男性も育児、家事を積極的に行うほうが、青野さんのように視野が広がって仕事にも生きることをボスの立場にある人は、ぜひ理解して認めてもらいたいですね。
今回、製薬業界で綱場さんが育休を取るということで、IT系企業だけでない広がりが生まれた。今度こそ、多くの企業に広がっていくかなと期待しています。
綱場:僕が今回取得するのは2週間。CEOからは「もっと長くとってもいい」と言われていますし、会社で男性の育児、家事への積極参加を促すためには、育休の期間も含め、多様な働き方を考えていく必要があると思います。この点も積極的に推進していきたいですね。
文:玉寄麻衣 編集:松尾奈々絵/ノオト 撮影:栃久保誠