クラシコムの代表取締役 青木耕平さんとサイボウズ社長の青野慶久が「チームワークのつくりかた」について話し合ったのと時を同じくして、実はもう1つの対談が進んでいました。
話し手は、クラシコムが運営するECサイト「北欧、暮らしの道具店」の店長の佐藤友子さんと、サイボウズの執行役員 中根弓佳。2人は子育てをしながら働くお母さん。毎日のくらしの中で気づいたのは「お母さんとしての変化」や「あきらめる覚悟」。
葛藤、喜び、共感──そんな思いがあふれる2人の話。
クラシコムの「北欧、暮らしの道具店」と「サイボウズ式」のコラボレーションでお届けしています。「【はたらくを考える】後編:ワーキングマザーを助ける「ちょうどいい」の見つけ方(対談!サイボウズ中根さん×店長佐藤)」もあわせてどうぞ。
母になることがマネジメントに役立つ
中根:佐藤さんがご兄妹でクラシコムを起業されたのはいつごろですか?
佐藤:2006年です。息子を生んだのは2011年1月。ちょうど震災の2ヶ月前ぐらいです。
中根:お子さんが生まれてから、会社やご自身、チームマネジメントという点で何か変化はありましたか?
佐藤:自分でも意外なことでしたが、子育ての経験はマネジメントに役に立っていると思っています。
「母性」って、母になることで徐々につちかっていくものですけど、同時に「社会的な母性」みたいなものが育まれる可能性もあるのかもしれないと感じるようになりました。
具体的には社員に対しての接し方も変わっていったんですね。
弱みに対して、すぐに突き放すんではなく「寄り添ってその社員の成長を促してあげたい」という意欲がより一層強くなりました。
佐藤友子さん。株式会社クラシコム 取締役。インテリアコーディネートの仕事を経て、実兄と株式会社クラシコムを創業。「人の暮らしに近いこと」を仕事にしたい思いから、2007年9月に「北欧、暮らしの道具店」をオープンし、店長を務める。子会社が運営するフードブランド「KURASHI&Trips」のブランドマネージャーも兼任。プライベートでは一児の母でもある
佐藤:実は私、こう見えてあんまり人付き合いが得意じゃない方なんです。
中根:そうはお見受けしないです。
佐藤:元々起業してから子どもを産むまでは仕事ばっかりしていて、社員とはたまにしかランチもしない、飲みになんてめったに行かない。ヤな感じですよね(笑)。
はじめはオフィスの中に6人ぐらいしかいなかったので、いわゆる飲みニケーションやワンオンワンでのコミュニケーションを取ろうと意識してなくても、いつでも話せたんです。
中根:なるほど。
佐藤:子どもが生まれて、断乳が終わって、夫に預けられるようになり、夜も外出できるようになった。そこから以前よりも社員と飲んだりランチしたり、業務時間中に部屋に社員を呼んで話すようになったんです。
母親になってみて、変わったこと
佐藤:子どもを産んでから変わったことって、中根さんはありますか。
中根:わたしは出歩くのが大好きだったんです。育休中も「いそがしいね」と夫にいわれるぐらい、子どもを連れて毎日出歩いていました。
するといろんな場所でママ友ができて、昼間の街の様子を知り、いろんなお母さんの姿を知り、保育園の先生を知り、市役所にも行き、地域のコミュニティにも入るようになった。子どもを産む前よりも、人間関係のポートフォリオが多彩になりました。
佐藤:はい。
中根:そこで家族の中にもいろんな形があるんだと気づきました。子どもが生まれるまでは考えてなかった「地域コミュニティ」について考えるようにもなった。
長期的にどういう地域で住んでいきたいのか考えるきっかけができたんです。視野が広がっているということなんだと思います。職場に復帰してメンバーと話をするときにも、同じような感覚を持てるようになりました。
佐藤さんと似ているかもしれないですね。メンバーひとりひとりはものすごく貴重で、愛されて育ってきた存在なんだと思うと、その存在の大切さに気付くともに、今その人が取り巻く環境はどうだろうと想像するようになりました。
佐藤:わかる気がします。母親になってから、目の前にいる人は本人や母親がいろんな葛藤が抱えながら、完璧ではない環境の中で育ち、大人になり、仕事をしている人なんだと思いをはせられるようになったと思います。
それまでは「もっとこうだったら」「自分には合わない」と相手を遮断してたけど、もう少し深く、歩んできた内側まで見られるようになったことが、社会的な母性みたいなものなのかなと思いますね。
「これってやる意味ありますか?」という言葉を歓迎
中根弓佳。サイボウズ株式会社 執行役員 事業支援本部長。慶應義塾大学法学部法律学科卒、大阪ガスを経てサイボウズ入社。知財法務部門にて経営法務、契約法務、M&A、知的財産管理等を経験
中根:クラシコムの青木社長がおっしゃっていた「ECRS」というフレームワークが素晴らしいなと思ったんです。
そもそもやらなくてもいいことを排除し、いっしょにやればよい業務を統合する。次に順序を変更し、どうしても解決できない時だけ業務の単純化をはかるという、仕事を効率的に進める方法ですよね。
佐藤:「18時で定時退社......」の記事を読んでくださったんですね。
中根:はい。
佐藤:北欧のワークスタイルに影響を受けていることもあるのですが、実際には経営の一端を担っているわたし自身も育児中であり、残業ができない現実があったりと。
社員も圧倒的に女性が多いですしね。18時で定時退社というのは、うちならではのある種の制約から生まれた「選択」でもあるんです。
中根:そうなんですね。定時に帰るためにどんな工夫をされているのか、佐藤さんやチームでの工夫をお伺いしたいです。
佐藤:そうですね、「仕事の見積もり」は私自身もすごく大事にしているし、各チームのマネージャーにも「正確な仕事の見積もり」を出すことをお願いしています。
いかに物事を俯瞰して冷静に見られるか、ということです。「できる」でも「できない」でもなく、「どうだったらできるのか」「どうやったら見積もりを出せるのか」というメッセージを、発信し続けています。
中根:なるほど。
佐藤:だから「できます、できます」と言って、実際にできなかった時は「どうしてそうなったのか」を流さず指摘しますし、なにも考えずに気持ちの上でいっぱいいっぱいなだけで「できません」と即答するときも「ちゃんと考えた?」と言うようにしていますね。
社内でこの姿勢が徹底されてきていて、マネージャー陣も社員たちも、「この会社は見積もりをちゃんとしないと、大きい仕事を任せてもらえない」と考えてもらえるようになってきました。
大きい仕事を任せてもらったうえで、それでも18時に帰ろうということが浸透してきたのは、ありがたいことだなと思ってみていますね。
中根:なるほど。
佐藤:みんなGoogleカレンダーを使って、とにかく予定を共有しあいます。それぞれの進ちょくの確認も地道に行っています。
あと、一般的に社内で嫌われがちな「これって、やっている意味ありますか?」といった発言をクラシコムではすごく歓迎していて、「(その質問は)最高の発明だね」とほめられるんです。
もちろんやる必要があるときは、「今のタイミングでこういう目的でやらなきゃいけないんだ」と論理的に説明する努力はしているんですけど、やっぱりこちら側も言われて気づくことってあるんですよ。
クラシコムが運営する「北欧、暮らしの道具店」
佐藤:30人ぐらいの規模になってくると、私が指示したわけでもないのに、気づかないうちに部下の間で2(の手間・労力)だった仕事が3になっていることがあるんです。
新しく入ってきた人ほど「これって、2で済みません?」「これ割愛すれば1でやれません?」と言ってくれる。「そもそも1でやっていたのに、知らないうちに3になってたんだね」となるわけです。
だから、「これって、やっている意味ありますか?」といった発言がウェルカムであるか、社内に対して青木も私も発信していく。
発信してもみんな遠慮して言ってくれないです。だから、言ってくれたひとに最大のリアクションをする。それが採用されていくさまがわかるように、こそこそやらないようにしています。文化を作るということですかね。
中根:それはとてもいいですね。
佐藤:「率直に言ってほしい」と伝えています。みんな遠慮しないので、新商品とか出しても「私これいらないです」と言われショボンとして帰ることもあります。やっぱり傷つくこともあるんですけど、「正直・親切・率直」を私たちは大事にしています。
中根:なるほど。
佐藤:コミュニケーションにおいて、相手がそのメッセージを受け取りやすいかどうかは、効率に影響しますよね。大人は無駄なケンカをする必要がないから、できるだけ親切に言う。
ただ、親切に言うことに気を使いすぎるあまり、率直さを失うなと言っていて。「この仕事は無くした方がいいんじゃないですか?」といったネガティブにとらえられそうな発言も、正直に親切に率直であればオッケーですよ、と言っているんです。
中根:サイボウズが大事にしている「公明正大」や「質問責任・説明責任」の考え方と、近いところがありそうですね。
佐藤:サイボウズさんもそうですが、制度を成り立たせるには、こういった哲学やレイヤーといったものが必要なのだろうと思います。
「何のためにやっているのか」
中根:仕事を始めて少し経つと、考える力があるひとほど「あれも分析したほうがいい、こういう切り口であれもやったほうがいいんじゃないか」といろんな角度で考え、仕事が増えていく傾向にあると思います。
その過程を1回経た後で「この作業は本当に必要なのか」「優先順位は高いのか」「何のためにやっているのか」を考えることが重要。
「佐藤さんに言われたからかなんとなく大事な感じがする」ではなく、「それ優先順位が低いので、後にできないか」と提案するのはありだし、それを確認することで、ECRSの、排除、統合や順位における意思決定の見積もりが立てやすくなるのでしょうね。
佐藤:できるだけ、自分も思い込みを外して受けとめるんです。毎月見てないと不安だよな、やってくれるとわたしが安心、という仕事があったりする。結構「心配だから」ぐらいの理由で仕事になってしまっていたりします。
中根:なるほど。わかります。それについては「それをやらないとなぜ不安なのか」を共有して議論してみると、実は不要ということに気付くかもしれないですし、それでも必要ということになれば、業務をするメンバーも腹落ちして業務できるかもしれないですね。
佐藤:そうですよね。自分自身も律していかないと、社員に定時に帰ってもらえないですから。
あとは簡単なことで言えば「無駄な会議を減らす」とか「18時になったら絶対に帰る」ってことですよね。「いつまでも会社に残ってもいい」となると、自分も残りたいし、社員にも残りたそうにしている人がいる。
けど、定時を決めちゃうだけで、ダラダラせずに業務時間中は集中してやろうとなる。なかなか終わりきらずに持ち帰る仕事があっても、それはそれで逆に家の方がはかどる時もあるんですよね。
「18時に帰ること」は「18時に帰るためにどんな工夫ができるか」と同じ
中根:わたしが理想にしたいのは「18時に帰ること」ではなく「ひとりひとり優先順位の高いことを大事にしながら、パフォーマンスを高められる環境をつくるということ」なんです。
クラシコムさんはその1つの手段として、「18時に帰る」というやり方をとっている。18時はひとつの目安であって、「18時に帰るためにはどんな工夫ができるか」ということなのかなと。
佐藤:本当にそうです。「18時に帰るために何をしなきゃいけないか?」と教えられたことがあるスタッフはいなくって。仕事をしているうちに、自分が18時に帰れないことに気づくんですよ。
なんでかな、と先輩に相談すると、「ああしたらいい、こうしたらいいんじゃない」って教えてもらって、なんとなく同じ方法をとるようになるんですよ。
中根:どんなことを教わったんですか?
佐藤:会社に来たら最初にToDoリストをつけているらしいんですね。そうしなさいと教わったわけではなく、そうしなければ18時までに仕事が終わらないからその方法でやらなきゃいけないとなっていく。それがいい方法だとなり、結果、みんなの鉄板になっていると最近気づいたんです。
中根:なるほど、そうやってメソッドが開発されていくわけですね。
佐藤:ええ。うまくいくノウハウが受け継がれていくんです。
中根:絶対18時に帰れないという、理想とのギャップを目の当たりにすることで本気で知恵が絞りだされるんですね。
育休で「あきらめる覚悟」を得た
中根:私たちは働くママが徐々に増えてきたという世代。女性では、結婚や出産をきっかけに専業主婦を選択した友人もいますし、育休や産休を取得しながらキャリアを継続する選択もできるようになってきた。
一方で男性は、まとまって仕事から離れる機会や、それについて考える時間をとるのがまだまだ難しかったりする。そんな現社会では、女性のほうが多様な選択肢があるのかと思うと、女でラッキーだったなと思うんですよね。
佐藤:中根さん本当にポジティブですね。
中根:40年仕事するとして、祝福されながら仕事から離れて、「生活って何だろう」「家族って何だろう」「わたしにとって大事なものってなんだろう」と見つめなおす時間を嫌でも与えてもらえるってラッキーだなと。
これからは男性も、育休をとったりワークスタイルのバリエーションも増えてくると思いますが、子どもがいる・いないに関係なく「自分のライフスタイルをどうしたいんだろう」と見つめなおす期間や時間はあってもいいのではないかと思います。
佐藤:今の話にも通じるかもしれないですけど、働く母親になることが、お互いに会社でチームを率いるうえでも、いろいろと役に立ったというお話があったと思うけど。
ちょっと仕事から離れて、人として、いろんな葛藤とか、きれいごとではいかない大変さを乗り越えて働くお母さんになってみて。1人の人として何を得たと思います?
中根:佐藤さんは?
佐藤:わたしは、一番は覚悟かな。
「まぁ、なんとかなるさ」と思えることもそうだし、何ともならないときに「自分がなんとかできることはないか」と考える、その両方の覚悟が40歳になった頃合いでできてきました。
中根:若いころに起業されたというご経験も関係していますか。
佐藤:そうですね。私は兄に頼ってきているところもありますが、起業の経験や子育ても含めて、いろんなものを経験させてもらったからかなと思っています。中根さんは?
中根:覚悟を得たというのはすごく共感します。言い方を変えれば、あきらめる覚悟でしょうか。仕事でも育児でも、何を選択し、何をあきらめるか。
わたしは、「自分は1つのパターン」であると気付けたことでしょうか。
「多様な価値観」というものをより深く認識できた気がします。「ママさん達」とひとくくりでとらえられるのではなく、ママといっても優先順位は人それぞれ。
ママであろうとなかろうと、男性でも女性でも誰ひとりとして同じ経験をしてきた人はおらず、誰ひとりとしてまったく同じ価値観を持った人はいないんだなと。だから、選択するものは十人十色で当たり前だなと、それは大きな気づきでした。
佐藤:なるほど、そうですね。あっという間でした。すごく楽しかったです。
クラシコム代表取締役の青木耕平さん、サイボウズ 社長の青野慶久とともに
文:伊藤麻理亜/写真:田所瑞穂/企画:長谷川賢人(クラシコム)、藤村能光(サイボウズ)
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本記事は、2016年2月26日のサイボウズ式掲載記事「育休で得た「あきらめる覚悟」──北欧、暮らしの道具店 店長佐藤 × サイボウズ 中根弓佳」より転載しました。