サイボウズ式:「料理は手作りこそが愛情」という同調圧力が、日本の子育てをつらくする──山本一郎×川崎貴子

川崎「時間は有限ですから、優先順位は何かを考えて、全部やろうとはしません。無理なものは無理なんで」

東京大学と慶應義塾大学の研究ユニット『首都圏2030』で高齢化問題や少子化対策の研究マネジメントに携わる山本一郎さんと、「女のプロ」の異名を取る(株)ジョヤンテ社長の川崎貴子さんのお二人に、サイボウズのワークスタイルドラマ「声」を観て、子育てや家庭を巡る環境についてお話いただきました。

「自分は絶対に結婚できないと考えていた」という山本さんは、無事ご結婚され、今や6歳、4歳、2歳の3人の息子さんのパパに。川崎さんも、離婚経験後、元ダンサーの旦那さまと再婚。9歳と2歳の2人の娘さんを持つワーキングマザーです。

ともに仕事を持ちながら子育てにも奮闘するお二人は、「声」を観て何を感じ、そして現在の家庭をめぐる環境をどのように考えているのか? ご自身の子育て体験談を交えつつ、今の日本の夫婦を取り巻く過酷な環境について活発なやり取りが続きます。

ほんのちょっとした危機でかんたんに壊れていく、日本の家庭のきわどさ

川崎:私たち、同学年なんですよね。私は1972年4月生まれです。

山本:私は1973年の早生まれなので、あ、そうですね!

川崎:私たちが子供の頃とは、家庭を取り巻く状況もかなり変わっていますね。私たちの頃は、子供もたくさんいましたし。

山本:そうですね。変わりましたね。とりわけ今回、サイボウズさんのドラマを観て、一番身につまされたのが、「きわどい家庭が本当に多くなっている」ということなんです。

川崎:確かに。

山本:日本の社会全体が貧しくなってきていて。両親が共働きしないと生活していけず、どちらかが倒れたりすると一気に貧困に陥ったりします。

川崎:家庭というものが、非常に危ういバランスの上に成り立っているんですね。

山本:ドラマの最後のほうで、奥さんが「頭が痛い」となるでしょう?

川崎:あれはドキッとしましたよね。

「働くパパ」に焦点をあてたワークスタイルドラマ「声」(全6話)。主人公は、東京の会社でエンジニアとして働く片岡(田中圭さん)。妻・亜紀子(山田キヌヲさん)との気持ちのすれ違いや、親の看病のために会社を辞めて帰郷した先輩・森嶋(オダギリジョーさん)とのやりとりを通し、いま、共働きで子育てする夫婦を取り巻く環境や困難をリアルに描く

山本:ドラマだとまあ、ハッピーエンドで終わってよかったですけど、あそこで奥さんがもし長期入院でもするようになったら、もう完全に破綻ですよ。取り返しのつかないことになった、と旦那さんが嘆いても遅い。

その意味で、ドラマに出てくる夫婦は、まだましな状況かもしれない。話し合って改善する余地もありそうだし。実際にはもっときわどい家庭はたくさんありますよ。

川崎:そのきわどさは、夫婦の精神的なところにも及んでいて。離婚も増えていますよね。

山本:ほんのちょっとした危機で家庭が壊れていく。私の身の回りでも実例があるんですが、突然、紙切れ1枚置いて、奥さんが子供を連れて家を出て行ってしまうとか。

川崎:その前にどんなコミュニケーションをしていたんだろう? と思いますよね。

山本:やらなくてはならない他のことに時間を取られすぎていて、夫婦でコミュニケーションをする時間を取っていないんでしょう。そこで無理してでも会話の時間をつくろうとしないから、危機を乗り越えられない。

ドラマの夫婦は、奥さんが倒れたのをきっかけに、ようやく話し合いをするでしょう?

川崎:あれがなかったら話し合いも起きていなかったかもしれませんね。

山本:離婚でいうと、最近、別れた後に養育費を払わない夫が増えているという話もありますよね。

川崎:2割しか払っていないとも聞きます。そんな無責任なことが通るって、どうなっているんでしょうね。

山本:本当に何なんだ、と思ってしまうのですが、もしかすると、離婚に至るまでの家庭のクライシスが、男の精神をどうにもならないところまで追い込んでいるのかもしれません。「あんな家庭になんてカネをくれてやりたくない」とか、「そもそもそんな余裕が無いから離婚したんだ」とか。

でも、そうなると、奥さんはいきなり死ぬまでワーキングプアじゃないですか? 子供がいて身動きも取れないし。

山本一郎さん。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる。統計処理を用いた投資システム構築や社会調査を専門とし、株式会社データビークル取締役、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員、東北楽天ゴールデンイーグルス育成・故障データアドバイザーなど現任。統計分析や数理モデルを用いた未来予測、効果分析を専門とする。東京大学と慶應義塾大学とで組成される「政策シンクネット」の高齢社会研究プロジェクト「首都圏2030」の研究マネージメントを行うなど、社会保障問題や投票行動分析に取り組む。『ネットビジネスの終わり』 (Voice select)、『情報革命バブルの崩壊』(文春新書)など著書多数

川崎:シングルマザー家庭の貧困も社会問題になっていますね。

山本:シングルマザーに限らず、子育て世代の負担の大きさが抜き差しならないところまできています。これでは若い人が子供を持ちたくなくなるのも当然なんじゃないですかね。

川崎:そうですよね。

男には"父親になるタイミング"がある

川崎:山本さんの奥さんはお医者様なんですよね?

山本:はい。国立大卒の歯科医師ですが、口腔外科医として舌癌の手術などを担当していました。いまは研究職なので、べったり病院には行っていませんが、それでも一時期は面倒くさいことが起きると昼夜なく呼び出されてしんどそうにしていました。

医者って、聖職といえばそうですけど、その本人の人生を考えてつくられている仕事じゃないですね。

川崎:激務ですよね。

山本:結婚前は医局での当直も週2~3回あったそうです。そのテンションのまま結婚して、子供を生んだので、仕事もしなくちゃ、家事もしなくちゃ、育児もしなくちゃ、と、テンパってしまっていた時期もあって。

川崎:忙しいから、女医さんの未婚率って高いんですよね。年収も高いですが(笑)

山本:プライドも高いですよ。医療の世界に知り合いが増えたんですけど、結婚に踏み切れないという女性医師の悩みを聞いてみるとみんなプライドと折り合えない(笑)

うちの妻は国立大歯学部出身なんですが、医者の世界では、国立大卒は私立大卒よりエライみたいなヒエラルキーがあって、その中でも「東京大学医学部附属病院勤務」となると、もう座布団3枚分ぐらい高いところにいるような感じだそうです。それはご本人も納得のいく伴侶を探すとなるとハードルが高いだろうなあ、と。

川崎:そうでしょうね。

山本:でも、一般論として大学病院などに勤務をされるお医者さんって、実は薄給なんですよ。週5日勤務して、夜勤もあって、手取りこんなもの?みたいな。

だから、腕があって、結婚して子供もいて稼がないといけないぞという医師は、週末に個人経営のクリニックなどでオペをして1回30万円とかもらい、それで補填する、みたいな稼ぎ方をする。また、高額報酬をものともしないセレブ診療所みたいなところで健康相談を受けるとかして、その結果、昼夜なく働くことになるわけです。医師の世界も大変だよなあ、と。

川崎:へえ?!

川崎貴子さん。1972年生まれ。埼玉県出身。1997年に働く女性をサポートするための人材コンサルティング会社(株)ジョヤンテを設立。女性に特化した人材紹介業、教育事業、女性活用コンサルティング事業を展開。女性誌での執筆活動や講演多数。著書に『結婚したい女子のための ハンティング・レッスン』(総合法令出版)、『私たちが仕事を辞めてはいけない57の理由』(大和書房)、『愛は技術 何度失敗しても女は幸せになれる。』(KKベストセラーズ)、『上司の頭はまる見え。』(サンマーク出版)がある。2014年より株式会社ninoya取締役を兼任し、ブログ「酒と泪と女と女」を執筆。婚活結社「魔女のサバト」主宰。女性の裏と表を知り尽くし、フォローしてきた女性は2万人以上。「女性マネージメントのプロ」「黒魔女」の異名を取る。10歳と3歳の娘を持つワーキングマザーでもある

山本:だから、ドラマの中で、奥さんが毎朝保育園に子供を連れて行く描写を見ても、大変だなと思う前に、毎朝決まった時間に出社できていいな、と思ってしまったりもして。

川崎:それはわかります。私も経営者なので勤務時間は決まっておらず、ときどき、9時から5時までとかきっちり決まっている人を羨ましく感じる時がありますもん。もちろん、自由がきく分、楽な面も多いですが。

山本さんの奥さまもテンパってしまった時期もあったとのことですが、今はどうなんですか?

山本:家内としては、優先順位の高いほうを選んだら、子育てがキャリアより優先だという結論になりました。

キャリアを極めて歯科医師として女性教授を目指すという夢をばっさり諦めたら、楽になったようです。家内は育児の片手間で中途半端に医療に関わるべきではない、と。さすがに、男の子を3人抱えて、時間もはっきりしないような託児サービスに入れるわけにもいかないので、家族でいろいろ議論しながら道筋を決めてます。

妻が悩んでいるなと思っても、私としては、医師のキャリアを捨てて家庭に入れば、なんて言えないじゃないですか?

川崎:それはそうですよ! もったいない。

山本:結局、長男を出産した際にすごく大変だったこともあって、しばらく医師の仕事を休みたい、となったんです。そうしたらすぐ、次男ができて。それ以降は、キャリアをバリバリ追求することよりも、母親であることを重視するようになり、かなり吹っ切れた感じですね。

川崎:山本さんご自身も家庭第一ですよね。山本さんのTwitterをよく拝見しているんですが、以前、「出張前なのに子供が熱を出した」とツイートされていて。大変だなと思っていたら、続いて「なので出張をやめます」と。あれにはビックリしました。

山本:だって、家族の方が大事ですから。仕事は選べるけれど家族は選べない。子供にとっては親を選べないし。そういう時は、より選べない人に配慮すべきだと思うんですよね。仕事は自分のペースですることもできますが、育児は常にエマージェンシーなこと、タスクの連続で終わりがいつかわからない大変さがある。

私も長男が産まれるまでは、家のことは家内に任せていればいいやと思ってかなり奔放にやっていたんですがね。順調に尻に敷かれまして(笑)。結婚前はやさぐれていて、ネットで暴れている怖い人というイメージだったのが、結婚してから実家の猫ちゃんみたいに穏やかな人柄になりましたね。

正直、自分でもここまで家庭的な人間だと思っていませんでした。ただ、父親として、夫として、自分なりに納得できる動きができるようになったのは、ここ1年半から2年くらいのことです。

川崎:何がきっかけだったんですか?

山本:三男が生まれた時、切迫早産気味だったこともあり、起き上がれず絶対安静と言われ、妊娠中から家内の体調がしばらく優れなかったんです。家内の実家は札幌なんで、あまり家内の親御さんに頻繁に来てもらうこともできない。

だから、私が長男を幼稚園に送り、戻って来て、次男を公園に連れて行って、午後に長男迎えにいって、夕方までまた長男次男をどこか連れて行って、夜8時半になったら風呂に入れて歯を磨いて寝かせて。そこからがようやく仕事や書き物の時間、という生活を7ヶ月したんです。

川崎:それは大変でしたね。でも、それがワーキングマザーの日常でもあります。

山本:男には"父親になるタイミング"があって、あの時が私にとってまさにそれでしたね。その後は、自分の趣味の時間は極小にして、お帰り、と言う側に回ることにしたんです。そのおかげで家庭の中に自分の居場所を作ることができました。

「男が育児に参画」と簡単に言うけれど、24時間子供のお世話をするという体験を経てみないと、その苦労はなかなか理解できないと思うんですよね。

川崎:素晴らしいですね。やはり経験ですね。

山本:まあでも、自分の足で立って、仕事をしているからできるんですけどね。勤め人が時短勤務でやるのは絶対に無理。

あと、これを言うと身もふたもないけれど、やはり経済力なんですよ。私の場合、働いたりモノを書いたりするのは生き甲斐や趣味の部分があり、一生働かなくても大丈夫というリソースがあったわけで。これがカツカツでやっていたら大変ですよ。

ドラマであったように、奥さんが突然、「頭が痛い」となった時に、慌てふためくことになるんです。いまある生活の中に、遊び、ゆとりや保険がどこにもない。

川崎:うちの夫は、結婚した時はダンサーで。今は違う仕事をしているんですが。下の子が生まれた時は、一時、夫に専業で家庭に入ってもらいました。私もシングルマザーで子育てをしていた時は本当に大変で。だから夫に対してすごく感謝があります。

山本:素敵な旦那さんですね。そういうハイブリッド的な子育てができるといいですよね。

子供に必要なのは、家事に手間暇かけることではなく抱っこすること

川崎:とはいえ、サラリーマン家庭では、夫が一時的に家庭に入るなんてなかなかできないですよね。時短勤務や育児休暇などの制度も整備されつつあるとはいえ、まだまだいろいろな問題があります。

山本:私が投資した会社や地方にある子会社でも、時短勤務や育児休暇を、長期間、フレキシブルに取れる制度を導入しているんですが、そうすると絶対、社員間で軋轢が生まれるんですよ。

「なんであいつが休んでいる間、俺が残業して苦労しなくちゃいけないんだ」とか、「なんであの人は時短勤務なのに自分より評価が高いんだ」とか。

川崎:ドラマでも、奥さんが早く帰るときに、同僚から「いいな?」なんて言われたりしていましたよね。"お互い様精神"が噛み合わないというか。

山本:自由を与えられた際に、自由を持て余すケースもありますしね。自分で考えて、最高の時間の使い方をしてくださいと言われても、どうしていいかわからず、慣れるまで時間がかかったりする。

川崎:日本人は特にそういうところがあるのかもしれません。

山本:一方で、働き方に合わせるだけでなく、「うちはこういう子育てをしていく」という方針をきちんと固めなくてはならないと思うんです。

川崎:そこをきちんと考えずに、「一般的にこうだから」と見切り発車していく家庭が多いですよね。

山本:方針を固めておかないと、あとになってブレて、悩むことになります。ドラマに出てくる子供たちは、2人ともまだ小さかったですよね。今は奥さんは、肉体的にキツイでしょう。いつもママに話しかけてくるし。子供が自分で片付けを始めるまでは大変ですよ。子供だから、熱も出すし怪我もする。そうすると病院に付き添わないといけない。

でも片方の親が対応するとなると、上の子下の子も一緒に病院に連れて行かなきゃいけない。病院で騒ぐし迷惑をかけるのを、なだめすかしたり、怒鳴ったりしながら言うことを聞かせるしかない。

ワークスタイルドラマ「声」、第5話「妻の言い分」

川崎:うちも長女が小3くらいで、自分でご飯をジャーから出し、納豆をかけて食べ始めた時は、「この日を待っていた!」と思いました(笑)

山本:あと数年でそういう肉体的な意味でのキツさは乗り越えられるのかな。でも、子供が小学校に上がる時に、もう1回大きなジレンマが来るはずです。

保育園は夜6時とか7時まで預かってくれますが、小学校では2時半に帰される。そこでカギっ子にするのか、学童保育などの集団保育に行かせるか、という判断を迫られます。まだ甘いぞお前ら、と(笑)

川崎:私は、夫婦のサバイバル戦略としては「柔軟である」ことが一番強いのかなと思っているんです。日本の子育ては、世界一手間がかかると言われています。子供に食べさせるものも、何でも手作りじゃないとダメ、それが愛情、みたいになっていて。

山本:同調圧力というか。

川崎:そういうのを1回捨てて、どこに自分の労力を投資して、どこをアウトソースするのか考えたほうがいい。今週は忙しいから、今日はピザを取る、とかでいいじゃないですか? 皿洗いも食洗機で、洗濯も全自動洗濯機でいい。

山本:うちの家内も合理的なので、すぐに食洗機や全自動洗濯機を入れましたね。

川崎:私は、子供に必要なのは家事に手間暇をかけることではないと思っているんです。話したり、抱っこしたりといったことのほうがどう考えても大事。ならばそちらにリソースを集中させるべきですよね。時間は有限ですから、優先順位は何かを考えて、全部やろうとはしません。無理なものは無理なんで。

山本:おっしゃるとおりだと思います。

次回に続く

文:荒濱一/写真:谷川真紀子/編集:小原弓佳

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本記事は、2016年3月29日のサイボウズ式掲載記事「料理は手作りこそが愛情」という同調圧力が、日本の子育てをつらくする──山本一郎×川崎貴子より転載しました。