学校で銃乱射に備える訓練を行うアメリカ。子どもたちに及ぼす影響とは?

アメリカの公立学校の約95%で銃乱射に備えた訓練が行われていると推測されている。専門家がその心理的影響について言及した。
銃乱射対応訓練の様子
銃乱射対応訓練の様子
Portland Press Herald via Getty Images

5月24日、テキサス州ウヴァルディにあるロッブ小学校で、男が銃を乱射し、19人の児童と2人の教師が死亡した。この恐ろしい銃乱射事件によって、学校の安全性と銃乱射に備えた訓練の普及に再び注目が集まっている。

2005〜06年度には、アメリカの公立学校の40%が、児童・生徒も参加する銃乱射に備えた訓練を実施したと推測されている。しかし2015〜16年度には、その数は95%に上昇した。

現在では、少なくとも42の州が、公立学校に対して銃乱射や爆弾などの人為的な脅威に関する訓練を義務付けている。

しかし、ロックダウン訓練の効果についてはさまざまな議論がある。また、多くの専門家がこういった訓練が幼い子どもたちに与える心理的な影響について懸念を示している。

心理的な影響は?

暴力的な状況を再現し緊迫する訓練の間、もしくは訓練を終えたずっと後に、生徒や教師が深刻的な精神的苦痛を経験したという報告は数えきれないほどある。

ジョージア工科大学のソーシャル・ダイナミクス&ウェルビーイング・ラボの2021年の研究によると、学校での銃乱射に対する訓練によって、5歳の子どもから高校生、教師、保護者のストレスや不安が42%、うつが39%、生理学的健康問題が23%増加したことが明らかになった。

調査に参加した教師は、「訓練中に『死んでしまうのではないか』と感じた生徒たちが親にメールを送り、祈り、泣いていた」と話す。子どもが訓練後、火災報知器が鳴るのを聞くなどした際にパニック発作を起こしたり、大きな恐怖を感じたりと、極端な反応を示したと話す親もいた。

ロサンゼルス・チルドレン・ホスピタルの学校危機・死別センター所長であるディビッド・ションフェルド医師によると、「こうした訓練の影響は、子どもによって異なります。訓練に対する理解や解釈、過去の経験、個人的な心配や恐怖も影響します」と述べる。

「もともと不安が強い子でなくても、訓練でこういった状況を経験することで、同じような出来事が起きるのではないかと強く感じるようになり、不安や心配が大きくなるかもしれません」

彼は、銃乱射事件を想定した議論や訓練を頻繁に行うことは、子どもたちにこういった出来事が起こることを予期させ、世界は本質的に安全ではない場所だと思わせてしまう、と強調した。特に幼い子どもたちは、自分たちに危害を加えようとする人がたくさんいるから危ない、という感覚を身につける可能性があり、それが精神面の健康や世界との関わり方に影響を与える。

ラトガース大学行動医学の主任心理学者であるステファニー・マルセロ氏は、「よくある子どもの反応は、親や世話をしてくれる人の安全についても心配することです」と述べる。「『どこいくの?』『いつ戻ってくるの?』など質問が増えるかもしれません。息子は今、いつも私に『気をつけてね』と言います。昔はそんなこと言わなかったのに、今はいつも言っています」。

銃乱射対応訓練の様子 武器や、血などを再現するメイクなど、子どもたちには精神的に強い負荷がかかる。
銃乱射対応訓練の様子 武器や、血などを再現するメイクなど、子どもたちには精神的に強い負荷がかかる。
William Campbell via Getty Images

ションフェルド医師は、2020年に米国小児科学会が発表した、銃乱射事件のような脅威に関する学校の対応訓練のあり方を再検討するよう求める政策声明の主要執筆者だった。

声明では、一部で行われている恐怖を与える訓練は、子どもたちに相当な精神的トラウマを与える可能性があるとし、実際の武器や血や銃による傷を再現するメイクや、攻撃的な加害者役の過激な演技など、強い負荷がかかる銃乱射事件対策訓練を批判した。

また、生徒や職員は、訓練ではなく実際の攻撃が起こっていると思わされたこともあるという。

訓練中に、幼い子どもたちが必死にメモを書いていたという報告があるのも、驚きではない。ある7歳の子は、腕にマーカーで「ママとパパ、大好き」と書き、後で母親に「もし悪者に捕まって殺されたら、遺体が見つかったとき、ママとパパに私が愛してるってことを伝えられるから」と話したという。

心理的な影響への懸念に加え、この声明では、こうした訓練が実際に銃乱射事件が起きた際に活かせるかどうかという根拠も不十分だと指摘している。

ある研究では、「銃乱射事件において、様々な危機対応の選択肢(例:逃げる、隠れる、戦う)のうちどれを選ぶかという訓練を受けた学校職員は、訓練を受けず常識に基づいて行動した職員よりも、シミュレーションを行った際に重要な行動手順を見誤る傾向が2倍だった」という結果が出ている。

また、学校での銃撃犯は在学生徒や元生徒であることも多く、これらの訓練は、これから加害者となる可能性のある人に、被害を最大化する情報を与えるのではないかと心配する人々もいる。

もっと良い方法はないのか?

米国小児科学会は、学校に対して全ての銃乱射に備えた訓練を廃止するよう求めているわけではない。むしろ、安全な行動に焦点を当てる消防訓練に近い形で、実際の緊急事態を再現することなく実施し、トラウマを軽減する方法を提言している。

フロリダ国際大学の心理学教授で、災害を受けた青少年の健康増進のためのネットワークのディレクターであるジョナサン・S・コマー氏は、「火災訓練で、実際の火事の光景や音、匂いを再現しないのには理由があります。ストレスや不安は、注意力や学習力、記憶力を著しく低下させるのです」と述べる。

また、コマー氏は学校関係者や他の大人たちに対し、訓練前後や最中の生徒たちの感情的な反応を観察し、ショックを受けているような生徒にはサポートを提供するようアドバイスした。

「これまでにトラウマや喪失感を経験したことのある子どもや、不安や感情の問題を抱える子どもは特に訓練によって影響を受けやすく、特別なサポートが必要かもしれません」と述べる。

「不安を感じやすい子どもは、スタッフや他の落ち着いているクラスメイトとグループになると良いでしょう。また、保護者は子どもが大きなトラウマや喪失感を持っていないか、学校に確認することを推奨します。そして、視覚障害などの身体的な制約がある生徒も、他のスタッフや身体的制約のないクラスメイトとグループを作ることを勧めます」

バッファロー大学いじめ虐待防止センターのディレクター、アマンダ・ニッカーソン氏は、全米学校心理士協会などがまとめた、訓練を行うための手引きを参考にしてほしいとする。

「メディアで注目されているような、訓練と知らされていなかったり、小道具(偽の銃や血)や俳優を使い、逃げたり隠れたり、犯人を攻撃するなどの選択肢で生徒たちに対応させるというやり方は、生徒たちに悪影響を及ぼす可能性が高く、勧められません」と述べた。

また、親や保護者は、子どもたちが恐怖やトラウマを強く感じないようにしながらも危険に対応できるよう、適切なバランスを取る手助けができる。

「家族でオープンに会話をすることが大切」だとマルセロ氏は話す。(イメージ画像)
「家族でオープンに会話をすることが大切」だとマルセロ氏は話す。(イメージ画像)
Jokic via Getty Images

マルセロ氏は、「家族でオープンに会話をすることが大切です。自分はいつでも話を聞くよ、会話できるよ、ということを子どもにはっきり伝えましょう」と話す。

彼女は、子どもがニュースに触れる時間を制限し、過去のトラウマを認識しておくことを勧める。普段の生活を維持し、感情や行動の変化に気をつけることが重要だ。

「子どもの感情を落ち着かせ、常に年齢相応の会話をしましょう。安全への備えや、地域が一丸となってお互いを支え、稀に起こる危険に対処することに重点をおいてください」

子どもたちは感覚が「麻痺」してきている?

トラウマを残すだけでなく、こうした訓練によって、子どもたちが学校での銃乱射事件に対して鈍感になることも懸念されている。ジョージア工科大学の研究では、子どもたちが銃乱射事件の訓練に対し、どちらかというと無感情な反応を示した、と述べる親もいた。

「鈍感になった結果、学校で行った訓練について話すのを避けるようになった例もあるといいます。『鉛筆が折れたのと同じこと』『それは彼らにとって普通のこと。だって幼稚園の頃からやっているのだから』と」

「訓練が正しく実施されれば、時間が経つにつれて多くの子どもたちが訓練を『大したことない』と感じるようになります」とコマー氏は述べる。

生徒が安全に関する情報を身に付けられていれば、訓練自体を平凡なものだと感じても問題ないという。

ニッカーソン氏は、こうした訓練が最善の形で実施されていた場合、多くの若者は緊急事態の際に従うべき手順のひとつにすぎないと捉えているかもしれない、と話す。「これが私たちが住む世界なのだ、という慣れや諦めがあるかもしれません。こうした訓練が必要なければ良いのですが、万が一の場合に備え、命を守るためにするべき事を知っておくことが重要です」

ションフェルド医師は、慣れは学校での訓練よりも、恐ろしい事件そのものに起因していると考えている。彼は、近年の銃乱射事件に対する多くの人の平然とした反応について指摘した。

「多くの人が、『これが私たちのニューノーマルだ』と言ってきます。私は、子どもや大人が子供を殺すことに『普通』なことは何もない、と話します」とションフェルド医師は語る。

「一旦『普通』と言ってしまうと、それを変えるための期待が薄れてしまいます。それには決して耐えられません。これは現実ですが、あってはいけないことなのに、私たちの怒りが弱くなっていることこそ、悲しく恐ろしい現実でもあるのです。それは社会として考え直さなければなりません。私たちは一丸となり、解決策を導き出す努力をする必要があります」

ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。

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