16歳のトランスジェンダー女性が殺害される。「強く、唯一無二の存在だった」

報道をめぐり、カミングアウト前の名前が使われる問題も。イングランド北西部で起きた事件はトランスジェンダーの人権や安全が守られていない現実を伝えています

イングランド北西部のチェシャーで2月11日、16歳のブリアナ・ゲイさんが殺害された。

ゲイさんはトランスジェンダー女性であることを公表しており、TikTokには多くのフォロワーがいた。

警察は、事件をヘイトクライムの可能性も含めて捜査していると発表した。

さらに、ゲイさんの名前や性別が正確に報道されない問題も発生し、事件はトランスジェンダーの当事者が直面している危険や人権の問題も浮き彫りにしている。

ブリアナ・ゲイさん
ブリアナ・ゲイさん
FAMILY HANDOUT/WARRINGTON POLICE VIA PA MEDIA

何が起きたのか

ゲイさんは2月11日15時過ぎに、体に複数の刺し傷がある状態で通行人に発見された。通報を受けた救急隊が駆けつけたものの、死亡が確認された。

チェシャー警察は当初、事件がヘイトクライムであることを示す証拠はないとしていたが、14日にはヘイトクライムの可能性も含めて捜査中だと声明で発表した。

この事件では、ゲイさんを殺害した容疑で15歳の少年と少女が逮捕されており、警察によると、尋問のために30時間の勾留延長が認められた。

ゲイさんが見つかった公園に、追悼のための花束が置かれた(2023年2月13日)
ゲイさんが見つかった公園に、追悼のための花束が置かれた(2023年2月13日)
Jason Roberts - PA Images via Getty Images

根深いトランス嫌悪

ゲイさんの殺害がヘイトクライムではないかと考える人が少なくない背景には、イギリス全体に広がるトランスジェンダー嫌悪がある。

今、イギリスではトランスジェンダーに対する政治的な議論やバッシングがこれまでになく高まっている。

スコットランド議会は2022年12月、法律上の性別変更手続きを簡易化する法案を賛成多数で可決した。

しかしイギリス政府は2023年1月、この法案がイギリス全土における平等保護の取り組みに悪影響を及ぼすとして法制化を阻止した(イギリスの法律では、スコットランドの法律がイギリス全体の法律に抵触する場合、イギリス政府はその取り消しを求めることができる)。

さらに1月には、2人の女性をレイプしたアイラ・ブライソン被告が有罪判決を言い渡されたが、収監される刑務所をめぐる問題が物議を醸した。

ブライソン被告は罪を犯した時には、男性として社会生活を送っていたが、その後に性別を女性に適合した。そのため女性刑務所に送られたものの、この決定に大きな反発が起き、男性刑務所に変更された。

こういった出来事から、かつてないほどのトランスジェンダーバッシングが起きている。

イギリスで初めて、トランスジェンダーを公表したアナウンサーであるインディア・ウィロビー氏は2月2日、「トランスジェンダーの存在をめぐる会話が、コミュニティ全体にとって信じられないほど有毒で恐ろしいものになっている」とBBCの番組で語った。

「当事者ではない人がトランスジェンダーについて語り、すべてのトランスジェンダーが社会にとって危険で不要なものとして描かれるのを見るのは、ただただ恐ろしいことです」

ウィロビーさんは、トランスジェンダーの占める割合は人口の0.5%であるにも関わらず、月に1000件以上のネガティブな記事があるとも指摘している。

「0.5%よりも少ない割合です。なぜなら人々が腹を立てているのはトランスジェンダー女性に対してだけだからです。たった0.2%の人についての記事が、月に1000件投稿されているのです」

一部報道によると、ゲイさんは亡くなる5日前にTikTokに投稿した動画で「学校から排除された」と訴えていた(ゲイさんのTikTok アカウントは現在削除されている)。

さらに、友人たちは、ゲイさんが「トランスジェンダー」であるという理由で、何年も学校でいじめられたり集団で殴られたりしていたと、SNSやメディアの取材で語っている。

友人の一人は「いじめを知っていた人も止めようとしなかった」とザ・サンの取材で述べている。

イングランドのリバプールで開かれたキャンドル・ビジル(ろうそくを灯し、祈りを捧げる集会)で、ゲイさんの写真を掲げる参加者(2023年2月14日)
イングランドのリバプールで開かれたキャンドル・ビジル(ろうそくを灯し、祈りを捧げる集会)で、ゲイさんの写真を掲げる参加者(2023年2月14日)
Christopher Furlong via Getty Images

「デッドネーム」での報道

さらに事件では、メディアの対応も批判された。

イギリスの新聞タイムズは、最初に出した記事でゲイさんを「女の子」と記載していたものの、2時間も経たないうちに修正し、デッドネーム (トランスジェンダーの人がカミングアウトする前に使っていた名前) を使用した。

この表記に対して批判が起き、タイムズ紙は記事を再び修正してデッドネームを削除し「女の子」と記載し直した。

さらにデッドネームを使用しなかったものの、最初の報道でゲイさんがトランス女性であることに触れないメディアもあった。

デッドネームについて、NHS(イギリス国民健康保険サービス)はガイドラインで、「その人のアイデンティティを、常に否定する文化を育てる」として、使用しないよう求めている。

さらに、TwitterとTikTokは「性別を不正確に伝える」という理由から、デッドネームの使用を禁止している。 

トランスコミュニティの人権と安全を守る団体「トランス・セーフティー・ネットワーク」はゲイさんの死について、声明で次のように述べている。

「ブリアナ・ゲイさんの死に至る状況がどうであったとしても、私たちは今、これまでになくトランスの人々に対する嫌悪が蔓延する時代に生きています」

「私たちは、亡くなった後もメディアがブリアナのアイデンティティーを公然と軽視して、危険性を悪化させるのを目にしました」

同団体は「ブリアナの命が大切にされ、奪われない社会であるべきだった」と述べ、ゲイさんの死について社会の責任があると強調している。

愛されていた娘、孫、妹、友人だった

ゲイさんの死が、トランスジェンダーの当事者たちの安全が守られていないという現実を突きつける一方で、忘れてはならないのは、ゲイさんや家族を支持する声もあふれているということだ。

ゲイさんと仲が良かった友人たちは、彼女に救われたと語っている。

トランスジェンダー若者のオンライングループでゲイさんと知り合ったティアナさんは、「ブリアナはいつもチャットで女の子たちを気遣ってくれました。私の性別適合のための医療を探すのを助けてくれたし、いつでも私たちの世話をしてくれました」とVICEに述べている。

リバプールで開かれたキャンドル・ビジルに集まった人々(2023年2月14日)
リバプールで開かれたキャンドル・ビジルに集まった人々(2023年2月14日)
Christopher Furlong via Getty Images

さらに、ゲイさんの葬儀費用を賄うクラウドファンディングには、15日17時時点で8万6000ポンド(約1380万円)以上が寄せられている。

ゲイさんの家族は、「ブリアナはとても愛されていた娘、孫娘、そして妹でした」と声明で述べている。

「美しく、ウィットに富み、人を笑わせる子でした。 強く、恐れを知らず、唯一無二の存在でした」

「彼女失ったことで、私たちの家族にはぽっかりと大きな穴が開いてしまいました。彼女の教師や友人たちも同じように感じていると思います」

バーチウッドコミュニティ高校のエマ・ミルズ校長は、「ブリアナの訃報に私たちはショックを受け、打ちのめされている」と述べている。

今後、イギリス各地でゲイさんの追悼集会が開かれる予定だ。

ハフポストUK版の記事を翻訳・加筆・編集しました。

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