トランスジェンダーが「女性の安全を脅かす」という言説は誤り。性暴力被害の支援者たちが訴える

専門家からは「女性たちの安全を守る」ことを“名目”にしてトランスジェンダー女性を排除することはやめてほしい、という声が上がっています。
Vladimir Vladimirov via Getty Images

ここ数年で、トランスジェンダーに対する偏見や不安を煽る投稿がSNSに増加しています。

「トランスジェンダーの権利保障が進むと、心は女性だと言えば、誰でも女子トイレに入れるようになってしまう」「トランスジェンダー女性と、女装した性犯罪者の見分けがつかなくて怖い」...。そんな言葉とともに、トランスジェンダーは女性トイレや女風呂などの「安全」を脅かす存在だ、という誤った情報が広がっています。

しかし、性暴力被害者の支援に携わる専門家からは、むしろ、「女性たちの安全を守る」ことを“名目”にしてトランスジェンダー女性を排除することはやめてほしい、という声が上がりはじめています。

9月下旬、この問題について話し合うオンラインイベントが開かれ、性犯罪の被害者支援などに携わる団体代表者らが登壇しました。

こうした情報が広がってしまうのは、当事者がどのように暮らしているのか、実態が知られていないことが背景にあるとも考えられます。SNS上に広がる不安の声を、どう考えればいいのか。トークセッションで話し合われたことをレポートします。

▼この記事で書かれていること

・ 性犯罪者と見分けがつかないから怖い→両者は「別の人」です

・心は女性だと言えば女子トイレに入れるようになる?→そんなことにはなりません

・法律で、戸籍上の性別と異なるトイレは使えないようにするべきでは?→それをしたら、逆に混乱が生じます

・トランスジェンダー女性を「排除」しても、違法な侵入者はいなくならない

性犯罪者と見分けがつかないから怖い→両者は「別の人」です

まず、「女装した性犯罪者と見分けがつかなくて怖い」という主張について考えます。

NPO法人「全国女性シェルターネット」の共同代表、「性暴力被害者サポートひろしま」の代表を務める北仲千里さんは、こう説明しました。

「一部の方たちが、女性として生活するトランスジェンダー女性と、性暴力加害者とを重ね合わせて見て、恐怖を感じる、女性の安全を脅かす存在だ、と言っています。また、トイレやお風呂等の盗撮がたくさん起きているとの指摘をしています。 

しかし、両者は別の人の話です。

もし、トイレなどに盗撮に来るために女性に『変装』している人がいるなら、それは『変装』で、(生まれた時の性が男性で、女性として生きようとする人たちがする)女性的な装いとは別物です。その人は犯罪をするために変装をしている人であって、トランスジェンダーとして日常を生きている人とは、別の人です。盗撮する人の中には変装をしないでやってくる人も多いです。

ですから、『紛らわしいから』と言って関係ない人を攻撃するというのは、それはしてはいけないと思います」(北仲さん)

そして、「性犯罪者と見分けがつかない」という理由でトランスジェンダー女性を女性専用スペースから排除しようとしたり、攻撃したりすることは、「ヘイト」であると北仲さんは指摘します。

「性暴力などの犯罪の加害者は、その加害者個人が批判されて、その人が責任を取らされるべきです。しかし、『カテゴリー』や『全体』を攻撃することになると、それはヘイトスピーチとか、ヘイトクライムと呼ばれることになります」

北仲千里さん
北仲千里さん
トークセッションの様子

「それでも『不安』という気持ちはなくならない」と思う人へ

SNSでは、「それでも恐怖を感じる」「不安という気持ちはなくならない」...という声もあります。たしかに、性暴力サバイバーの多くがトラウマや恐怖心を抱え、被害後も様々な苦しみや困難に直面します。

しかし、北仲さんはこう強調します。

「たとえば、どこどこ出身だから、どういう肌の色だからとか、どういう職業だからという理由で、その人が所属するカテゴリー全員が問題だという風に攻撃したら、それは差別であり、ヘイトですよね。今トランスジェンダー女性に対して起きていることは、そういうことなんです。 

例えば、加害者が黄色い服を着ていた人だった。黄色い服を着ている人を見たら恐怖が蘇るということは、確かに被害者にとってはあります。だけど、じゃあ黄色い服を着ている人すべてを、別人であるにも関わらず犯罪者だとみなして、攻撃することはしてはいけませんよね」

実際には、トランスジェンダー当事者の多くが性暴力の被害にあっているということが、様々な調査でわかっています。

性暴力はただでさえ相談しにくい犯罪被害ですが、トランスジェンダーの場合、警察や公的な相談窓口に被害を訴えても適切に対応されないなど、安心して相談できる場所が少ないことも課題になっています。

心は女性だと言えば女子トイレに入れるようになる?→そんなことにはなりません

最近は、LGBT理解増進法案など、トランスジェンダーを含めた性的マイノリティの権利保障に関する議論が深まっています。それと同時にSNS上で広がっているのが、以下のような投稿です。

「性自認を尊重する動きが広がると、心は女だと言えば女性専用スペースを使えるようになってしまう」

「女湯や女子トイレに入った性加害者が、『心は女』だと言えば免罪されてしまう」

トランスジェンダーの権利を保障したり、性自認や性的指向に基づく差別を禁止したりする法整備が進むと、これまでの社会秩序が変わってしまうのではないかーー。SNSで広がる意見を見ていると、そんな印象を受けるかもしれません。

しかし、トークセッションに登壇した弁護士の仲岡しゅんさんは、「そんなことにはならない」と断言しました。

「『性自認を尊重する』ということは、ありとあらゆる局面において、当人の自称する性自認の通りに扱わなければ直ちに差別に当たる、ということを意味しません。

全く性別移行のプロセスを経ていない人が、『自分は女だ』と自称すれば直ちに女性用トイレを使える。それがまかり通ると思いますか? 思いませんよね。

身体の外観が明らかに男性の人が女湯に入り、『自分の性自認は女である』と言い出しました。『ああそうでしたか、じゃあお入りください』。そうなるんでしょうか? なるわけがないんです」(仲岡さん)

もし、盗撮などの違法行為を目的に女性専用スペースに侵入した人がいた場合、たとえ「心は女性だ」と言おうとも、その人は罪に問われることになります。

「無罪放免にはならない」と、仲岡さんは強調します。

 「盗撮などの犯罪行為を目的に女性専用スペースに入っているのであれば、トランスジェンダー女性であろうがシスジェンダー女性であろうが、男性であろうが、いずれの場合でも犯罪になります。犯罪になるかどうかというのは、違法性のある行為をしているかどうかという点で、個別具体的に判断されます。

温泉や公衆浴場の場合、管理者の意思がまず第一に尊重されます。管理者から何らかの合意を得ているなどの事情がない限り、管理者の意思に反する立ち入りは建造物侵入となるか、少なくとも立ち入りを拒否されると思われます。

最近、女装した男性がカツラをかぶって女湯に入ったというニュースがありました。あのケースで、『心は女です』といえば、直ちに無罪放免になるんでしょうか?なりません。『今日から俺は女だ』といえば、女湯に入れるようになるというのが、そもそも非現実的な話なんです。そんなことはいわゆるLGBT法案の条文からも読み取れません」(仲岡さん)

仲岡しゅんさん
仲岡しゅんさん
トークセッションの様子

法律で、戸籍上の性別と異なるトイレは使えないようにするべきでは?→それをしたら、逆に混乱が生じます

そもそも、男女別トイレの使用をめぐるルールはどうなっているのでしょうか。

第一に、日本には戸籍上の性別と合致するトイレを使わなければならない、という法律はありません。そのため、SNSにはこんな声も上がっています。

「女性専用スペースを守るために、戸籍上の性別と異なるトイレは使えなくなるように、法律を定めるべきでは?」 

そうすれば、犯罪を目的とした侵入者を防げるようになる、というのです。

しかし、そのような法律を定めることは、出生時の性別と自認する性別が一致しないトランスジェンダーの人たちのトイレ使用を制限することにつながってしまいます。また、仲岡さんはこうも指摘します。

「戸籍上の性別にしたがったトイレしか使えないようにしたら、逆に、混乱が生じます」

どういうことなのでしょうか?

「戸籍上の性別と、その人の社会的に認知される性別というものは別で、必ずしも一致しません。もし、戸籍上の性別にしたがったトイレを必ず使うように振り分けたらどうなるでしょうか。 

一例ですが、髭の生えたトランスジェンダー男性が、戸籍上は女性だからということで、女子トイレを使うことになります。そうなった時、果たして、本当に混乱は生じないでしょうか?むしろ、その方が混乱が生じるんです」(仲岡さん)

性別移行のあり方は人によって様々です。仲岡さんが説明するように、本人が自認する性別で生活しているトランスジェンダー当事者には、戸籍上の性別を変えている人も、変えていない人もいます。

性別変更に必要な性別適合手術は身体的・経済的な負担が大きく、手術を受けられないなど、それ以外の様々な要件のために、戸籍上の性別で生きている当事者も多くいます。

トランスジェンダー女性を「排除」しても、違法な侵入者はいなくならない

そもそも、「戸籍上の性別と異なるトイレは使えない」という法律を定めたとしても、違法行為を目的とする加害者の侵入を防ぐことにはつながりません。

「LGBTの権利運動が生じる以前から、違法な侵入者は存在してきました。両者は無関係の事象です」と、仲岡さんは語ります。 

「戸籍の記載通りのトイレを使えという法律を定めたところで、違法な侵入者が入ってこないようになるかといったら、全くそんなことはありません。違法な目的での侵入者が、律儀に『トランスジェンダー女性が入れないなら、自分も入らないでおこう』となるんでしょうか?ならないですよね」

LGBTの権利運動とともに、社会ではトランスジェンダーの存在への認知も広まりました。しかし、もともとトランスジェンダーの人々は、この社会にずっと存在しつづけています。

そして、当事者一人ひとりが自身の性別移行の段階などに応じて、どのトイレを使うか判断し、対応をしてきました。 

つまり、昔も、今も、すでに女性用トイレを使っているトランスジェンダー女性がいるのです。

そして重要なことは、そのことで社会を揺るがすような大きな混乱が起きたことはない、ということです。

「トランスジェンダー女性を排除することで困るのは、違法な侵入者ではなく、何の罪もないトランス女性だけです。すでに排除されている側への、さらなるバッシングの効果しか生みません」

仲岡さんは、そう強調します。

トランスジェンダーのトイレ利用を制限したとしても、女性専用スペースで起きる盗撮や痴漢などの性犯罪を防ぐことはできません。つまり、トランスジェンダーのトイレ利用の問題と、性暴力をどう防ぐかという問題は、別々に考えるべきことなのです。

トランスジェンダー女性で、YouTubeなどを通して当事者のリアルを発信している河上りささんは、こう話しました。

「私は現段階における生涯のおよそ半分を今の性別で生きていますから、女性のスペースを長く利用していますし、当たり前にそのスペースが安全であってほしい。その場所が危うくなるということは望みません。それは、純粋に、女性のプライベートスペースの安全を願う一般の女性と同じように思うことです」

「本来、女性にとって安全な場所は、トランスジェンダー女性にとっても安全であるし、女性にとって安全でない場所は、トランスジェンダー女性にとっても安全ではありません」

「本来であれば、一緒になって、誰もが安心して利用できるトイレやお風呂にするために建設的な話ができるはずです。トランスジェンダー女性に関していえば、どちらの利用も難しい性別移行途中の人が、トイレなど外出先で困らないための資源拡充など、真面目に、具体的かつ建設的な話ができるはずです」(河上さん)

河上りささん
河上りささん
トークセッションの様子

取材後記

今SNSでは、トランスジェンダーがまるで「女性の安全を脅かす存在」であるかのようにみなす言説が広がっています。しかし、前述したように、それは誤解であり、実情と異なっています。

「女性の人権や安全を理由に、別の人権侵害が起きてしまっている」

イベントの登壇者からは、そんな声が上がりました。トランスジェンダーの人たちへのバッシングが激化しているのは、昨今のジェンダー平等施策に対する「バックラッシュ(反動)」である、という指摘もありました。

女性の安全を守ることと、トランスジェンダー女性の人権を守ることは、決して対立しません。

「不安」や「怖い」という気持ちを抱えている人や、その気持ちが掻き立てられそうになっている人は、一歩立ち止まり、当事者や専門家の話を聞いてみてほしいと、強く思いました。筆者自身も、今後もこの問題について学び続け、伝えていきたいと思います。 

 ◇

登壇者(五十音順)

神谷悠一さん LGBT法連合会

河上りささん 語り部youtuber

河野和代さん ウィメンズカウンセリング徳島

北仲千里さん 全国女性シェルターネット、性暴力被害者サポートひろしま

仲岡しゅんさん うるわ総合法律事務所

原 ミナ汰さん 共生社会をつくるセクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク

主催:本トークセッション登壇者

全国シェルターシンポジウム連動企画 

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